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空京通勤列車無差別テロ事件!

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空京通勤列車無差別テロ事件!

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【差し替え画像 四】

 中継車内。
 いきなりカメラが切り替わった為、素十素はおや、と小首を傾げていた。
「別に、差し替えが必要なシーンなんて無かったと思うけど?」
 素十素の問いに、彩羽は特別仕様列車内に設置された監視カメラのモニター画面を指差し、いや、と小さくかぶりを振った。
「今ね……ルカルカ・ルー大尉が悪魔のひとりをぼっこぼこにしてるんだけど、ちょっとお茶の間には流せない程にやり過ぎだから、しばらく差し替えでいくわ」
 彩羽が指摘した通り、画面の中ではルカルカが、女装鋭峰に襲いかかったと思しき痴漢悪魔を、これでもかといわんばかりの猛烈さで、ひたすら殴って殴って殴り倒している。
 素十素も納得して、小さく頷いた。


     * * *


 再び、安物っぽいセットが組まれたスタジオにて、今度は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がプロデュースする防犯グッズの通販番組が、電波に乗って流され始めた。
「はいっ、本日ご紹介する商品は、こちらっ!」
 美羽がさっと手を振ると、コハクが用意した台の上に、幾つかのアイテムが並んでいる。
 特にこれといって、目を引くような内容ではない。並んでいたのは、防犯ブザー、催涙スプレー、そしてスタンガンなどの定番どころであった。
「一見、極々普通の防犯グッズですが、実は凄く高性能な逸品だったりします! 実演はこの方、馬場正子さんでぇ〜す!」
 美羽が紹介すると同時に、特別仕様列車内に居る筈の正子が、スタジオの裾からのっそりと姿を現した。
 すると、『この番組は収録作品です』というテロップが流れ始めた。
 どうやら、事前にスタジオで撮影したものを流しているらしい。
「さぁそれでは正子さん、そちらの電車内風景を模したセットで実演をお願いしますっ!」
「うむ、良かろう」
 正子は受け取った防犯ブザーを手に、電車内風景セットへと足を踏み入れる。
 そして痴漢役として登場したのは――。
「はい、そして痴漢を演じてくださるのは、悪いことをやらせたら世界八位のこのひと、若崎 源次郎(わかざき げんじろう)さんでぇす!」
「ちょっと何やねんな、その中途半端な数字は」
 ぶつぶつ文句をいいながら、紹介を受けた源次郎は正子と同じく電車内風景セットに登場した。
 いずれも、2メートルを超える巨躯の持ち主である。とても、普通の電車内風景とはいいがたい光景が、そこに現出した。
「それでは若崎さん、お願いしまっす」
「へいへい」
 美羽の指示を受けて、源次郎が正子の肩に触れようとした。するとその直後、ゴキッ、という鈍い音がスタジオ内に鳴り響いた。
 ブザー音ではなく、ゴキッ、という音である。
 見ると、正子は防犯ブザーをメリケンサックのように握り締めてパンチ力の増した拳を、源次郎の顎にクリーンヒットさせていた。
「ふむ、なかなか良い握り感度だ。これならばより破壊力が増すであろう」
 どう考えても使い方が違うのだが、しかしコハクは、おぉっ、と感心したような驚きの声を漏らす。
「いや、素晴らしいですね。こんな使い方があったなんて、そのアイデアは無かったですね」
 普通に考えたら、そんなアイデアが出る方がおかしい。おかしいのだが、この通販番組では『新しい使い方』で通そうとしているのが恐ろしい。
 更に正子は、スタンガンで殴り、催涙スプレーで殴った。
 その都度源次郎は、頬が腫れ、鼻血が飛び出し、目の周りに痣が出来た。
 見事過ぎる正子のデモンストレーションに、美羽は幾分興奮した調子で締めの台詞をひとこと。
「凄過ぎですッ! これがあれば、いつ痴漢が来ても安心だね!」


     * * *


「若崎さん、こんなところでアルバイトだなんて……」
 幾分がっかりしたような表情で、彩羽はモニター切り替えの為に操作盤へと手を伸ばした。
 が、途中でやめた。
 見ると、まだルカルカがモニターの中で悪魔を殴り続けている。画像を戻すのは、時期尚早であった。
「参ったな、もう差し替え画像は次で終わりなんだけど……まぁ、いっか」
 本来ならもっと悩まなければならない筈なのだが、彩羽は軽い調子で適当に判断した。


     * * *


「魔法少女、大募集!」
 今度は番組ではなく、CMである。
 出演者は藤林 エリス(ふじばやし・えりす)と、アイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)のふたりであった。
「可愛くミステリアスな魔法少女は、いつの時代も女の子の夢と憧れ☆」
「そんな魔法少女に、貴方もなってみませんか?」
 エリスとアイリが交互に謳い文句を並べて、ダンスに近い華麗な動きで視聴者を魅了する。
「未経験者でも大丈夫♪ 変身方法から悪人の倒し方まで、優しい先輩魔法少女がマンツーマンで指導します。更に今なら、なんと! ご希望の方に、可愛いマスコットも斡旋しちゃいます!」
「さぁ貴女も、乙女の憧れ、魔法少女に変身しましょ♪ お問い合わせは、天御柱学院アイリ・ファンブロウまで☆」
 ふたりの鮮やかなまでのパフォーマンスにかぶせるように、『類似品にご注意ください』のテロップが流れていた。
 微妙にシュールである。
 そしていよいよ、CMの締め。
「魔法の力で、悪いやつらをちゃちゃっと懲らしめるだけの簡単なお仕事です☆」
「こんな風に痴漢に襲われた時も安心! 魔法の力でさくっと滅殺! 護身術にも最適です!」
 直後、ふたりの前に現れたのは――痴漢などではなく、鮫のように大きな口を持った、軟体性の巨大怪物であった。
 怪物は大きな口を開け、そのままアイリの頭部をがぶっとひと呑み。
 呆然とするエリスの隣で、アイリは首から上を食われたまま、全身を力無く、その場にぶら下げていた。

 瞬間、画像が切り替わった。


     * * *


「いやいやいや! ちょっと拙いっしょこれは! 幾ら魔法少女っぷりを徹底したいからって、アレやっちゃうのは如何なものかと! そりゃあね、ちょっと前にコラボったのは分かるけど、駄目でしょこれは!」
 慌ててモニターを切り替えた彩羽は、操作盤に手を伸ばしたまま、思いっ切り突っ込んでいた。