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平安屋敷の青い目

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平安屋敷の青い目

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14時20分:住宅街

 その日は太陽の光が燦々と降り注ぐ休日だった。

「気持ちいいけど、直接部屋に入って来られるとやっぱり困るもんね」
 窓の外から入ってくる強い光に目を窄め、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は笑う。
 
 空京の一角にある住宅街。
 その中にある単身用アパートの一つに、ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)は住んでいた。
 住み込みで働く定食屋が改築工事の為、短期間だがここに住むことになって数週間。
 そろそろ彼女も落ち着いた頃だろうと、友人達が引っ越し祝いも兼ねて集まる予定だったのだ。

 仲間達と共に一足先に到着していたルカルカは、未だ残っていた引越し作業を手伝いつつ、ジゼルの煎れるお茶を待っている。
 今丁度ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)コード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)がカーテンを取り付け終わるところだった。
 以前の部屋のものだと、新しい部屋のサイズに合わなかった為、新調したのだというジゼルに、ダリルとコードが手伝いを買って出たのだ。
「これでいいか?」
「うん。ばっちり! ありがとう皆。
 あ、そろそろお茶にしてもいい?」
 ジゼルに促されて、愛らしい桃色の花が散りばめられたカーテンを背に椅子に行儀よく腰掛けたダリルに、ルカルカは口の端から溢れる笑いを隠せない。
「ジゼルが気になるのね?」
 そう零してみるものの、ダリルはいつもの涼しい表情で出されたお茶をすすっている。
(珍しく他人の家に行く事に乗り気だったのに?)
 眉を動かしてコードと合図を送り合っていると、ダリルはカップから薄い唇を離して不満を吐き出した。
「バカを言うな。
 そもそも、この間はお前が覚醒光条を使うからあんな――」
「で、膝枕の感想は?」
「誤解されるからやめろ。
 ジゼル、あの時はありがとう」
 丁寧に例を言うダリルに、ジゼルはキッチンから困った様に頬を染めて両手を挙げる。
「こちらこそなの。
 お店のイベント、盛り上げてくれて本当に感謝してるわ」

 そんな話しをしている間に、矢張り如何にも少女が好みそうな白い猫足テーブルの上に、ホールケーキが並んだ。
 ふっくらとした丸い型に、艶々とした黒いコーティングがされているそれは――、
「チョコレートケーキ!」
「作ってみたの。
 ルカ、チョコ好きだったよね。それにもうすぐ……『ちょこれーとのひ』、なのよね?」
「否、性格には――」
 正しい知識を語ろうとしたダリルの口を片手で塞いで、期待の眼差しでフォークを握るルカルカ。
 その隣で、コードはカットされていくチョコレートケーキの数を確認している。

 一人、二人……一つは外で新しい家具を荷降ろししているいるであろうルカルカが頼んだアルバイトのものだとして、
カットされたケーキは五つ。
「これじゃ今居る人数分しか……、あと少しで他にも来るんじゃなかったのか?」
「うん、大丈夫よ。
 あともうワンホール焼いたし……、それからトリュフも作ったの。
 空京に住んでるお友達に届けたいなーって思って」
「へー。 何処住んでるの?」
「えーとね……」
 取り付けられたばかりのカーテンに手を添えて、ジゼルは窓の外を指差す。
「あそこに大きい白いマンションがあるでしょ、そこから――」

 話しの途中で突然呆けたように固まったジゼルに、コードは椅子から立ち上がった。
「どうかしたのか?」
「えと、なんだか変な音が……
 あ! アルバイトの人が荷物落としちゃったのかもしれないわ。私見てくる!」
 玄関へ向かおうとしたジゼルの腕を、ルカルカは反射的に掴んでいた。
「待ってジゼル」
「え?」
 ルカルカは、ジゼルの腕を掴んだまま、まっすぐに空京の空を睨み付けていた。
 繁華街の方向から、燃え広がるようなスピードで紫灰色(かいししょく)に濁った積乱雲が、青空と太陽を塞いで行く異様な光景。
 だがルカルカはこの空を、ただ一度だけ見た事があった。

(蒼空学園の……人喰い鬼事件!!)
「ダリル!
 空京の――繁華街方面に向かってテレパシーで連絡を。誰でもいいわ、今すぐあちらの状況を確認したい。

 もしかしたら……」
「もしかしたら?」
 か細い声で不安そうに尋ねるジゼルに、ルカルカは窓の外に見える空を見上げたまま、頭を巡る憶測を、確信的に言った。
「恐ろしいことになるかもしれない」





14時28分:ドラックストア

「不穏な空気が漂ってるわね。また何かに巻き込まれたのかしら」
「マジかよ、鬼の怪談が本当に……」
 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)の呟く声に、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)はペットボトルを手に唖然としながら、透明なガラス扉の向こうを見つめている。

 『ドラックストア ミカカン』は主に空京を中心に展開されている全国でも有数のドラックストアチェーンだ。
 刺激的な色にシンプルに配置された(恐らくあの人が関わっているんだろうなと思わせる)ミカカンのカタカナ文字を通り抜けると、
兎に角所狭しと並べられた商品の数たるや、相当なものでその種類も豊富だった。
 ドラックストアの名前に相応しい薬から、女性の為の化粧品、サプリメントからスナック類まであらゆる商品が揃っている為、
客層も幅広く、老若男女が均等に店内に存在しているという、建物としては珍しい空間でもある。
 ところで。
 このチェーンでもっとも有名なのは、売り物である商品を差し置いて、メロディアスというよりリズムを適当に打ち込んだだけのテーマ曲だ。
『カンカンミカカンカンカカーン なんでも売ってるドラックストアー♪』
 というこれまた適当に作ったような歌詞がのるのは誰にでも覚えられる簡単なメロディーで、
買い物中エンドレスで流れている為か、CMソングが大好きな小さな子供を含む誰しもが、ついつい口ずさんでしまう。

 そんな間抜けなテーマ曲を、不安の声が掻き消していた。

「それって、蒼空学園の人喰い鬼。って怪談のこと?」
 キロスの後ろから、同輩の双葉 京子(ふたば・きょうこ)が声をかけてくる。
 聡明そうな表情は落ち着きを見せているものの、手には買い物途中のままの掃除用品のパッケージが握られたままで、明らかな動揺が見て取れる。 
 彼女もまた、キロスと同様に唐突に起こった惨劇への不安が隠せないでいたのだ。
「ああ、俺は今まであんなもんはただのホラ話だとしか思ってなかったんだ。
 けどな、あの鬼を、あの醜い奴らを見たら……」
 異常な状況を何とか噛み砕こうとするキロスに、椎名 真(しいな・まこと)は真っ直ぐな目で答える。
「ああ。残念だけど、あの話は本当にあったんだ。
 丁度去年の今頃、蒼空学園と百合園女学院の節分合同行事の日にね。
 でも余りに話が突飛なのと、死んだ人も怪我人も何事も無く戻ってきた所為か、夢みたいに忘れられてちゃって……」
「何時の間にか怪談話になってたのよね」
「でも、あの日俺は確かに体験したんだ」
 苦虫を噛み潰した顔で後ろ頭をかく真に、京子は頷いて答える。
「皆薬とか買いに来ただけなのにねー……。
 でもなんでここは安全なのかな?」
 あどけない表情で言う雲入 弥狐(くもいり・みこ)に、沙夢は小さく首をひねる。
「ここには何かがあるってことかしら。
 何か有るとしても長居が出来るとも限らないけれど」
 沙夢の言葉に、皆が不安な顔を浮かべた。
 もしここも危険な状態に成ってしまったら……
 そんな一瞬の沈黙を、少々頼りない声が裂いた。

「わ、私たちも、あの日、蒼空学園に居ました!」
 事件に巻き込まれたと自称するリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、イルミンスール魔法学校の生徒だ。
 彼女の後ろに立つパートナー達、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)桐条 隆元(きりじょう・たかもと)勿論同校に通っている。
 ただあの事件の起こった日は、二つの学園の催すイベントとして広く開放されていた為、他校生や一般参加の客達も犠牲者となってしまったのだ。 
「それで、あ、あの鬼を倒したっていう宝物が、その、空京の近くに供養された……って、話も聞いた事があります!」
「宝物って私達が調べたやつだよね」
「『刀』一太刀と『玉』が変化した『鏡』……実際にあの時も鬼を倒す力があったと聞いたが」
「この様(ザマ)じゃ不完全だったっつー事か!?」
 混乱の中で苛立つキロスを諭すように、隆元は静かに続ける。
「ふむ、その辺りはわしらにもちと分からんが。
 まあそもそもあの宝物について実際に調べたのはそこな小娘(リース)で、こっちの小娘はその大事な宝物をゴミ箱に――むぐっ!」

 隆元を後ろから羽交い絞めするように、マーガレットは必死で彼の口を塞いでいる。
 事件の時に謎を解こうとしたものたちが必死に探していた『玉』を、ナンカ汚い感じだと思って捨ててしまった、この事件は色んな意味で彼女にとっての黒歴史だったのだ。
「(今言わなくてもいいでしょ!)」
「(今言わなくて何時言うのだ!)」
「た、隆元さん! マーガレット! い、今は喧嘩は……」
 どんな状況でも勃発するいまいちそりの合わないパートナー同士の(他人の目にはある種ほほえましい)争いを前に、
お目当てだった新発売のリップクリームで宙に何かを描きながらおろおろとすることしか出来ない、リース。

「三人の事は取り合えず置いといて、だ」
 キロスは真と京子へ向き直った。
「どうすんだよこの状況」
「現状、中に居ることが一番安全ではあるかな」
「けどよ。あれ、強化ガラスだろーが、ほっときゃそのうち割れるぜ?」
「そうよね。そしたら何時までも中には……」
「ラグエル、鬼の払い方知ってるよッ!」  

 勢いよく上がった小さな手に、三人は下を向く。
 ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)、リースの小さなパートナーは、大人たちの会話に入ろうと必死だ。
 懸命に背伸びしている所為かピンク色の柔らかい三つ網が揺れていた。
「ラグエル、リースから話聞いたことあるもんッ!
 このお豆を、鬼はー外って言ってえーいって投げるんだよ」
 ラグエルが不器用にビニール袋から取り出したのは、パッケージに包まれた福豆だった。
 店内の蛍光灯に照らされた部分が、ピカピカと光っている様子はとても食い物とは思えない代物だ。
(キモっ……ガキ向けのシリアルみたいなもんか?)
 何時だか手ごろな値段だからと購入して、いざ牛乳の上にぶちまけたら七色のシリアルが浮かんできたあの苦い思い出を反芻しているキロスの横で、真は至極真面目な顔だ。
「これ……スパークル福豆!?」
「……なんだそれ」
「あの事件の時のイベント実行委員が準備してた豆だよ。
 イベントの前に御祓いをしてたとかで、偶然にも鬼を祓う事が出来たんだ。
 これ、一体どこで手に入れたんだい?」
「リースに買って貰ったの!」
 頬を赤くしながら豆をビニール袋にしまい直すラグエルに、京子はキロスと真を見る。
「じゃあ店内にあるって事ね」
「でも京子ちゃん、節分の商品だよ?
 きっとそんなに数は……」
 真の声に、リースが少し離れた場所から指差す。
「あ、あの……お店の奥に……」


 ドラックストアの奥。
 レジの前に鎮座する、ダンボールの山、山、山。
 ダンボールひと箱3ダース入りのスパークル福豆が、計50箱分。
 言葉もない三人の後ろで、隆元は腕を組みながら無表情のまま言った。
「何故こんなものをあれ程仕入れたのかは分からんが、
 そもそもあの見た目だからな。


 当然売れ残ったのであろうな」