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震える森:E.V.H.

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震える森:E.V.H.

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【七 凶報】

 第四陸戦隊との合流を受けて、レオン率いる第二小隊は少しずつではあるが、第二ラインの戦線維持を回復しつつあった。
 更にまた、後方から別の支援部隊が続々とこちらに向かってきているのだという。
 少し前までは沈鬱なムードが漂っていた第二小隊は、今ではそれなりの活気を取り戻しつつあった。
「ダンドリオン中尉、もうじきルカルカ・ルー大尉達も到着するそうだよ。他に黒豹小隊とか、色々と戦力が増強されるらしい。そうなれば、色々教えた小手先の誤魔化しも、必要なくなってくるねぇ」
 ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)大尉が、長距離無線での通信を終えて、レオンのもとへと歩み寄ってくる。
 レオンは幾分ほっとした表情を浮かべかけたが、そこでルースは気を緩めないようにと釘を刺すのを忘れなかった。
「おぉっと、安心するのはまだまだ早いよぉ。一番大変なのは、撤退戦なんだから」
「そ、そうでしたね。今一度、気を引き締め直します」
 緩みかけた表情を慌てて厳しくしたレオンだが、矢張りどこか、安堵した様子が漂ってしまう。
 こういう部分が、彼が大尉に昇進し切れない弱みなのではと深読みしてしまうルースだったが、しかし今はそんなことをいちいち指摘している場合ではない。
 と、そこへ五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)のふたりが、それぞれ負傷兵に肩を貸して、小隊の本営地へと引き返してきた。
「よぉしよし! よくここまで頑張ったわね! ここまで来たら、もう安心だからね!」
「本当に、よく頑張りましたね。ここでゆっくり、休んでください」
 ふたりが連れてきた負傷兵達は、いずれも命に別状はないものの、結構な重傷者であった。少なくとも、ひとの手を借りなければ移動が出来ない程に消耗している。
 第四陸戦隊の一員として、第二小隊合流当初は戦闘に力点を置いていた理沙とセレスティアだったが、負傷兵のあまりの多さに方針を変更し、各ポイントで動けなくなっている負傷兵をこうして本営地へと連れ戻す作業に従事するようになっていた。
 ムードメーカーを自認する理沙にしてみれば、負傷兵の保護という建設的な行動の方が、よりイメージに合っているといえなくもない。
 逆にセレスティアは癒し手としてのイメージが最初から強かった為、寧ろ今の役割こそが本来あるべき姿であるともいえるだろう。
 本営地へと運び込まれた負傷兵達は、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が造営した簡易バリケード内へと運び込まれる。
「さぁこちらへ! すぐに応急処置を施しましょう!」
 アリーセの指示を受けて、理沙とセレスティアが連れてきたばかりの負傷兵を再び抱え起こし、簡易バリケード内へと誘導してゆく。
 その様を、レオンとルースは神妙な面持ちで眺めていたが、不意にルースが、レオンの足元に置かれているアタッシュケースらしき姿に視線を落とした。
「ダンドリオン中尉、それは?」
「えぇと、こちらは……一条技官のパートナーの、リリ マル(りり・まる)です」
 紹介したレオン自身も正直なところ、このリリマルをどう扱って良いのか、よく分からないといった様子を見せていた。
「……何かに使えそうなのかい?」
「いえ、それが……自分にも、よく分からないのです」
 分からないから、取り敢えず足元に置いているのだという。
 ルースも、それは大変だと妙に同情した表情を見せたが、かといってどのように手助けして良いのか、皆目見当もつかない。
「それじゃあ〜、また行ってくるわね〜!」
「後のことは、お願いします」
 理沙とセレスティアが再び、第二ライン戦線方面へと飛び出していく。その後ろ姿に手を振りながら、レオンとルースは尚も困った表情で顔を見合わせた。
 この足元のアタッシュケースは、どう扱えば良いのだろう。

 しかし第二ラインの最前線では、アタッシュケースどころの話ではなかった。
 敵は尚も攻勢を強める一方であり、全く退く気配がない。
「えぇい、くそっ! ちっとも数が減らねぇどころか、逆に増えてるじゃねぇか!」
 樹幹の陰に隠れながら応射を繰り返しているエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が、苛立たしげに叫んでみせたものの、かといってこの場を放棄する訳にもいかない。
 ほとんど防戦一方の形が続きっ放しとなっているのであるが、それはパートナーのロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)も同様であった。
 よくよく見ると、ロートラウトの左肘から先が、ぼろぼろに砕けてしまっている。少し前に、敵のSAW(分隊支援火器)による一斉掃射を浴びた時、第二小隊の一般兵を樹蔭に引っ張り込もうとした際にやられてしまったものらしい。
 ロートラウトが機晶姫だったのが不幸中の幸いで、これがもしエヴァルトだったら、もうその時点で戦闘不能に陥っていることだろう。
「おい、もう下がった方が良いんじゃないのか!?」
 エヴァルトが、声を目一杯張り上げて呼びかけると、ロートラウトは自身の左腕を眼前に掲げて、うむむと小さく唸る。
「まだ大丈夫だと思うけど……これってさぁ、教導団から危険手当とか、出るのかなぁ?」
「んなこたぁ、俺にも分からん!」
 実際、ロートラウトの機晶姫としてのボディは何かにつけて、エヴァルトの財布の中身を圧迫している。
 今回も大なり小なり、色んな箇所が被弾しており、その修繕費だけでも頭の痛い話であった。
 そこへ、後方での水分補給を終えたシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)のふたりが、戦線に飛び込んできた。
 しかしながら、この激しい銃火の中では決して火力が高い方であるとはいえず、現状ではもっぱら、囮役に徹する以外に担当する役割が無かった。
「う〜ん……やっぱりヘッドマッシャーが出てきてくれないうちは、ただのお荷物よねぇ」
「気にすることはない。我が武力の全ては、剣と盾。ならば只々前進し、敵を打ち倒すのみ。神はただその一点のみをご所望だ!」
 シャノンとは対照的に、グレゴワールは素晴らしい程に気合が入っているのだが、しかし現実は中々に厳しいといわざるを得ない。
 事実、グレゴワールは盾を押し出して前進しようとするが、敵の掃射による衝撃で度々後方へ押し戻されてしまい、とても前進どころではなくなってしまうのである。
 結局のところ、単独で行動するヘッドマッシャーとの対戦仕様に特化し過ぎた為、豊富な火力を擁する大部隊相手となると、途端に無力と化してしまう。
 ヘッドマッシャー戦以外を担当する役割分担が、他の誰かと出来ていれば良かったのかも知れないが、目下のところ、シャノンとグレゴワールには、そのような仲間は居ない。
 流石に、エヴァルトも見かねた。
「おい、そこのおふたりさん! 危ねぇから、後ろに下がってろって! そんなところでうろうろされたら、こっちが気が気じゃねぇ!」
 シャノン相手ならば気合で押し通すグレゴワールも、シャノン以外の他人からこのようにいわれてしまっては立つ瀬がない。
 仕方なく、後方へ退く準備に入る。
「神はまだ……我の力を欲していないという訳か」
「うんうん、そういうことだから、早く後ろに戻ろうよ。ね?」
 尚もぶつぶつと呟くグレゴワールを、シャノンが必死に引きずっていこうとする。
 その様子を、ロートラウトが手を振りながら見送った。
「気を付けてね〜」
「あのな……お前も一緒に下がれって」
 この激しい銃火の中で、エヴァルトは妙な脱力感に襲われた。

 しかしその直後、必ずしもロートラウトが後退する必要のない展開が生じた。
 別方向から、正面の敵に痛打を浴びせる狙撃が開始されたのである。
「おっ……こりゃ助かる。味方の別動隊か」
 エヴァルトの頬に、僅かながら安堵の笑みが浮かぶ。
 狙撃手は、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)であった。エヴァルトの位置からはよく見えないのだが、魔鎧化したリーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)をその身に纏い、単独での狙撃に出ている模様である。
「あら、思ったより上手なのね。もしかして、初めてじゃないの?」
 リーゼロッテの茶化すような声に、煉は思わず苦笑を浮かべた。
「昔取った杵柄、というやつさ」
 余り多くは語らず、煉は更に黙々と狙撃を成功させてゆく。
 だが、敵も馬鹿ではない。何人も同じ方角から狙撃され続ければ、ローザマリアの時と同様、射線と距離を正確に算出し、反撃に転じてくるだろう。
 しかし煉は最初から単独での狙撃を考え、こまめに移動することを心がけている。罠設置などに拘らない分、自由な行動が許されていた。
「あら、もうやめるの? もっと敵を倒せるんじゃないの?」
「いや……同じ位置で狙撃を続けるのは拙い。敵にこちらの位置を見抜かれる。そうなる前に移動して、また狙撃を始める。その繰り返しさ」
 今のところ、煉の狙撃位置はまだ一度も特定されていない。
 煉の方針として、第二小隊からは然程に距離を離さずに狙撃位置を変えるよう心がけている。
 敵を倒すことよりも、レオンの隊を守ることを優先させていれば、これは当然の選択肢であった。
 すると、煉の視界の中で珍妙な光景が展開された。一度後方へ下がった筈のシャノンとグレゴワールが、再び前線へと引き返してきたのである。
 どうやら、煉の狙撃による敵の出足の鈍りを好機と捉え、再び突撃を敢行しようとしているのだろう。
「やれやれ……もう少し、ここで狙撃を続ける必要が出てきたか」
「まぁ、良いんじゃない? もう少し付き合ってあげたら?」
 リーゼロッテの悪戯っぽい響きを含んだ笑みに、煉も仕方なく、やれやれと小さく肩を竦めた。
 そんな訳で再度、煉はその場で狙撃態勢に入ろうとしたのであるが、そこへ思わぬ割り込みが入った。
『煉、聞こえるか!』
 レオンからの無線通信であった。
 一体何事かと首を捻りながら、煉は応答に出る。
「こちら、桐ヶ谷。どうかしたのか?」
『第一ラインが、瓦解した! 敵が一斉にこちらへ雪崩れ込んでくるぞ!』
 その瞬間、煉の背筋に冷たいものが走った。
 第七中隊のほぼ中核の人数によって構成されていた第一ラインが失われた――それは即ち、第二小隊が完全に孤立無援の状態に陥ったことに他ならない。
 逆に敵側は、それまで第一ラインに当てていた兵力を全て、第二ラインへと結集させる方針に切り替えるだろう。
 そうなると、今のように前線レベルでの各個撃破など、焼石に水と化す。
 現時点でレオンの第二小隊は、一般兵の人数だけを見れば32人。これに対し敵側は、一個中隊当たりの人数を最大数で計算すれば1200人。
 およそ40倍の兵力が、一気に襲いかかってくるという話になる。
 最早、呑気に狙撃などやっていられる場合ではなかった。
『一度兵力を結集し、重点防衛ラインの再構築に入る。煉、君もすぐ本営に戻ってきてくれ』
「……了解した」
 煉はゆっくりと立ち上がり、狙撃用ライフルを肩に担ぐ姿勢で、足早に樹々の間を駆け抜け始めた。
「ねぇ煉……あたし達、生き残れる、よね?」
「さぁ、どうだろうな」
 リーゼロッテの問いかけに対し、煉は明瞭な答えを返すことが出来なかった。
 はっきり返答出来る程の判断材料が、どこにも見当たらなかったのである。