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空京通勤列車無差別テロ事件!

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空京通勤列車無差別テロ事件!

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【馬場正子 一】

 蒼空学園の現校長兼理事長の馬場 正子(ばんば・しょうこ)である。
 此度、わしは教導団の金団長より直々の指名を受けて、本作戦に参加した次第である。
 勿論ながら、わしには一切の迷いも躊躇も無い。
 金団長の崇高な意志には心からの敬意を表する一方、このわし自身もまた、少しでも役に立てるのであればという思いで参加させて貰っておる。
 聞けば、その大淫婦の手下である下級悪魔とかいう連中は、卑劣にも若い女性を狙って痴漢行為に走ろうとしているという話ではないか。
 わし自身は性的な話題にはとんと疎い方だが、花も恥じらう乙女達を、連中の毒牙から何が何でも守り切らねばならぬ。
 当然ではあるが、わしは囮など務まろう筈もない。それはわし自身、よぅ分かっておる。
 だが、囮として存分にその魅力を発揮する美女・美少女達の操を守ってやる必要はあるだろう。彼女達がその身を挺して悪魔共をおびき寄せたら、後はわしの出番だ。
 不埒な輩をこの手で必ずや引きずり倒し、二度と今回のような愚行を起こさぬよう、徹底的に成敗してくれてやろう。
「あ、見て見て正子さん。電車が来たよ!」
 乗車位置で、他の乗客達に紛れる形でわしと一緒に並んでいる五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が、その長身を更に背伸びさせて入線してくる方向に面を巡らせる。
 わしも自慢ではないが、背は高い。背伸びせずとも、普通に顔を向けるだけで、ひとびとの頭頂を超えて特別仕様列車の入線してくる姿を容易に確認することが出来た。
 だが、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は女性にしては長身の部類に入るだろうが、わしや理沙の高さには到底及ばぬ。
 この人ごみの中、入線してくる車体の確認は端から諦めているらしく、ただ穏やかに、理沙の妙にはしゃいだ仕草に対して苦笑を浮かべるばかりであった。
「んもぅ、理沙ってば……そんなに大声で目立ってたら、警戒してますよって宣言してるようなものじゃない。少しは、落ち着いた方が良いわよ?」
「うっ……わ、分かってるわ、そんなこと」
 セレスティアに笑いながらたしなめられ、理沙は僅かに頬を膨らませて顔を紅潮させた。
 背が高い上に、胸が無い為にセックスアピールに欠けると日頃から悩んでいることの多い理沙だが、こういう可愛らしい仕草を見ると、十分男を引き寄せられる魅力に満ちておる。
 ただ、本人がそのことに対して、まるで自覚が無いだけなのだ。もう少し、自信を持っても良さそうなものであろうに。
 いずれこの件については、セレスティアも交えてじっくり話をせねばならんであろうな。
 それはともかく、わしは先程から、列の中でわしの前に並んでいる長身の婦人が、どうにも気になって仕方がない。
 異様な程に不自然な銀髪ロングヘアーと、凄まじくガタイの良い体格をこれでもかと主張しまくっているミニスカスーツ。
 大きなマスクで口元を隠してはおるが、喉仏のあたりから鰓付近に見え隠れしている髭っぽい毛は……これは明らかに、『失敗しておるのではないか?』と思える作り具合であるな。
 恐らくこの人物は、今回の作戦に際して囮役を志願した者のひとりなのであろうが……。
 わしは極力不自然にならぬよう、入線してくる特別仕様列車の姿を望む振りをして上体をやや列の外にはみ出させて、ちらりと視線だけを、その囮役と思しき長身銀髪女性(?)の面付近に向けた。
 うむ……見覚えがあるぞ。確かこの人物、教導団のルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)大尉ではなかったかな。
 わしがそんな疑念を抱いてその人物のマスク顔を見ておると、そのマキャフリー大尉と思しきマスク顔は、目線だけで頷いてきた。
 声が出せないから、一応目だけで挨拶してくれているらしい。
 わしもそっと目線で頷き返し、上体を元の位置へと戻した。
「あれ? 正子さん、どうしたの? 何だか、変な顔してる」
「いかつい顔の間違いであろう。わしの顔がおかしいのは、前々からだ」
 理沙のツッコミを適当にかわしつつ、内心でマキャフリー大尉に同情と、そして敬意とを同時に抱いた。
 教導団の大尉ともあろう程の人物が女装までして、この作戦に参加する……実に涙ぐましいというか、大変な話であると思わざるを得ない。
 理沙やセレスティアがマキャフリー大尉の女装に対し、声高に指摘したりしないだろうかと、何故かわしの方まで変に冷や冷やしてきたわ。
 頼むから、そのまま気づかずにおってやってくれい。
 もし公共の場でバレでもしたら、奥方に合わせる顔が無いであろう。

「あれ? 正子?」
 特別仕様列車が入線している間のことである。
 不意に列の横から、懐かしい声が呼びかけてきた。朝霧 垂(あさぎり・しづり)であった。
「おう、垂か。ワルキューレで一緒に飯を食った時以来だな」
「だな……っていうか、本当に参加してたんだな」
 垂とて、教導団員のひとりである。
 それなりの情報は入手しておるだろうが、わしが今回の作戦に参加していることは知っているようではあったが、そこまで信憑性を持ってはいなかったというところか。
「うぬは、どういう役どころなのだ?」
「あぁ、俺か」
 垂はトーンを僅かに落とした。わしは上体を屈め、垂に耳を近寄せる。
「車外連絡役兼、奴らが大淫婦との間で何らかの連絡手段を講じていた場合の、その追跡担当さ」
「成る程……確かにいわれてみれば、連中が性エネルギーを車外に転送する方法については、まだ何も分かっておらぬしな」
 だから垂は、乗車客の列には入っていなかったのだ。
 わしが納得して上体を起こすと、いきなりプラットホーム全体に、妙などよめきが起きた。
 ほとんどの乗客の視線が、たった今、入線を終えた特別仕様列車の中央付近の車体の屋根に注がれている。
「……何をやっとるんだ、あやつは」
 わしは思わず、小さくぼやいた。
 一方、垂と理沙、セレスティアの他、マキャフリー大尉もぎょっとした表情を隠せない。
 それもその筈。件の場所、即ち中央付近の車体の天井には、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)がモニュメントよろしく、パンタグラフの間でオブジェのように張りついているのである。
 屋根にしがみついている腕の側面に、『劇場版 大英雄ハーティオン 近日公開』などと朱書きされているところを見ると、どうやら本当に、映画の宣伝か何かのオブジェに扮して張りついているらしい。
 やがて、その車体が丁度目の前で停車した。わしらの乗る車両の真上に、ハーティオンがへばりついておることになろう。
 そうこうするうちにドアが開き、乗客達は戸惑いの念をまだ幾分残したままではあるものの、次々に車内へと乗り込んでゆく。
 わしは少し列から逸れ、ハーティオンに小声で呼びかけた。今回ばかりは、わしも己の長身に感謝せねばならんな。
「……何をしておる」
「見ての通りだ、ショウコ。私は今、オブジェとして車体の屋根に張りついているが、いざショウコ達の身に危険が及べば、いつでも車内に飛び込んで諸君を守るつもりだ」
 要するに体が大き過ぎて車内に入れないから、屋根に張りついて作戦に同行している、というだけの話であろう。
「成る程、そういうことか……だからラブは、ひとりで並んでおったのだな」
 ハーティオンのパートナーラブ・リトル(らぶ・りとる)が、その小さな体を乗客の列に押し込んでいた姿を、わしは先程確認しておる。
 しかしハーティオンといいラブといい、このコンビはやることが毎度、極端に過ぎるな。褒めて良いのか悪いのか。
「まぁとにかく、振り落とされんようにな」
 それだけいうと、わしは理沙やセレスティアが待つ車内へと踏み込んでいった。
 見ると、いつの間にかラブも一緒の車両に居るではないか。
 恐らくハーティオンが心配で……というよりも、何をやらかすか分かったものではないから、お目付け役として同じ車両に乗り込んできたというのが正解であろう。
「うぬも、苦労が絶えぬな」
「もぅね……呆れて声が出ないっていうより、良いから好きにやっちゃってください、って心境だよね」
 流石にラブも、匙を投げたか。
 学園のナンバーワンアイドルを名乗るラブ・リトルにここまでいわしめるとは、ハーティオンもいよいよ、色んな意味で突き抜けてきおったものよ。
「ところでハーティオンの奴、事が起きた際にはどこから車内に入ってくるつもりだ?」
「あ……どこにも、無いね」
 わしの指摘に、ラブは頭痛を感じたらしく、眉間に皺を寄せて顔に手を当ててしまった。
 走行中は車両インターロックがかかっている為、車体のドアは開かない構造となっている。まさか、屋根を突き破って入ってくる訳にもいくまい。そんなことをすれば、他の一般乗客に要らぬ被害が出るしな。

 そうこうするうちに、ホームに発射案内を示すアナウンスメロディーが流れ始めた。
 既に、この大勢の乗客の中に件の悪魔共が紛れ込んでいるかと思うと、中々に緊張感が湧いてくる。しかし今は、平穏を装っておかねばならん。
 わしは他の乗客の邪魔にならぬよう、車両連結部付近に体を寄せて、吊革を握った。壮年の通勤客達が好奇の視線を投げかけてくるが、いちいち気にしておっては始まらん。
『ドアが、閉まります。ドアが、閉まります。ご注意ください』
 お、この車内アナウンスは、ダリルではないか。あやつ、乗務員の真似事なんぞ出来るのか。意外に鉄っちゃんなのかも知れんな。
 開閉チャンバーの吸気音を鳴らしながら、車体のドアが一斉に閉まりかかる。
 と、その時だ。
「その列車、待てーい! この俺様も乗車するぞ!」
 プラットホームの階段付近から物凄く異様なものが、物凄く必死な形相で、物凄く殺人的なものをひけらかしながら突っ込んでくる。
 深紅のマントに羽根マスク、そしてお決まりの全裸姿といえば、最早間違えようもあるまい。
 あの男、変熊 仮面(へんくま・かめん)だな。
『危険ですので、駆け込み乗車はおやめください』
 変熊のあの姿とスプリンターぶりにも動じず、ダリルはお決まりの注意アナウンスを流しておるわ。
 とか何とかいうておるうちに、ドアが閉まろうとしておる。変熊の駆け込み乗車を何が何でも阻止するつもりか。
「うぉぉぉぉぉッ!」
 変熊、魂の叫びであるな。
 しかし、世は無情よ。
「どわぁっ! お、俺様のッ! 俺様のナニがぁぁぁッ!」
 必死に叫ぶ変熊の鬼のような形相は、ドア窓の向こうにある。厳密にいえば、ドアはほんの数ミリ程度だが、閉まり切っておらん。
 それで、だ。
 変熊はドアの向こう、即ちまだプラットホーム上にいるのだが、ドアの隙間から、腰の高さ付近に妙なものが生えておる。
 これは、あれか。変熊の大事なアレか。
 どうやら閉まるドアに激突した際、体は車体の外に取り残されたが、股間のアレだけは駆け込み乗車に成功したようだな。
 しかし、挟まれた本人は痛かろう。
「あら、これは一体何ですの?」
 今回の捜査に参加しておるコルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)が、わざわざドア付近に歩を寄せて、ドアに挟まれて車内に垂れ下がっておる変熊の貧相なアレを、まじまじと眺めておるわ。
 アイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)森田 美奈子(もりた・みなこ)のふたりが、汚物を見るような眼差しで変熊のアレから顔をそむけたのも、無理はなかろう。
「いけませんわ、お嬢様。こ、このような汚らわしいものにお近づきになっては!」
 などと美奈子がコルネリアをドアから遠ざけようとしておるが、しかしあやつは何故、メイド服なのだ?
 それも、かなり奇抜でけばけばしいメイド服だ。アイリーンのメイド服が随分と地味に見えるわ。
「お嬢様……美奈子の衣装だけでも御目が汚れますのに、更にあのようなものを凝視なさっては、まさに目の毒というものです。さぁ、こちらの席へ戻りましょう」
 何気に酷い台詞を吐きながら、アイリーンがコルネリアを引っ張っていってしまった。
 その間、美奈子は真っ青な顔をして、吐き気を堪えているような仕草を見せておる。
「うっぷ……さっき食べた肉まんが、喉の奥に込み上げ……うっ、ぐえぇぇぇぇ」
 頼むから、ここで戻すなよ。
『発車いたします。ご注意ください』
 おぅ、行くのかダリル。変熊のアレが挟まったままだというのに、行ってしまうのか。
「どわぁっ!? ちょ、ちょっと待てぇい! だ、誰か止めてくれぇッ!」
 変熊が超高速カニ走りで、無情に発車する列車に張りついたままホームを疾走しておる。
 わしはふと気になり、窓から進行方向に視線を転じた。
 ……おう、あれはいかんぞ。
 ホームの端に、転落防止柵が設置されておるではないか。
 変熊のやつ、このままいけばあの柵に激突するぞ。
「そこの勇者よ! 私の手につかまれ! 共に車外から悪魔を撃退しようではないか!」
 事情を全く呑み込んでおらんハーティオンが、恐らくは善意で呼びかけておるのだろうが、変熊はもう、それどころではないな。
 しかし、本当に拙いのではないか?
 このスピードであの柵に激突すれば、変熊の胴体と股間のアレは、ぶっちぎれてしまうのではないか?
「ぎゃあああああああああ!」
 変熊の、断末魔の叫び。
 そして車内は車内で、大勢の乗客達が声にならない悲鳴をあげておる。
 何故なら、ドアの隙間に……。


 ん? 何だ?
 急に視界がブラックアウトしてきおったぞ。