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平安屋敷の青い目

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平安屋敷の青い目

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15時:22大通り

 あれは一瞬の出来事だった。
「こんな場所に居られるか!」
 そう言ってドラックストアを飛び出した国頭 武尊を追って、瀬島 壮太は走っていた。
 武尊は何処に行こうとしているのか。
 バットを振り回し、フラワシの遠距離攻撃であるかまいたちを周囲にばらまくように発生させ、真っ直ぐ突き進んでいく。
「目的地があんのか?」
 パートナーのフリーダ・フォーゲルクロウと視線を通わせて、壮太は首をかしげた。
 と、そのとき。

「壮太ちゃん見て」
 フリーダが示すのは、ドラックストアの道を挟んだ斜め向かいにある駐車場だった。
「そうか、車で!」
 武尊はここまで円盤で着ていた。
 だからそれに乗って逃げようというのだ。
「確かに車の中なら安心ね。援護しましょ!」
 そう言うフリーダと共に壮太はバッグの中の豆のパッケージを掴んだ。
 キーを解除しているらしく、手間取っている武尊に近づいていく者どもに向かって豆を打ち付ける。
 直接的効果はないものの、怯ませるには十分だった。
 漸く解除した扉から、武尊が車内に入っていく。
「やったぜ!」
 思わずガッツポーズをすると、武尊が感謝からこちらへ笑みを受けた。
 壮太はフリーダと笑いあい、そして……



「なのに……なんであんななっちまったんだよ……」
 真っ直ぐに走り出した円盤が、数メートル先で揺ら揺ら不安定に動き出し、地面に突き刺さるように墜落した。
 その中で、窓に両手をついて苦悶の表情を浮かべる武尊を。
 割れたサングラスはずれ落ち、口から大量の血を吹いた彼の顔を。

 そして彼を後ろから飲み込んでいく餓鬼の姿を、壮太は思い出していた。
 込上げる吐き気を殺しながら、壮太は酷い無力感に苛まれていた。
「壮太ちゃん、行きましょう。ここもじきに安全で無くなる」
 フリーダの声に頷いて、力の入らない体を無理矢理奮い立たせた。
 その時だった。
「あンれぇ?
 そこを行くのは瀬島ご一行じゃないの」
 友人の東條 カガチ(とうじょう・かがち)が謎肉屋台を引きながら、相棒の東條 葵(とうじょう・あおい)と共に何時もの調子でこちらへやってきたのは。





15時50分:住宅街

「何もいないね」
 しとしとと雨が降り続けている中を、アレクサンダル・ミロシェヴィッチが歩いている。背中にはジゼル・パルテノペーが負ぶさっていた。
 ぬかるんだ地面が彼女の足を取ってしまい、捻挫させたようだ。
「多分この雨の影響だ、皮肉だな」
 片手で雨を受けながらアレクは言う。
「恐らく天候操作の通り雨だから、然程期待は出来ないがな。
 位置的にドラックストア辺りで誰かが発生させたのが流れて来たんだろ」 
「……重くない?」
「平気だ」
 事も無げに答えるアレクに、ジゼルは困り果てて唇を噛む。この状況での足手纏いとは、責められでもしなければ自分でどうしたらいいものやら。
「うー情けないー。こんな風に誰かに甘えるの、母様や姉様が居た頃以来だわ」
「姉が居るのか」
「んー……今はもう」
 話しを切ると思ったが、意外な言葉が続いた。
「俺も……妹が居た……

 お前に、似てた」
 高さのある塀に道を遮られ、アレクはジゼルを持ち上げて塀の上に座らせると、そのまま彼女の目を見て口を開いた。
「エゴなのは分かってる。いきなりこんな事を言われてお前が困るのも。
 ただ、もう二度と――ああいう思いはしたくない。
 傍に居ないで、守れなかったと悔やむのは嫌なんだ。


 ジゼル、俺にお前を守らせてくれ」
 突然の申し出に、ジゼルはアレクとまともに視線を合わせられずに、彼の耳元で煌めくピアスを見ていた。
 藍色の鉱石。
 何処かで見たのだ。何と言う石だったろうか。
 逃避をから彼女を現実に引き戻したのは、馴染みのある声だった。
「それは愛の告白かな?」

 塀の上に両腕をついたまま、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がジゼル達を見て涼しげな笑顔を浮かべていた。





同時刻:大通り

 空京の大通りを、狂気に駆られた瞳で夏來 香菜(なつき・かな)は走っていた。
 目の前で学友が惨殺された。
 それは彼女の中で布の上に零してしまった染みのように広がり続け、逃げる間に正気を失わせるほどに彼女を包み込んでいた。
 狂気の中正常な判断能力を失い、契約者として戦うことを忘れたままに彼女は走り続けていた。
 大通りの、とあるショッピングモールの、角を曲がって

 その時だった。
 あの男と目が合ったのは。

 ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)
 蒼空学園の同輩であり、今は教導団に不定期に在籍しているという男。
 狙った獲物は逃さない。容赦のないハンター。
 本来ならば敵ではない彼の瞳の中に、香菜は反射的に自分と同じものを見つけてしまった。

 混乱
 暴走
 秩序の崩壊

 何もかもが敵だという、行き場を失った不の感情を、ローグは持っていると香菜は第六感的なもので気づいていた。
 彼が鬼に魅入られたのか、それとも恐怖の中で狂気に駆られてしまったのか、それは香菜には分からない。
 ただ己の中に渦巻くどす黒いものを示すかのように、彼の両の手には、血にぬれた二つのギフトが握られていた。
 コアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)アールナーガ・スネークアヴァターラ(あーるなーが・すねーくあう゛ぁたーら)
 あれで何人の犠牲者を出したのだろう。
 考えるだけで、香菜の唇からは言葉にならないものが込上げてくる。
「あ……ぅ……」
 一歩ずつ後ずさって、彼から離れていこうとした。
 それをローグは―それとも彼の二つのギフトのどちらかだろうか―捕らえていた。
「うわあああああああいやああああ!!!」
 絶叫を上げて、香菜は走る。
 しかしその時はすでに遅かった。
 香菜の背中をめがけて、蛇の一匹―コアトルが伸びていった。

 その刹那。コアトルを一発の銃弾が貫いていた。
「おい、無事か!?」
 香菜の元へきたのは柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の乗る装輪装甲通信車だった。
「手を!」
 恭也に促されるままに手を伸ばすと、装甲車の中に引きずり込まれる。
 装甲車を運転していたのは、彼の義理の姉である柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)だった。
「ここに居れば安心だ」
「恭也、怨霊が増えてきた。車を出すから上部ハッチを開けて、敵を撃ってくれ」
「分かってる」
 返事をしながら香菜の頭を無理矢理車内に押し込んで、恭也は再び装甲車から頭を出した。
「残念ながら、俺にはお前等怨霊を撃つ手段があるんだな、これが!」
 揺れる車内の上で、恭也は水弾の装填された銃で怨霊を撃っていく。
 その中で、唯依の視線を捕らえていたのは、一人の男。
 ローグだった。
 装甲車を目の前にしているにも関わらず、ローグは地面を蹴り上げ、こちらへ向かって走ってくる。

「……操られているのだとしたら申し訳ないが、多少の怪我は我慢して貰おうか」
 小さく言うと、唯依は思い切りアクセルを踏み込んだ!!
 衝撃に備えて閉じた目で、香菜の視界は暗く遮られた。