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マガイ物の在るフォーラムの風景

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マガイ物の在るフォーラムの風景

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第2章 これっくらいの♪ おべんとはこべ♪

 大講堂から聴講客たちがぞろぞろと出てくるより少し前、スタッフたちが慌ただしく動き出していた。
 午後の部で使うテーブルや椅子、小講堂の分科会で各会の持ち場を仕切る(簡単なものではあるが)仕切りなどの搬入。それに、関係者に配られる弁当。


「なかなか慌ただしいねぇ。ワークショップっていうのも、結構忙しいもんなんだね」
 搬入口から山積みした弁当のワゴンを押して入ってきた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、辺りを見回してそう呟いた。
「ゆる族のワークショップだっていう割には、ゆる族の姿は見渡らないんだな」
 佐々木 八雲(ささき・やくも)は、スタッフから渡されたフォーラム内の配置図の紙を弥十郎に手渡しながら言った。
「多分まだみんな、講堂で講演を聞いているんじゃないかな」
「あぁ、そうか」
 二人は料理人仲間から仕出しの手伝いが欲しいということで、頼まれて弁当の配達に来ているのである。配置図には、二人が持ってきた弁当を置く部屋に印がついている。
「なんでこんなにややこしいんだろう? 立ち入り禁止の廊下が多いなぁ」
「うちの店以外からも弁当を頼んでいるらしいから、印のないこっちの部屋にはその店が置くのかねぇ」
 二人が頭を寄せ合ってその図を見ていると、車の音が聞こえてきた。搬入口に、別の車が来たようだ。
 おっと、ここにいては邪魔になるか、と二人がワゴンを押して道を空けるや否や、車のドアの開く音がバンッと荒っぽく響き、続いてずかずかと凄い勢いで、山積みの弁当を抱えた少女が搬入口から飛び込んできてそのまま歩いていった。そしてすぐに、弁当をどこかに置いてきたものらしく、すたすたと戻ってくる。マニッシュなショートヘアで、小柄でほっそりした身に店のものらしき赤いエプロンをつけている。その勢いに気圧されたような顔で見ている弥十郎らには目もくれず、彼女はすぐにまた搬入口から出ていく。
 今度は搬入口から別の人間が、やはり山積みの弁当を抱えて入ってきた。若い男のようだが、先程の少女とは比べ物にならない、よろよろとした覚束ない足取りで、手が弁当の重みで震えてもいる。だが、その男を見て、おや、と弥十郎は首を傾げ、小声で兄に囁いた。
「ねぇ兄さん、あの人、見たことない? ほら、前にタシガンのお城で」
「ん? ……そういえば、うっすら見覚えが」
 その二人の目の前で、男の後ろから、先程の少女が彼と同じくらいの弁当の山を抱え、すたすたと歩いてきて男に追いついてしまった。すると少女は、
「ちょっと! さっさとしなさいよこのグズ悪魔!! 時間がないんだから!!」
 遠慮のない声で怒鳴ったのである。
「す、すみません……」
「まだまだ運ぶのはあるんだからね! きびきび動きなさいよ!!」
 へどもど謝る男を追い抜いて、少女はすたすたと行ってしまった。男は弁当の山を崩さぬようにしているのかややへっぴり腰で、よろよろとついていった。

「……ずいぶん威勢のいい女の子だな」
 あんぐりとしていた八雲がやっと呟くと、弥十郎も呆気に取られた顔で頷く。
「あの弁当、唐揚げの匂いがしてたねぇ。献立のメインはそれかな」
「……そこまでは気付かなかったよ」



 魔鎧探偵キオネ・ラクナゲンは、弁当屋「ぽかぽっか弁当」の赤いエプロンをつけてよたよたと、店のバンと、(配るまでの弁当置き場に指定された)控室を往復していた。やっと弁当が終わったと思ったら、今度はお茶のペットボトルの入った箱を運ばされる。重さは弁当以上だ。
「ふおお……なかなかの重労働だなこれは……」
 腕をぷるぷるさせながらよろよろ歩いていく後ろから、そっと近づいた者があった。
「キオネ? キオネじゃない?」
 耳元でいきなり聞こえた声に、キオネは思わず「わっ!」と叫びそうになったが、すぐに後ろから伸びた手が大声を遮るように口を塞いだ。叫びの代わりにキオネは、抱えていた段ボール箱を投げ出してしまった。ごとん、と鈍い音がして中に詰まっていたペットボトルが数本、リノリウムの廊下を転がる。
「あ、ごめん、ごめんねっ」
 キオネの口から手を放して、慌ててルカルカ・ルー(るかるか・るー)は謝った。


「きっともうじき大講堂から出てくるんだね」
 フォーラム出入り口に繋がるロビーで、清泉 北都(いずみ・ほくと)は、壁にかかった時計と大講堂の扉を見比べながらどこかそわそわした口調で言う。
 パートナーのモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は、そんな彼をちらっと見て、しかし何か言いたいことを飲み込んだような顔で黙っている。
「…何? どうかしたの?」
「いえ……ずいぶん楽しそうなので」
 言われて北都は、ちょっと慌てたように手を振る。
「いや、僕はただ、ワークショップっていうものに興味があったから、来ただけで……」
 それならなぜ、識者も講師としているいるだろうから有益(?)な講演の聴ける午前から来ず、昼休みを狙ってフォーラムまで来たのか。そう問い詰めるのはさすがに意地悪なので、モーベットは、適当に相槌を打つにとどめた。本人は建前を作っているつもりらしいが、単にゆる族のもふもふに興味があるのであろうことは、訊かずとも分かる。参加したゆる族にとっての自由時間である昼休みに合わせて訪れたのも、そのためだ。溢れるもふもふに会えるという期待と嬉しさのあまり、【超感覚】で出た犬耳と尻尾が「ぴこぴこ」「ぱたぱた」しているのに、本人は気付いていないらしい。
(……まあ、主が喜ぶのなら、我はそれに付き合うのみだ)
 わざわざ言うような野暮な真似をしても誰の得もない、と思い直したモーベットの横で、
「ん? あれ?」
 北都がふいに怪訝そうに呟いて、ロビーの隅に置かれたインテリアの彫像の足元に歩いていくと、身を屈めて何かを拾った。
「主?」
 拾い上げたのは、お茶のペットボトル。
「未開封だ。こんなとこに、捨てたのかな? 変だね」
 きょろきょろと辺りを見回す北都のもとに歩み寄って、モーベットがロビーの向こうを指差した。
「あれじゃないですか?」


「えぇ、もちろん覚えてます。あの時はお世話になりました」
 責任を感じて散らばったペットボトルを箱に戻すルカルカに、キオネは深々と頭を下げる。
「や、頭なんか下げないでっ、こんなことしちゃったし……で?」
「で? って?」
「いや、こんなところで何でお弁当運んでるのかなぁ、と。まさか、探偵廃業?」
「いえいえいえ、これには訳が……でも、どうしてルカルカさんも? ゆる族のワークショップなのに」
「あぁ、うん、こっちにもね、事情が」
 空京警察から各校に来た『コクビャク』対策の警備協力の要請を受け、ルカルカはフォーラムに来ていた。要所の“王道”的な物々しい警備には【親衛隊員】を展開させ、自分は警戒されにくい軽装の非武装でフォーラム内をいわば「視察」していたところだった。
 そこで、以前タシガンの夜宴で出会った魔鎧探偵キオネを見つけた、というわけである。
「あの、これ、そこに落ちてましたけど……」
 そこに、ペットボトルを手にした北都とモーベットがやって来た。と、二人も、ふとキオネに目を止める。
「あれ、あなた、以前……どこかで会ったような……」
「我にも見覚えが……」
 二人もまた、タシガンの古城の夜宴にいたのだった。そこへ、
「あれ? もしかして、キオネさんじゃないですか?」
 大講堂から出てきた梓乃とティモシーが、キオネを見つけて近寄ってきた。やはり、件の夜宴でキオネとは縁があった。
「キオネさんもセミナーに参加ですか? あ。もしかして、ゆる族の助手を雇おうとか」
「これはまた奇妙なところで再会しましたねぇ」
 キオネは、なぜこんなにゆる族ではない契約者がこの場にいるのかと、目を白黒させていた。


 ――――「「「「なるほど……」」」」


「着ぐるみ型の魔鎧……」
 キオネの話を聞いても、いまいちピンと来ないのは共通なのか、皆揃って変に神妙な表情に一瞬なる。ティモシーだけが、梓乃の背後で爆笑している。
「それって……具体的にどんな形状なのか、手がかりとか無いんですか?」
 北都に問われて、キオネはうーんと唸って腕組みをした。
「着ぐるみっぽくて、それでも魔鎧、っていうんだから……
 平均的なゆる族より幾分軽やかに動くだろうし、関節辺りは柔軟にサポートされてるんじゃないかと思うし……
 戦闘でよく特に動く体のラインは、スムーズに邪魔のない感じに仕上がってるんだと思うけど」
「「「「…………」」」」
「うん……全然イメージ湧かないよね、分かってるよ。
 俺が直に見れば多分、分かる気はするんだけど、実物なしで口頭で説明するのは難しい……」
「ま、まぁ……とにかく、普通のゆる族と比べたら、どこか確実に違うってことだよね」
 伝わらなさのあまりややしょげているキオネを見かねて、北都が言葉を挟んだ。
「うん、具体的に分からなくても、普通のと違うものを探す、ってやり方で絞るんならできるね!」
 ルカルカも、後押しするように明るい声を出した。
「大丈夫よキオネ、ルカも手伝うから♪」
「これだけゆる族がいると、絞り込むのも大変だしね。僕も手伝うよ」
 ルカルカ、北都に続いて、半笑いのティモシーが口を開く。
「本当にあっても無くても興味深い話だよねぇ。シノ、ボク達もキオネを手伝おうか」
「ティモシー、単に面白がってるだけだよね」
 梓乃はそう言って、ぺしっと裏手でツッコむ。
「……まぁでも僕も、ちょっと着ぐるみの魔鎧ってどんなのか、想像しちゃって可笑しい気持ちになってるかな。……モコモコの鎧かぁ」
 ゆる族の、ゆるくてふわんとした外見と、戦いに特化された魔鎧の鋭い印象が不釣り合いで、梓乃の想像の中では不思議なものが生まれそうである。
「とにかく、僕らも手伝いますよ」
 惜しみない助力の申し出に、キオネは感謝と困惑が半々の表情を浮かべた。
「ありがとう。……でも、あの、例のコクビャクっていう奴の方は……?」
 ――自分が受けた依頼の話と引き換えに、ルカルカらからキオネは『コクビャク』の話を聞いた。
「そっちは警察も動いているし、ルカも親衛隊員展開してるから。それに、こっちもこっちでゆる族の中に隠れている『偽ゆる族』を捜す、っていう点では同じなのよね。不思議な偶然だよねー」
 ルカルカの言葉に、確かに不思議な符号だとキオネが神妙な表情で首を捻った時、

「ちょっと何サボってんの!? さっさと運びなさいよっ!!」

 弁当一時置き場の部屋から高い声が飛んできた。
 ショートヘアの少女が、刳りの大きな目をぎっとすがめて睨みつけて、こっちに――キオネに向かって怒鳴っているのだ。
「時間がないんだからねっ!! こっちはあんたを遊ばせるために店の車に乗っけて連れてきたわけじゃないんだから! 分かってんの!?」
「は、はいっ、すいません、うゆさんっっ」
「分かってたらさっさと動く!! いい!? バイト代いらないから今日働かせてくれって言ったのはあんたの方なんだからね!!
 今さら金にならないからってサボるのは許さないよ!! きびきびやってよね、きびきびと!!」
 怒鳴るだけ怒鳴ると、慌てて弁当を取りに戻るキオネには目もくれず、少女は自分の割り当て分の弁当の山を抱えて「きびきびと」歩いて、スタッフルームとある扉の向こうへと行ってしまった。
「こんにちはー、お待たせしました『ぽかぽっか弁当』ですー。弁当お届けに参りましたー」
 扉の向こうからは打って変わって愛想のよさそうな、明るい『業務用』の声が聞こえてくる。
「――凄い勢いのいいお弁当屋さんだねぇ。あの人がバイトの上司さんなんだ?」
 やや呆気に取られた顔で北都が訊くと、キオネは情けなさそうに苦笑いした。
「うちの事務所の1Fに入ってる『ぽかぽっか弁当』の綾遠 卯雪(あやとお・うゆき)さん。
 あ、あんな風だけど、決して乱暴な人じゃないんだ。仕事熱心なだけで」
「ずいぶん遠慮のない仲みたいだけど……地球人よね、あの人。もしかして、キオネと契約してる、とか!?」
「!? いや、そ、そんなんじゃないよ、契約者じゃないし。ただ、俺も時々弁当屋に買いに行くから、顔を知ってるってだけでそんな……」
「キオネさん……何で耳赤いんですか?」

 一瞬、着ぐるみ型魔鎧だの契約詐欺だのよりそっちの話題の方を追求したくなった者もいないではなかったが、ともかく、謎の魔鎧を探し出すため、彼らは動き始めた。