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リアクション
★第二話「氷鳥の湖」★
一行がソレを見つけられたのは、唐突に吹雪がやんで晴れ間が覗いた空を、いぶかしげに見上げたときだった。
「これは――氷? いや、でも……」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はソレ――氷の塊を見つけて腕を組んだ。
川と呼べる川がないこの山にある氷。雪が溶けてそれがまた凍ったのだろうと思われたが、ならば雪が溶けるだけの気温になる瞬間があるということでも在る。
今の天候のように、晴れ渡り温かくなることが在るのならばソレは不思議ではないだろう。
だからエースが首をかしげたのはその点ではなく(雪崩のことを考えると放置できない問題ではあるが)、氷が奇妙な形をしていたことだった。
まるで、何かにかじられたような。
「なんでしょうね、これ」
「う〜ん。確証はないけど、もしかしたら氷の鳥がかじった痕かもしれない」
隣から覗き込んで同じく首をかしげたエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に、エースはそう答えた。エオリアは一瞬驚きに目を見張って、それから資料にと氷を撮影する。エースもまた、何かメモを取っていた。持ってきていたノートには、ここに来るまでに出会った生物や植物についてびっしりと書き込まれている。エースは大学の獣医学部に所属している。幻の鳥をこの目で見たい、という好奇心ももちろんだが、学術的にも価値あり、と今回のロケに参加していた。
出来る限り調べ上げ、大学にレポートを提出しようと思っているため、メモとはいえ。かなり細かいことまで書かれてある。
エースにそう言われてから氷を見てみれば、たしかに嘴で食いちぎったように見える。
「こんな山で何を食べているのかなと思ったんだけど、もしかして氷食べてたのかな。でもそれだと栄養はどうなんだろう」
「もしかしたら、そういう身体の構造になっているのかもしれないけど……ここは羽が発見された場所でもあるし、その際には足跡らしきものも発見されたらしいから、少なくともここにきたのは確かなはずだよ。
あとはなぜここに来たか。巣がある様子はないし、食事の可能性が高いと思うけど」
エースが他の面々を呼んで氷についての見解を告げると、弥十郎は興味深そうに氷を見た。なんの変哲もない氷のようであるが、一行の栄養管理もしている弥十郎としては、これだけで生命活動を維持できるのかと興味深い。
氷に何かあるのか。それとも他に食物があるのか。くまなく周囲を捜索する。……とくに変わったものは見つからない。エースも首をかしげる。
念のため、とかじられていない氷を削って手に取ってみたが、やはり普通の氷のようだ。
それともかじられた氷とかじられていない氷で何かが違うのか。謎は深まる。
「でもホント、氷の鳥ってどんな姿しているのでしょうか」
「すっごく綺麗って話だし、楽しみね!」
フレンディスが疑問を口にすると、ルカルカがソレは楽しみだと笑顔を浮かべた。
「麓の壁画だけだと、良く分からなかったしね」
「そうだな。普通の鳥にも見えたが、本当に氷で出来ていたとすれば、太陽の光を浴びた姿は神々しいだろう」
「あとどんな鳴き声しているのかも気になりますね。鳴き声に関しては文献や壁画にも載ってませんし、麓の人たちも知らないようでしたし」
「鳴き声が聞こえないほど頂上にいるのかもしれないな」
氷の鳥に関する資料は徹底的に調べたが、その姿を完全に映したものはなく。エースの言葉にダリルが頷きつつも資料から姿を想像し、エオリアは首をかしげ、グラキエスが頂上へと顔を向けた。
「つまり、やっぱり見つけるしかないってことだな」
しかしジヴォートの簡潔すぎる言葉には、ただ苦笑を返す。
とにかく、痕跡が近くにあったということで一部のメンバーを集めて今後のルートを考える。
用意していたルートからは逸れるが、より確実に。そして安全に氷の鳥を見つけるために各々が知を出し合って話し合う。
ルートが決まったところで、今日はここで一泊することとなった。
* * *
野営の準備を始めたジヴォート一行からやや離れた地点に、彼らはいた。
風に揺れるのは、周囲を舞う雪と同じ白い衣。いわゆる白衣――寒くないのだろうか?
「ククク、ロケの妨害程度、この俺の天才的な策があれば、簡単に実行可能だ」
いつもの高笑いを少し抑え気味でいるのは、ドクター・ハデス(どくたー・はです)。隣には呆れた顔の高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)もいる。
兄を一人にすれば何をしでかすか分からない、ということでついてきたのだが……。
「はぁ。それで、具体的にはどうするつもりなんですか?」
「……ふむ。どうやらドブーツは、あまり手荒な方法は望んでいないようだ。
ならば、この俺の天才的な策略で、穏便にロケの妨害をするとしよう!」
「ですから、具体的に……」
やや警戒気味の声でたずねる咲耶に、ハデスはしかし。自慢げに胸を張る。そんな様子がさらに周囲の不安をあおるのだと言うことは、本人だけが知らない。
ハデスは何も言わぬまま、一度天幕内へと入っていった。何やらごそごそと作業している。
悪い予感しかしない。
天幕からハデスが出てくるまでそう時間は経たなかったが、悪い予感は見事に当たっていた。直球ど真ん中、ストライクである。
「って、兄さんっ! なにやってるんですかあぁっ!」
雪崩の危険性を忘れて咲耶が大声を出してしまう。ハデスはふふんと笑う。
いつもの白衣とは違う白衣。まったく違う白衣に、彼女が大声を上げてしまったのも無理はない。
「ククク、ロケの目的は『氷の鳥』を撮影すること。氷の鳥の撮影が済めば、ロケも終了になる。
ゆえに、偽の氷の鳥を撮影させて、ジヴォートを満足させれば、依頼は完了だ!」
作戦? の説明をするハデス。咲耶は唖然としながらそんな兄を見つめる。
まあ、つまりである。
「フハハハ! この俺の見事な氷の鳥の舞を見て、本物の氷の鳥と見間違えるがいいっ!」
ハデスは白鳥の衣装(お手製)を着ていた。誰がどう見ても白鳥だが、本人は氷の鳥のつもりらしい。
空飛ぶ魔法で氷の鳥になりきるその姿――たしかに、ニュースにはなるであろう。
「まったくっ!
そんな格好、人様に見られたらどうするんですかっ!」
咲耶のツッコミに対して『見られなくては困る」と真顔で返すハデスに、咲耶は酷い頭痛を感じる。
だが、と彼女は考え込む。発想自体は良いかもしれない。ジヴォートたちが危険に身をおいているのは違いないのだ。
咲耶は撮影班たちにひそかにヒプノシスをかけ、それからサンダーバードを召喚した。
「これを見間違えてくれるといいんですけど」
悩ましげな彼女の背後では、その兄が「くはははは! どうだ。この見事な氷の鳥の舞は!」と滑空していたが、きっと気にしてはいけないのだろう。
* * *
「おいっあれは――!」
吹雪越しに大きな鳥の影が見え、誰かが大声を上げた。皆がその姿を見上げ、口をあんぐりと開け、慌てたように機材を構えた。
同じように鳥の影を見ていた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、しかし動揺することはなかった。
今回もドブーツの依頼を受けてロケ妨害の瞬間を狙っていた刹那にとって、氷の鳥が現れようといなかろうと問題はなかった。
問題があったとしたならば、前回よりも妨害行為に対する警戒が強く、そして前回とは違ってほぼ全員が戦いの経験を持つものたちだと言うことだった。
今回ジヴォートの会社から数名のスタッフが同行しているが、雪山行きを立候補し、また同行しても問題ないと判断された者たちばかり。
ずっと隙を窺っていた刹那にしてみれば、ようやく現れた隙なのだ。見逃す道理はない。
腕を軽く振った。
同時に小さなナイフが数本。雪風にまぎれて機材に放たれ、一本が集音マイクに突き刺さり、一本がカメラをかすって雪に突き刺さった。かすかに風で軌道がそれてしまった。軽く舌打つが、それでも誰も傷つけていないのはさすがと言えよう。
あくまでも依頼は妨害であり、暗殺ではないのだ。
もう一度。
刹那が腕を振るおうとしたが、予想以上に早く体制を整えた一行に動きを止めた。
「エリス! 洋孝!」
「はい。ジヴォート様! お下がりください」
「……地面に突き刺さったナイフの角度から計算してっと……南西15メートル」
「みとは周囲の警戒を――」
「かしこまりました」
「ちっ。やっぱりこうなるかよ。フレイ、無事か?」
「はい、マスター。でも機材さんたちが」
「ごごご主人様。ジヴォートさん。あ、安心してください。ぼぼ、僕がしゅ、修理するのですよ」
「そうか。ポチは凄いな」
「ああ、偉いな」
「ええ、機材のほうはお任せしましたよ(まだお仕置きが足りませんでしたかね)」
「!!」
「……(まあ、やばそうになったら止めるか。とにかく今は)おい、駄鳥。ちゃんと働けよ。
ジヴォートはさっさと避難しろ。戦いなれてねーんだから」
「ん、ポチ? どうした、まだ寒いのか? 無理はするなよ」
「周囲への警戒を怠るなよ、ガディ。主をお守りするのだ」
「ふむ。さすが、というべきかの」
居場所がばれた刹那であったが、むしろ関心の声を上げた。妨害自体は終わった。気をひきつける役目も……刹那は躊躇なく地面を蹴って背後へと跳び……姿を消した。雪の中。もう彼女の姿はどこにも見えない。
「どうやら撤退したようです。ここまで気配を断ってわれわれをつけ、すぐに不利を悟って撤退とは……中々の腕利きらしいですね」
最初に刹那がいた場所へとたどり着いたヴィゼントは、サングラスのズレを直しながら言った。声には言葉通り、感心した響きがある。
「……それにしては、機材だけしか傷ついていないのが気になるわね」
この強風の中で機材を傷つけた。この強風の中、誰も傷つけることなく……リカインが眉間に力を入れた。
元から人を傷つけるつもりがなかったのか。それとも単純に外したのか。
「そういえばこの前のときも、あまり大きな怪我した人いなかったよね」
「だな。もしかしたら、危害を加えるつもりはないのかもしれないな」
ルカルカとダリルの話が聞こえたパールビートか首を傾げ、ジヴォートが疑問に答える。
『えっと……前も?』
「ん、ああ。ちょっと前の話なんだけどな。俺の会社で、ちょっと変なことが続いておきたことがあって」
『そうなんですかぁ』
ちなみに、喋られないパールビートとの会話は彼? が身に着けているハンドベルト筆箱による筆談だ。
『そだそだ、シヴォート様』
「ん? どうした。お腹減ったのか? だったらもうすぐご飯の時間に――」
『違いますよ〜。今後とも何かロケに行くのでしたら〜荷物運び、若社長運びに自分利用はいかが〜?
自分の趣味やお手伝い出来て一石二鳥だと思うのだ〜』
この機会に、と自分を売り込むパールビート。こ、この芋虫。中々のやり手だ。
ジヴォートは少し悩むそぶりを見せた。
「そうだなぁ。俺としては嬉しいけど、俺一人の判断じゃできないから、無事に帰ってから返事してもいいか?」
『いいですよぉ』
「じゃあ、そういうことで」
後日。若社長、芋虫ソリと行く! という番組が放送されたとかされてないとか。
* * *
さて、話が少しずれてしまったが、再び妨害者の話題に戻る。
「……護衛者タチの情報ヲ修正。再計算シマス」
ロケ隊よりも先行していたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)は、刹那がナイフを投擲し、ロケ隊がそれにすぐ対応しているのをすべて見ていた。
その上で、計算をする。あまり手荒な真似はせずあくまで妨害することと言われていたが、向こうがてだれであるならば、それはそれで別の手段を取れる。
計算を終えたイブは、ふいにトミーガンを構えた。降り積もった雪に向けて、躊躇なく撃つ。
すると何が起きるだろうか。そう。雪崩である。
緻密な計算の元。この規模の雪崩であるならば最悪の事態にはならないとイブは判断したのだ。
「任務終了。マスター ト 合流」
淡々と述べ、イブもまたその姿を雪に溶け込ませていった。
「よしっ! 俺らは先に鳥を追うぞ。捕まえるんだ」
「あ、アニキ! 大変です」
「なんだよ。氷の鳥以上に大変なことなんて……」
「あ、アレ見て欲しいんだな」
アレってなんだよ。
アニキがコブン兄弟の言葉を受けて指差された方角を見、ギャーと叫んだ。
雪が崩れてこちらに向かってきていた。