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闇狩の末裔たち

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闇狩の末裔たち

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 巨木の根で隆起した地面や這い回る蔦に足を取られながらも、エルポン先生たちはジャタの森を突き進んだ。
「わたしの勘ですと、そろそろサレイン集落に到着ですね」
 程なくして視界が開けると、地面が平坦で芝の敷かれた広い空間に抜け出た。
 天から降りそそぐ木漏れ日が、苔むした石積みや木造の家々を鮮やかに照らしている。
 小鳥のさえずりと小川のせせらぎが、絶え間なく響いていた。
 集落の奥にそびえた樹木の天井を突くほどの尖塔が、とても印象的だ。
「まるでおとぎの国へ迷い込んだみたいですね」
 アイリは両手を胸の前で組み合わせると、集落の素晴らしさを噛みしめているようだ。
「自然と共存を果たすことは、大変むずかしいことであろう。近代化もさることながら、こうした生き方も忘れてはならないのだよ」
「野山に籠もってシュギョ(修行)するには、うってつけの場所ネ。みなサン、行ってみましょう」
「気をつけるのですよティファニー。おぬしが思っているような人びととは限りませんからね」
「心配めさるな、ですヨ」
 彼女が先行して集落に近づいていくと、どこからともなく鐘を打つ音が響いた。
 それを合図にゾロゾロと人間が湧きだして、ティファニーの前に人壁を築いてしまうではないか。
「エルポン先生っ、早く行って集落の皆さんを説得してください」
「い、いや、まあその……わたしは不審者呼ばわりで追い出された口でね……」
「ええっ……と、とにかく先生、放っては置けませんから、急ぎましょう」
「そのようですね」
「おぬしらこれでは、先が思いやられるというものだよ」
 駆け付けた探検隊第一班の面々と対峙するのは、サレイン集落の住人たちだった。
 集落を上げてのお出迎え、という風でも無く、かといって完全武装で気力充実、というわけでもない。大人から子どもまで、性差はない様子だ。
「ここのところ急に外の者がやってくるようになったのじゃが、そなたらも何か用事があってやってきたのかね?」
 杖をついた初老の男性が、ティファニーに問いかけてきた。
 どうやらサレイン集落の長のようである。
「イエス。このエルポンと一緒に、遺跡のダンジョンをリサーチしに来ました」
「エルポン? おおーっ!? このオッサンは数日前に付近を徘徊していた変質者ではないかっ。しかも人間くさい」
「オッサンとは随分な評価ですね。わたしはまだ28才、独身ですよ。変質者とは心外な」
 彼は目に角を立てると、くわえパイプを吹かしはじめた。
「先生、落ち着いてください。まずは誤解を解かなければいけません」
「しかしだね、アイリくん。わたしにもちょっとぐらいのプライドは持ち合わせているんだよ」
 すると集落の住人の間を縫って、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が姿を現わした。
 エルポン先生たちよりも先行している生徒も既に居るようである。
「首長さん、この方たちはわたしの同胞みたいなものですから安心してください」
「むむ、うーん、藤原殿がそうおっしゃるならば……では、この辺りに滞在用の仮住居をを建てさせましょう。集落の中へお泊めするまでには、時間をいただきたい」
「ありがとうございます藤原さん。助かりました」
「見ず知らずのわしたちのために、何とありがたい。藤原殿には感謝せねばならぬだろう」
「お気になさらないでください。これから村長さんと集落についてお話を伺おうと思っていたんです。ご一緒にいかがですか?」
「同席しよう。構わないね、アイリ、ティファニー、エルポン」
「はい」
「オフコース」
「わたしは集落付近を調査してみたくなったから、ここでいったん失礼するよ。どうにも納得がいかない展開だったが、まあよしとしよう……」
 エルポン先生は気分を持ち直すことができず、早々にこの場を後にしてしまった。
「皆さん。ミーは、ティファニー・ジーン、デース。ヨロシクお願いしマース。小さなお子さんまでお出迎えしてくれるなんて、うれしいですネ」
 群衆の先頭に並んでいた少年に歩み寄ったティファニーは、くしゃくしゃあっと頭を撫でつけた。
 するとくすぐったがる少年の頭から、猫の耳がぴょこんと跳びだした。
「oh.なんてキュートな少年っ。こっちの少年は――」
 ネコミミ少年の隣にいた男子の頭を撫でつけると、ペタンと尻餅をついてキツネの姿に化けてしまったではないか。そしてコロコロとおかしそうに笑っている。
「――これがウワサのキタキツネですネ。すると……チーフ(首長)、あなたもナニガシカのアニマルなんですカ?」
 首長と握手を交わしたティファニーは、彼が立派な体毛に包まれたグリズリーへと変化していくのを目の当たりにしていた。
「チーフは、庶民でいう……熊五郎サン?」
「熊――ええ、そうなりますかな。五郎というのはよく分かりませんが。では皆さん、こちらへ」

▼△▼△▼△▼


 サレイン首長の家に招かれたのは、正子、アイリ、ティファニーと、サレイン伝統の肩掛けを身にまとった藤原 優梨子だった。
 獣の毛で織られた地に、紅、蒼、緑の帯と、犬をかたどった文様、犬の前足のような、イマイチ判断が付かない絵柄が縫い付けられてあった。
 お互いの自己紹介を済ませてから、正子たちは遺跡を探索する目的をはじめとした話題でしばらく盛り上がった。
 『渡辺真奈美のフィールドノート』を元にジャタの森の獣人に好まれるお酒を持参していた優梨子は、それを首長へ存分に振る舞いながら種族に関する質問を始めた。
「色々な獣人が一緒に暮らしているようですが、元々は獣化した同じ獣たちが独立して生活していたのでしょうか」
「遙か以前に遡ったとすれば、そういう事になるかも知れません。ただ、この森には未知の生物や遺跡などであふれかえってます故、こうして獣化しない、いわゆる人型での平穏な生活を前提として、結束するようになったと言われています。この方が頭数というものを確保するのが容易だったからでしょう」
「獣化した場合に、力関係の優劣が生じるかと思いますが」
「そこはホレ、常に年長の者が厳しくしつけておりますゆえ、あまり問題にはなりません。首長となった私も、爺様には散々お小言を頂戴しました口で……」
「歴史や伝承を継ぐ人はいらっしゃるんですか? 例えば、長命そうな亀の獣人とかならば、比較的長いスパンを費やして相伝できるかと思います」
「歴史や伝承は、祭事を通じて語り継いでいますぞ」
「獣化した動物の種に応じて、役割分担などをされていますか?」
「力仕事の得意な者、空を飛べる者、先を見通せる者、仕事量に開きがあることは事実でしょうが、皆誇りを持ってやってくれます。お互いの仕事を敬うようにしつけられているからです」
 そこまで語った首長は、杯をひと息であおった。
「興味深いお話をありがとうございました」
「勉強熱心な娘さんだ。いっそこの集落に骨を埋めてはいかがかね。婿も取らせるぞ」
「それはちょっと……私は獣人ではありませんし」
「種を超えた婚姻もサレインやシグーでは認めておる。ただ子を授かる場合には、産みの親として同族の伴侶を家族に迎え入れることになるが」
「一夫多妻の変形……多夫多妻、とでも言うのでしょうか? ですがやはり、私には文化人類学の研究を続ける目標がありますので」
「まあ、よいよい。獣人の集う集落とは、色々と事情が複雑でしてな。子どものしつけから始まるモラルの維持が、集落存続の肝というわけですな。はは、何だか他の皆さんも聞きたいことがおありのようですな。今晩はひとまず語り明かそうじゃありませんか」
 どうやら今晩は、眠らせてもらえないようである。