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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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第八幕


「美人後家仇討旅」は町中の評判となった。実際の仇討ちを下敷きにした、という宣伝も効果があったらしい。
 ただし、それを聞いた当の健吾と卓兵衛の機嫌は、あまりよろしくなかった。
 迎えに行ったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、二人の顔を見てげんなりする。
「別に言うとおりにすりゃーいーじゃねーか」
「お主は脅しに屈しろと!?」
「そーじゃなくて、宣言するだけで帰ってくるなら安いもんだろ?」
「武士が一度口にしたことを違えるわけにはいかぬ!!」
「オメーは敵討ちと義姉さんとどっちが大事なんだ!?」
「仇討ちに決まっておる!」
「まじで言ってんのか?」
「義姉上も武家の妻女。仇討ちがどれだけ大事か、身に染みて分かっておられるはずだ。かくなる上は、立花十内のそっ首を、義姉上の墓前に供えるまで!!」
 アキラは呆気に取られた。葦原藩にも頭の固い侍はいるが、健吾はそれ以上かもしれない。もっとも、単に興奮しているだけという可能性もある。矛盾したことを口にしていると気づいてすらいないのだ。
「しょうがねーなー……じゃ、仇討ち済ませてから宣言ってのはどうだ?」
「どういう意味だ?」
「脅迫状には時間の指定がない。つまり敵討ちを終わらせてから宣言しても条件は合うわけだ」
「しかし、十内の居場所が分からねば――」
「もしやお主、知っておるのか……!?」
 それまで黙っていた――というより、話すのも億劫だったのだろう――卓兵衛が、しゃがれた声で尋ねた。
「何!? そうなのか!?」
「え? あ、いや、知らないけど、ひょっとしたら出てくるかもって。あははは」
 がっくり肩を落とす健吾から視線を逸らし、アキラは冷や汗を拭った。うっかり本当のことを言ってしまうところだった。健吾のことだ、十内の正体を知れば、アキラの提案を実行すべく、今すぐ殺しに行くだろう。
「ま、とにかく行くだけ行ってさ……敵は千夏さんを連れてくるって言ってるし」
「信じてよいものなのか……?」
「敵だって確認はしなきゃいけないし、何らかの方法で見には来ているだろうから、俺らの仲間が見つけるって」
 多分、と内心付け加える。今更ながらに、この作戦は千夏を舞台に上げられなければ失敗なのだと、アキラは気づいた。
 ……本当に大丈夫だよな?


 健吾と、杖をついた卓兵衛が小屋に辿り着いたときには、既に客席は全て埋まっていた。外では、奇跡的に席が空くのを待つ者たちが、長蛇の列を作っている。健吾と卓兵衛は、恨みがましい目で見られながら中に入った。
 一番後ろの何席分かは、録画器材と共に柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)がスペースを取っていた。
 どこが録画器材なんだよ、とアキラは口に出さずに突っ込んだが、健吾たちには分からないようだ。取り敢えず色々とカモフラージュしてはいるが、見る者が見れば機晶戦車だとすぐに分かる。
「美人後家仇討旅」最終日、夜の部が始まった。
 自分たちの話だと知っている健吾は、一太郎が殺されるシーンでは唇を噛み、目を背けた。六郎の独白では青筋を立て、千秋と次郎三郎の旅では、懐かしそうに目を細める。
 卓兵衛は、出番がないのが不満なのか、傷が痛むのか、ずっとしかめっ面をしていた。
 ところが、終盤、六郎がアルテミスと登場したとたん、二人の顔つきが変わった。
「あれは……!?」
「何と……立花十内……!?」
 この日、六郎を演じていたのは左源太――即ち、立花 十内本人であった。
 腰を浮かす健吾の腕を、アキラはがっしと掴んだ。
「何を……!?」
「まあ、奴の言い分を聞いてやろうぜ」
 だがアキラにとっても予想外のことが、その時起きた。
 突然照明が落ちたかと思うと、舞台袖にスポットが当たった。そこに、メビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)が立っていた。
 客席がざわつく。いや、客席だけではない、舞台上では役者たちがハプニングに硬直し、舞台の裏では騒ぎになっていた。冷静なのは、マネキ・ング(まねき・んぐ)だけだ。
「真実は、劇場で作られる……全ては我の意図と功績のままに……知る者は名探偵脚本家マネキの名声が葦原中に轟くと……」
 ライトを操作したのは、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)である。セリスとしては首を傾げながらも、マネキに「これが真実だ!」と太鼓判を押され、協力している。
 セリス以上にマネキを信じきっているのがメビウスだ。少女は舞台袖に立ったまま、やたら立派に製本された台本を開いた。
「お集まりの皆さま……知りたいですか? いったいこの旅路の果てに何があったのか……? この仇討ちのすべてのはじまりとはいったい何だったのか……?」
 知りたいぞ、という声が客席から上がった。面白がっているようだ。
 緊張しているのか、メビウスは小さく咳払いをして続けた。
「物語は千秋が嫁入りしたところから始まります。美しい花嫁を見て、心をときめかせたのは、兄の一太郎だけではありませんでした。弟の次郎三郎も同様だったのです。年が近いこともあり、彼は兄嫁に恋慕の情を抱きました……」
「なっ――!?」
 客席で聞いていた健吾は激昂した。
「あの娘は何を言っているんだ!?」
「お、落ち着け落ち着け」
 とは言えアキラも、メビウスたちが何をやらかすのか予想もつかず、動けないでいた。メビウスは更に続ける。
「冷や飯食いの次男坊、兄がいなくなれば家督も継げて一石二鳥。兄想いの仮面を被り、弟は悪魔の言葉を囁きます……」
「それだけではありません」
 唐突に割って入った言葉に、今度はメビウスが驚いた。スポットの下、天神山 葛葉が彼女の前に進み出た。
「勘定方の兄は、上役を脅し、同僚を軽んじ、女を手籠めにし、全てを握りつぶす卑怯者でした。妻は恋い慕う幼馴染から引き離され、それでも亡き夫のためにとその幼馴染を追ったのです。ところが彼女は今、命の危機に瀕しています! それなのに弟は、家名大事と兄嫁を無視! こんな傲慢で悪代官みたいな連中を復帰させて良いのですが、皆さん!?」
「勝手なことを言うなーーーー!!!」
 アキラを突き飛ばし、健吾が刀を抜いた。客席で悲鳴が上がった。