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闇狩の末裔たち

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闇狩の末裔たち

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 時ををほぼ同じくして。
 遺跡の近くに点在している洞穴を探索していた瀬乃 和深(せの・かずみ)セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)は、どん詰まりの壁面に埋め込まれた円形の石版を発見した。大きさは直径にして3メートルはあるに違いない。
「おいセドナ、何だと思う? 表面になんか彫ってあるぞ」
「これはひょっとすると魔方陣の類いであろう。和深さ、ちと触ってみよ」
「本気で言ってるのか? イナンナの祝福を受けているとはいえ、あんまり気が進まないんだが」
「怖じ気づいたのか、和深。イナンナの加護なぞアテになるか。そんなモノよりも、現にここに、我が付いているであろうっ」
 挑発的な視線で甘えるように微笑んだセドナは、気乗りしない和深の腕にぶら下がった。
「さあさあ早く、封印を解いてみるのじゃ。強敵の出現とあらば、存分に我を和深の光の刃として振るうがよいぞっ」
「よーし、たまには運試しと行くかっ」
 和深が石版に手を触れようと一歩踏み込んだところ、靴の裏で紙切れのようなものを踏みしめる音が聞こえた。
「和深よ。そなた、古びた呪符を踏みしめておるようだ」
「――えっ!? じゃあひょっとしてコレ」
 和深の指先が石版の表面に触れる前に、石版に刻まれた文字が眩く発光を始めた。
「既に封印は解けていたということ?」
 石版がわずかに震動を始めると、洞穴全体がガラガラと崩れ始めるではないか。
「セドナ、これって崩れるんじゃないか? 逃げようっ!」
「ふふっ……面白くなってきたのだよ。和深、姫抱っこ」
「そんな余裕はないっ」
 和深はセドナを小脇に抱えると、猛ダッシュで洞穴の入口へとひた走った。
「ええーい、我をぞんざいに扱いおってー」
 激しい震動が背後から襲い、洞穴を抜け出たと同時に何か巨大なものが岩壁を吹き飛ばして地上へと現われた。
「おおーっ、これはなんと大きな骨竜であろうかっ」
 振り返った和深は、その漆黒の躯体を仰ぎ見ることになる。全幅にして2メートル、全高が4メートルはあるだろうか。耳をつんざくような悲しい咆哮を上げながら、翠蒼の業火ををまき散らす。
「黒い骨したスカルドラゴンなんてはじめて見るぞ……夜な夜な集落を襲う闇の存在って、コイツじゃないのか?」
「頑張るのだっ、和深。負ける気がしないぞっ」
「魔法が通じるかどうか、試してやる」
 スカルドラゴンの突進を交わした和深は、短い詠唱を経て「天のいかづち」を発動した。
 視界が真っ白に染まり、漆黒の骨が勢いよく燃え上がった。落雷の衝撃で吹き飛ばされたふたりは、もがき苦しむスカルドラゴンを見上げて安堵した。
「魔法は通じてるようです」
「どれ程のダメージになってるのか分からないな」
 立ち上がって服の汚れを払うと、勢いに任せて噴射されたドラゴンの炎を、英雄のマントで防いだ。
 しかし、強烈な炎をまき散らしていたスカルドラゴンが、不意に上体を上げて辺りを見回した。
「何かが出てくるようだぞ」
 セドナの指さした先に湧いて出たのは、ギフト・クルーエル・ウルティメイタム(くるーえる・うるてぃめいたむ)を取り込んだエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。――またの名を『ヌギル・コーラス』。
 地表にポッカリと空いた絶対暗黒領域から泡のように身を沸き立たせ、胴回りを超える太い腕を肩口からだらりと垂らしている。その表皮には無数の瞳が見開かれ、視覚を超える情報を漏らさず洞察している。顔の表情は、のっぺりとした白磁のような仮面に覆われ、伺うことはできない。
「……生を弄ぶ竜ですか……」
 禍々しい黒紫の羽を広げて宙に浮くと、スカルドラゴンが彼の胴に食らいついた。ギリギリと肉体と骨格が歪む不気味な音が響き渡る。
「……満たされないのですね。ならば私が屠りましょう……」
 エッツェルの腕がドラゴンの翼骨の根元を掴みあげると、翼骨にみるみる肉が盛り上がって翼膜が張っていくではないか。漆黒の翼が大きくはためいたその時、真っ赤な炎が翼を包み込んだ。見る見るうちに翼は焼け落ち、翼骨も残らず灰燼と消えた。
 もう一方の翼も同じように炎が周り、今やドラゴンは大きなトカゲの姿と変わり果てていた。
 彼の強靭な腕に頭蓋を握られたドラゴンは、ただただ翠蒼の火炎を噴き出す事しかできないようだが、それはもはや効力を持たない無駄な行為のようである。
「……忌々しい時の輪廻から、解き放ちますか……」
 両腕にある無数の瞳が一斉に閉じると、のっぺりとした仮面のスリットから暗い光が放たれた。「対消滅魔力結界」の照射を受けたスカルドラゴンはその衝撃波によって一瞬にして粉砕され、ジャタの森の地表へ炭となって降りそそいだ。
「何者なんだ」
「良心の残った悪魔とか……これは戦略的撤退が妥当なところであろう。もうじき日も暮れるし、集落で祭儀が始まる頃なのだよ」
 セドナたちを睥睨するエッツェルに、和深が声を掛けた。
「あんたも遺跡調査に参加してるのか」
「…………」
「遺跡では何か発見されたのか。それとも今みたいに、敵を蹴散らしたのか。終わったのか」
 ゆるりと着地したエッツェルの足下には、既に絶対暗黒領域の渦が巻き起こり始めている。
「……私には不要な物です……」
 ぽつりと呟いたエッツェルは、再び絶対暗黒領域へと沈降していった。