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マガイ物の在るフォーラムの風景

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マガイ物の在るフォーラムの風景

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第5章 就活戦線異常ありあり

 大講堂では各企業や自治体のブースが設置され、地球での就職を希望するゆる族が熱心に行き来している。
 それに混じって、マティエもブースを見て回っていた。真面目に話を聞き、メモを取りながら。
 パートナーが一緒にこの説明会に参加できない点にだけ、少し不満を抱きながら。
「……え? これは……?」
 とあるブースの前で、マティエは足を止める。顔中に「?」を張り付けて。

 『秘密結社オリュンポス』なる企業のブースである。



「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 我ら秘密結社オリュンポスの地球進出というグローバル化を見据えた計画において、その尖兵となる優秀な人材を現在募集中である!
 我こそはと思う逸材は、来たれ!! 我らが元へ!!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の声と高笑いは、場違いなまでに会場に響き渡っている。
「すいませーん、お話きかせてくださーい」
 マティエの目の前で、ヒヨコとニワトリの中間のような、全員黄色いのにトサカのついた奇妙な鳥型のゆる族がひょこひょこ歩いてきて、ハデスの前のテーブルの前の椅子に座る。
「ほほう、これは見込みのありそうな若人!
 よかろう、ではまずは、我らオリュンポスの理念を説明しよう!」
 言動は若干「普通ではない」感じだが、律儀に企業(?)理念の説明から入るらしい。
「まず、考えてもみたまえ。そもそも宇宙はどこから始まり、我らに何を語りかけているか?
 すべてはそこから始まったと言っても過言では……」
 ――手順は律儀だが、話の内容はだいぶ厨二病をこじらせている。

「ふふふ、ハデスさんの説明会は順調なようですわね」
 ブースの奥でハデスの熱弁するさまを見ながら(声も聞かずとも聞こえてくる。『世界律を転覆させる秘中の秘』とやらの説明まで)、ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)は一見おっとりと微笑む。ブースというせせこましい場所でありながら、趣味の紅茶を楽しむためのセットは忘れておらず、優雅に茶碗を傾ける。
 オリュンポスのスポンサーである彼女としては、説明会が上手くいくことは望ましいことである。今後のオリュンポスの地球征服計画のために、怪しまれずに地域に溶け込めるゆる族を秘密結社のメンバーとして雇いたい、ということで今回のブース出展と相成ったのであった。
「…、そういえば……」
 ふと会場内の時計が目に入り、昼時であることを改めて確認したところで、ミネルヴァは、スタッフの話を思い出した。
「お昼は主催者側から提供されるという話でしたわね。控室にお弁当を届けて下さるとか……あらいけない。
 わたくしとしたことがついうっかりして、いつものように罠を仕掛けてしまいましたわ。
 業者の方が引っかからないように、【インビジブルトラップ】を解除しておかないと」
 いつもの癖で、控室に【トラッパー】で警戒用の罠を仕掛けてしまっていることを思い出し、ミネルヴァは立ち上がって、控室へと歩き出した。

「最後に、何か質問はあるかね?
 ……ふむ。労働条件か。
 戦闘員としての入社の場合、時給780円(危険手当なし、残業代なし)からスタートだが、怪人クラスまで昇格すれば、固定給、住居提供、三食昼寝付きを保証しよう。
 なお、社員旅行等の福利厚生には力を入れている」
 熱心にトサカヒヨコに説明するハデスの様子を少し離れた所で見ながら、マティエは混乱していく頭を押さえて、このブースで説明を聞くか否かは取り敢えず今は保留にしようと考えた。



「でも、その依頼主も不思議な人ですね。どこからそんな噂を聞きつけてくるんだろう?」
 キオネと並んで歩きながら、梓乃は、彼と自分の両方に疑問を投げかけるように呟いた。
「確かにそれが不思議なんだよなぁ」
 キオネはあっさり、梓乃の疑問に同意する。
 梓乃とティモシーは、キオネの弁当配達の手伝いを装って同行している。あれから、ルカルカはキオネが立ち入り禁止の場所にも入りやすいよう「警備員の腕章」を調達してあげる、と言って、別の場所で警備している自分の【親衛隊員】のところへ行き、後で合流することになっていた。親衛隊員の分を一つ回してやろうということである。北都とモーベットは、偽ゆる族を看破する手段一案があるからと、それを試すべくどこかへ出かけた。後で成果を持ち帰ると約束して。梓乃らは自力で看破できるという自信がなかったので、せめて発見時の捕獲に協力しようと、キオネに同行することを選んだ。
「もしかしてキオネさんは、その依頼主のことを何か怪しいと思ってるんですか?」
「んー……正直なところ、ちょっとね。でもほら、探偵が依頼主のことあんまり疑うのもね。
 信用第一でしょ、探偵って」
「だとしたら正直に話しすぎですよ、キオネさん」
「そうかもね……おっと」
 キオネは積み上げた弁当箱が腕の中で崩れそうになって、慌てて腕を使って列を直す。
「……半分手伝いましょうか、キオネさん」
 とうとう梓乃は見かねて言いだした。
 こうして話しながら一緒に歩いていて感じるのは、キオネは探偵には割と必要なのじゃないかと思われる器用さ、機敏さのようなものが全く感じられない。むしろ、弁当を配って歩くということに関して言えば、不器用で鈍臭い。いつ箱をひっくり返すかという、見ていてハラハラする感じが付きまとう。
 通路の奥の丁字に交差した廊下で、キオネと梓乃たちは二手に分かれることにした。そうしないと、弁当配りが終わりそうにない。
「ごめんね、押しつけちゃったみたいで」
「いいですよ、この通路だけならすぐに終わるでしょ。何か怪しいものがあったらすぐ知らせに行きますから。ティモシー、手伝ってよ」
「えー面倒くさい」
「面倒くさいって言わない!」
 そして、二人が行ったのと反対方向へ、キオネは半量になった弁当箱を抱えて向かった。


 廊下には各企業自治体の控室の扉が並んでいる。キオネが最後の部屋に入った時。
「……? 何か……」
 奇妙な気配を感じて、キオネは眉を顰めた。何かは分からないが不穏な感じがした。
 最後の配達分である4つの弁当箱を部屋の入口の靴棚の上に置き、そろそろと室内に入る。
「っ!!」
 途端、炸裂した魔力的爆発に、とっさに飛びのき、何とか躱した。
「な、何だこれ……」
「あら、間に合わなかったようで」
 背後から声がして、キオネが振り返ると、ミネルヴァがやや意外そうな表情で立っていた。
「あの……」
「つい癖で、警戒用に罠を張っておりまして……お弁当の配達があることを失念しておりまして、失礼しましたわ」
「ということは……この部屋をお使いの方ですか」
「えぇ。ミネルヴァ・プロセルピナと申しますわ。
 それにしてもあなた……その身のこなし、ただのお弁当屋さんではないようですわね。何者です?」
 言い方こそ丁寧に柔らかいが、追及する感じに鋭さを感じた。
 キオネはほんの刹那、逡巡した。ここでこじらせると、ワークショップのスタッフを呼ばれて追い出されかねない。
 彼女は契約者であるようだとは分かる。これまで、契約者にはいろいろ助けてもらっている。その点には少しだけ気やすさを感じる。
 キオネはミネルヴァに、込み入っている部分は省いて、自分がゆる族の中に混じっている“ゆる族もどき”を捜していることを話した。
「面白いお弁当屋さんですわね。
 よろしければ、我々の関係者ということにして差し上げますわよ? そうすれば動きやすくなるのじゃありませんこと?」



 一方説明会場の片隅。
「なるほど、地球で働くことの不安か……」
 各ブースから離れた所で、ジョウジは、就職を考えている後進のゆる族たちにアドバイスを求められ、それに応じていた。
「そういうことはためらわず担当者に訊いてみな。そんなこと突っ込んで訊かれたくらいで内定を渋るような企業は所詮、二流よ」
「なぁに遠慮するこたねえ。それだけ相手はお前さんのポテンシャルを買ってるってことだ。やる気があるならどんと乗ってみるんだな」……
 年季の滲み出た先人としての言葉に惹かれてか、彼の周りにはちょっとした人だかりができている。


 それとはいささか趣を異にする人だかりを同じ会場で作っているのはキャンディスであった。
「契約相手を見つけるの大変ヨネ、ミーも分かるワ〜」
 人だかりを作ったというよりは、就職活動にもイマイチ手応えが見つからず「契約者になるのはどうだろうか」ということで話し合っているゆる族の一団の中に無理に割り込んでいって話を始め、一同が大人しくそれを聞いているので、人だかりができているような格好になっているだけだったりする。
 自分もパラミタに戻る時に苦労した、と同情を寄せるような話しぶりで巧みに聴衆の気を引いた後、声を潜めてこっそりと、
「ここだけの話、契約を斡旋してくれるところ、あるネ」
 自分がパートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)と契約した“パートナー出会い系サイト”の存在を仄めかす。いわゆる契約詐欺である。
「大きな声では言えないけど、この会場にも関係者来てるネ。ミーに行ってくれれば紹介するヨ。紹介料は……」
「あー知ってるー。でもあれ、あぶないのよねさいきんー」
 急に、「危ない」という言葉の割には能天気な声を出したのは、ピンクのイグアナのようなゆる族だった。
「危ない……?」

「あのねーあたいのねー、友達のともだちがー、つーしんけーやくのさいとっていうのに登録したのー。
 でもねー。その会社がねー。んーとねー。なんかー、きゅーしゅーがっぺー、ってのされてー。別の会社のけーえーかにはいったらしーのー。
 そしたらそのこねー。おんしんふつーになってーゆくえふめーになっちゃったんだってー」

 キャンディスの話を奪ったピンクイグアナは、間の抜けた口調で、そんなキャンディスの知らない話を始めた。

「友達のあいだでねー。だからーうわさになってるのー。
 コクビャクってゆー会社のあっせんはー、ヤバイかもーってえー」