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震える森:E.V.H.

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震える森:E.V.H.

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【十三 共同戦線】

 ベルゲンシュタットジャングルでは、第二小隊がいよいよ撤退戦に入ろうとしていた。
 ところがその直前、巨大物体捜索部隊から、フォートスティンガー接近の報告が飛び込んできていた。
「フォートスティンガー!? 一体、何だそいつは!」
 合流してきた北都とゆかりの報告に、レオンは銃砲火の音に負けぬよう、大声で叫びながら問い返した。
「フレームリオーダーの一種だよ! でもって、イレイザー反応も奴から出てるんだ! とにかく、中途半端な撤退戦じゃなくて、即時撤退した方が良い! でないと、どんな被害が出るか分からないよ!」
 北都も銃声や爆発音で、自分の声がよく聞こえなくなっている。その為、レオンと同じく叫ぶしかなかったのだが、これでも相手にちゃんと伝わっているかどうか。
 しかし、今の段階では即時撤退などは不可能である。無防備に背を向ければ、敵の大部隊はそこに付け入って一斉に雪崩れ込んでくるだろう。
 その時、頭上を巨大な影がふたつ、横切っていった。慌てて見上げてみると、ザカコのケイオスブレードドラゴンと、唯斗の飛影が第二小隊の本営地上空を旋回していた。
「すぐに、そこを離れてください!」
 ザカコがドラゴンの背の上から、必死の形相で呼びかけてきた。
「フォートスティンガーが、出るぞ!」
 次いで、唯斗の声。
 彼らも北都同様、早く撤退しろといっているのである。
 レオンが、それは出来ないと声を張り上げて反論しようとしたその時、大地が鳴動した。
 森全体が巨大地震に襲われたように、激しく上下に揺れた。
 まともに立っていられた者はほとんど皆無で、小型飛空艇で森林上を滑空している者ですら、大地からの震動を機体越しに感じる程であった。
 直後、パニッシュ・コープスの大部隊が展開する付近一帯が陥没し、緑に覆われた大地の一部が瞬間的に消え去った。
 レイビーズS3で強化された兵達は悲鳴をあげる暇もなく、数百という命が瞬きする間に、地中の闇の中へと呑み込まれてしまった。
 そして、第二小隊に襲いかかろうとしていた敵大部隊と入れ替わるようにして、数十メートルの巨大な影が深緑の中の黒点として、不意に出現した。
 巨大物体捜索部隊が再三警告していた、フォートスティンガーであった。
「な、何だあれは!?」
 フレームリオーダーとの戦闘経験が無い洋は、純粋に、疑問と驚愕の念を露わにした。
 左右二対の爪鋏と、二対の毒針の尾を持つ超巨大蠍――それが、フォートスティンガーの禍々しい外観であった。
「流石にあれは……ちょっと飼えねえかなぁ」
 第二小隊に合流していたアキラは、すっかり諦めた様子でフォートスティンガーの威容を眺め上げる。
 ヨンが、
「当たり前でしょ……」
 と、酷く疲れたような様子で突っ込んでみせたが、その声がアキラの耳に届いていたかどうか。
 ともあれ、完全な捜索班として行動していたアキラ達には、フォートスティンガーに対抗し得る手段は無いに等しいのだから、この場はもう、逃げるしかない。
 お父さんがアキラとヨンを軽い調子で抱え上げると、小型飛空艇分隊が通過してきた経路を、一目散にかけはじめる。
 巨大物体の正体が分かった以上、最早長居は無用、ということであろう。
 逆にコア・ハーティオンなどはラブ・リトルの制止を振り切る形で、対フォートスティンガー戦に参戦しようという勢いを見せていた。
「止めるな、ラブ! ここで戦わねば、いつ見せ場があるというのだ!?」
「見せ場なんかよりも、命の方が大事でしょうが!」
 この場に於いては、ラブ・リトルの方が正しいというべきだろう。
 だが、そこで己の信念を曲げるコア・ハーティオンではない。
「折角あの怪物と、再びあいまみえることが出来たのだ! ここで戦わねば、男が廃る!」
「あ、あたしは女の子だもーーーーーん!」
 どこまでいっても、平行線な両者であった。

 フレームリオーダー(正確にはイレイザードリオーダーなのだが、現時点ではこの場に居る誰も、まだその事実を知らない)と初めて遭遇したのは、黒豹小隊のメンバーも同じである。
 隊長の音子も、敵は軍隊もどきの大部隊であり、全長数十メートルの怪物だなどとは聞かされていなかった為に、多少の動揺は隠せなかった。
「さすがにあれは……遊撃でどうのこうの出来るレベルじゃ、ないよね……」
「この場はちょっと……方針転換した方が宜しいんじゃなくて?」
 アウグストも半ば絶句しつつ、音子に進言する。
 黒豹小隊としては、敵大部隊に痛撃を加えるという特殊部隊としての経験獲得は、十分に果たせた。
 これ以上は、単なる超過勤務である。引き下がったとしても、誰も責めはしまい。
「今のところは、あの化け物はパニッシュ・コープス側を攻撃目標としている様子、ですが……」
 ジャンヌの言葉もどこか、歯切れが悪い。
 敵部隊なら幾らでも情報分析出来るのだが、得体の知れない巨大生物の分析などは、まったく専門の範疇外だからだ。
 しかしジャンヌの分析は、精確だった。
 フォートスティンガーはまず、パニッシュ・コープスに対して苛烈な攻撃を加えている。
 だがその矛先がいつ、第二小隊に向けられてくるのかは分かったものではない。早々に対策を考えねば、パニッシュ・コープスと同じ憂き目に遭うだろうことは、火を見るよりも明らかだった。
 そういう意味では、洋率いる小型飛空艇分隊の火力は、ある程度であれば対抗可能な戦力としてカウント出来るだろうが、まだ決定打が足りなかった。

「折角頂戴した武器があるんだし……ここで使ってみるのも、悪くないかな」
 ローザマリアが、敵砲兵小隊から奪い取った70ミリ自走砲をちらりと見ながら、吹雪に提案した。
 吹雪も、上官の言葉にそれなりの説得力を覚え、神妙な面持ちで頷く。
「そういうことなら、精確な射撃が可能な狙撃手を、射手として揃えた方が良いであります。即刻、その辺の狙撃手達に声をかけてくるであります」
 いうが早いか、吹雪は第二小隊本営とその周辺を走り回り、狙撃手と思しき面子には片っ端から声をかけていった。
 最初に吹雪の呼びかけに応じたのは、煉である。
「手伝おう。あんな化け物の餌食になるぐらいなら、一太刀浴びせて意地を見せたい」
 その他にも数名、狙撃を得意とするコントラクター達が吹雪の呼びかけに応じ、続々と集まってくる。
 これならば、何とか対抗出来るかも知れない――ローザマリア自身も自走砲の射手として、フォートスティンガーに対抗する意思を持っていたが、彼女の中で自信が確信に変わりつつあった。
 手当を終えた菊や、吹雪の指示を受けたコルセアも、自走砲をそれぞれ一台ずつ受け持つ。
「中尉殿……どうやらあの化け物、今度はこちらに標的を切り替えたようであります」
 吹雪が、フォートスティンガーの巨影を見据えながら、低い声音で報告した。
 ローザマリアも、敵の動きに変化があることを見抜いている。恐らくは、パニッシュ・コープス側がほとんど壊滅したのであろう。
「敵が変わっても、やることは同じ……さぁ、気合入れていこうか」
 ところが――。
「中尉殿、何かちっこいのが、樹々の向こうに見え隠れするでありますっ」
 吹雪が深緑の壁の向こう側に、別の影を発見していた。
 ザカコや唯斗、或いは理王といった面々が最初に遭遇していた、フォートスティンガーの小型タイプの群れである。
 要するにスポーン種なのだが、敵であることに違いはない。
「厄介ね……護衛を頼むわ」
 スポーン種から自走砲を守る為の人員として、吹雪、イングラハム、レキ、カムイ、姫月、樹彦といった面々が対処に当たることとなった。
「こっちも相手が人間から、蠍の化け物になったってだけの話なんだよ。やることは、一緒だね」
 レキの表情が、引き締まる。
 スポーン種の接近を許す前に、こちらからある程度、打って出なくてはならない。最初にレキ、次いでカムイとイングラハムと続き、自走砲を守る懸命の戦いが、幕を開けた。

 対フォートスティンガー、或いは対スポーン種の戦いが繰り広げられる中で、思わぬ事態が生じていた。
「ヘ、ヘッドマッシャー!?」
 スポーン種の包囲網を懸命に捌いているシャノンとグレゴワールの前に、ヘッドマッシャーが一体、音も無く頭上から降り立ってきた。
 ただでさえ厄介な状況に加え、ヘッドマッシャーをも相手に廻さなければならないとなると、もうほとんど絶望に近しい事態に陥る。
 ところが、このヘッドマッシャーはシャノン達にとって予想外の行動に出た。
 ブレードロッドの切っ先を、シャノンとグレゴワールにではなく、スポーン種に対してのみ、向け始めたのである。
 シャノンは即座に、この不気味な巨漢の意図を察した。
「成る程……圧倒的な強さを誇る共通の敵の前では、一時休戦、って訳ね」
 ヘッドマッシャーは、グレゴワールの剣の間合いが届かない敵に対して、ブレードロッドを次々に叩き込んでゆく。
 逆にグレゴワールは、懐に飛び込んできたスポーン種を片っ端から薙ぎ倒していった。
 全くもって、奇妙な光景であった。
 あれ程までに激しく敵対していた者同士が、異形の敵を前にして、見事なまでのコンビネーションを発揮しているのである。
 どこかでお互い、相通じるものがあったのかも知れない。
 同じような状況が、ルカルカの前でも起きていた。
 二体のヘッドマッシャーが、スポーン種の包囲に手こずっていたルカルカを手助けし、近寄る敵を次々に排除してゆく。
 ルカルカは思わず、妙な感動を覚えた。
 更に、ヘルやエースも合流してきて、ルカルカとダリルを守り切ろうとした。
 彼らが何を要求しているのか――ルカルカは、すぐに察した。
「ダリル、久々に、やるよ!」
「了解した。最大出力で叩き込む」
 スポーン種による攻撃を気にする必要がなくなったルカルカは、ダリルの能力――光条兵器を極大出力で起動した。
 狙うは、親玉であるフォートスティンガーである。
「ダリル……何だか、凄いパワーがみなぎってきてるんだけど……」
「きっと、彼らが力を貸してくれているんだ」
 ルカルカの疑問に対し、ダリルは即座に回答した。
 二体のヘッドマッシャーは、恐らくはいずれもスティミュレーターなのだろう。
 本来ならば敵の肉体を過剰にオーバーヒートさせる能力の筈だが、逆に味方となった者の能力を適切、且つ最大限に引き出すということも出来るらしい。


     * * *


 それから、一時間後。
 フォートスティンガーは小型飛空艇分隊、自走砲隊、そして各兵員達の最大限に発揮された実力の嵐を受けて遁走した。
 そして同じく、ヘッドマッシャー達も姿を消した。
 第二小隊、及びその増援に駆けつけた教導団兵は、今回の彼らの標的ではなかった、というところか。