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リアクション
某日 AM 11:24 ドイツ ベルリン市街
「エッシェンバッハ・インダストリー、か。あそこが今も連中と繋がっているとは限らないけど……一か八かだね」
ドイツの首都たるベルリンへと降り立った富永 佐那(とみなが・さな)。
そこで彼女は地図を片手に呟いた。
留学先のイタリア――聖エカテリーナアカデミーの所在地からこのドイツは国一つを挟んだ場所にある。
さほど距離が離れていないおかげで、佐那は休日を利用してこの地へとやってきたのだ。
目的はこの地に本社を置くとある企業――エッシェンバッハ・インダストリーの本社を訪れることに他ならない。
佐那が期待あるいは懸念する通り、未だエッシェンバッハ・インダストリーが塵殺寺院と繋がっているのだとしたら……。
いわばこれは敵地に乗り込む行為だ。
だが、佐那とて無策に乗り込もうとしている訳ではない。
予め取得しておいたいくらかの株式。
それを錦の御旗として堂々と株主総会へと出席するつもりなのだ。
意を決し、佐那は豪奢な入口をくぐる。
受付にて用件を尋ねられる佐那。
佐那が株主総会への参加を告げると、会議室へと通されたのであった。
某日 AM 13:15 ドイツ エッシェンバッハ・インダストリー本社 会議室
「過去のとある出来事を機にイコン事業からは撤退したと聞きましたが、再進出はしないのですか?」
総会の最中、そう質問した佐那に周囲の視線が集まる。
会議室に集まった当初も、若い株主である佐那の姿に注目が集まる。
その後、周囲の株主たちはすぐに総会への興味が勝ったのか、『そういうこともある』程度にしか反応を示さなくなった。
だが、この一言で一気に彼女への注目が集まった。
エッシェンバッハ・インダストリーをそれなりに知る者ならば、誰もが聞いてみたい内容。
それに鋭く切り込んでいく佐那の姿勢は、強く印象付けられたのだ。
佐那が質問を終えると、その場が静寂に包まれる。
株主の誰もが興味津津といった様子で、エッシェンバッハ・インダストリー側の回答を待っているのだ。
やがて一人の重役が立ち上がると、マイクを掴む。
「ご質問頂きました件ですが、現在、弊社としても検討中です。実際の所、それがどの程度まで前向きな検討なのかは現時点では何とも言えません――」
どこか濁したような答え。
それでも構わずに、佐那は更に突っ込んでいく。
「なるほど。かつては展示会で新作を複数同時公開するほどの技術力、ならびに生産ペースを誇った御社ほどの企業が再進出するとすれば、実に楽しみです。実を言うと、ビッグスリーの後発企業である御社があれほど高度な技術力をどのように獲得したのかは非常に興味深い所ですしね」
鋭い質問を飛ばす佐那。
対する重役も、先程と同じように落ち着き払った所作でそれをかわそうとする。
「お褒め頂き光栄です。ですが、その件に関しては企業秘密とさせて頂きたく」
結局の所、やはり回答としてはお茶を濁された形だ。
しかし、佐那としてはそれで十分だった。
なにせ、彼女の目的はイコン事業への再進出の如何を問うことではないのだから。
某日 AM 15:05 ドイツ ベルリン市街
「貴方の最も近しい友人にこれを」
レストランのテーブル越しに佐那は一冊の本を差し出した。
相手は先程の重役。
株主総会で自分を印象付けることに成功した佐那。
彼女はそのままあの重役をランチに誘い接待したのだ。
先程の質問も、この接待も、ひとえにこの本を手渡す為。
本に銘打たれたタイトルは『Die Ersten und die Letzten(終わりと始まり)』。
最後のページに記してある『ブレーメンの音楽隊・ヨハネ3章16節(JOHN・3:16)、受け取りは明後日の昼下がり』を意中の人物が見てくれる事を祈りつつ佐那は本を手渡す。
最後のページにあるのはブレーメン郊外の聖ヨハネ教会に明後日の昼下がり(3:16)という暗号めいたメッセージ。
「承知しました。失礼ですが、貴方のお名前を伺っても?」
重役からの問いに、佐那は予め用意しておいた答えを告げる。
「――ゼナイド・ハルトマン。そう伝えてくれれば結構よ」
佐那の渡した本、『Die Ersten und die Letzten』と言うのは2人の間の最大のメッセージだ。
何故ならこの本は二度目の世界大戦で名を馳せたエースパイロットの著書なのだから。
とは言うものの通じているかも分からないし、そもそも接触して来るとも思っていない佐那。
ゆえに彼女は場所が見える近くのバーで暇潰しするつもりだった。
例え目的の人物が現れたとしても、最後まで偶然に出会った観光客同士の世間話の形を取る予定だ。
二日後 ブレーメン郊外 PM 4:15
「流石に罠と思われたかしらね。そもそも……あの重役が“鳥”達と繋がっていたかどうかもわからないしね。もしかすると、あの企業の『裏』を知らずに務めあげていただけの、真面目な重役だったのかも」
指定場所を観察、もとい監視できる位置に建つバー。
そのカウンターでグラスを傾けながら、佐那はため息を吐いた。
席から立ち上がると、佐那はカウンターにユーロ硬貨を置く。
翌日 ベルリン市内 AM 10:45
「こうして見ると、この街にも私の知らないことは多いのね」
ベルリン市街を歩きながら佐那はふと一人ごちる。
余裕を持って日程を組んでいた佐那。
そのおかげで気持ちに余裕はあるものの、一方で時間が余ってしまってもいた。
そこで佐那は余った一日をベルリン観光に充てることにしたのだ。
だが、唐突に決まった予定とはいえ、佐那の足取りは軽く、迷いがない。
確かに、最初は暇つぶしのつもりだった。
しかし、適当に購入したガイドブックを一読した途端に事情が変わったのだ。
ベルリン市内のとある一角に最近できたばかりの施設。
その存在を知った佐那は、興味を惹かれたのだ。
――航空機博物館。
それがその施設だ。
歩き続けていた佐那はややあってその博物館へとたどり着く。
最近できたばかりとあって建物は綺麗だ。
外観のデザインも今風で、随分と洒落た印象を受ける。
曇り一つなく磨き上げられた自動ドアを潜り、佐那は館内へと入る。
入口付近にある券売機にユーロ紙幣を挿入し、入場券を購入する佐那。
今度は入場券を挿入し、ゲートを潜った佐那。
ゲートを潜った直後、彼女は小さく声を上げた。
館内に一歩足を踏み入れれば、そこには様々な航空機の実物が展示されていたのだ。
軍用機から民間機に至るまで古今のドイツ製航空機が展示された館内。
きっと、現存するものを可能な限り集めたに違いない。
感嘆の声を漏らしながら、佐那は館内を見て回る。
やがて佐那はかつての戦いで幾度となく活躍した複葉戦闘機の前で足を止めた。
戦闘機の現物をじっと見つめながら、佐那は無意識のうちに呟いていた。
「やはりドイツ製の戦闘機は偉大ね。素晴らしいわ――」
「――まったくもってその通りってヤツだ。なにせ昔っからドイツの技術は世界でも上位に位置してるんだからな」
唐突に相槌を打たれて驚く佐那。
佐那がはっとなって振り返ると、その先にいたのは一人の青年だった。
年の頃は佐那とさほど変わらないだろう。
見たところ日本人のようだ。
佐那の言葉に流暢な日本語で相槌を打ったあたり、日本人であるというのは間違いではないだろう。
上着はフライトジャケット。
やはりこうした博物館に来るだけのことはある。
右の上腕部にはエンブレムのワッペンが縫いつけられている。
漆黒の装甲板が羽根のように折り重なって形成された両翼というデザイン。
佐那ですら見たことない意匠であるあたり、きっと彼オリジナルのパーソナルマークなのだろう。
そして、最も特徴的なのは彼も髪の毛だった。
肩口辺りで切り揃えられた髪は全体的にシャギーが入っている。
まるで翼のように外ハネした彼の髪はオレンジ色に染められていた。
「おっと……すまねえ。日本語が聞こえたもんで、つい……な」
彼は苦笑してそう言うと、戦闘機の現物に目を戻す。
「いいわ、別に。あなたも観光なのかしら?」
今度は佐那が問いかける番だ。
「まあ……そんなもんだ。ちょっとばかし仕事でこっちに来たもんでな。んでもって、用事は済んだから観光中――ってワケだ」
佐那の問いかけに答えながら、彼はなおも戦闘機を見つめる。
相当に航空機が好きなのかもしれない。
その後もしばらく二人は航空機について語り合った。
狭義の航空機だけではない。
空戦仕様に特化したイコンにまで話は及んでいた。
佐那の知識も相当なものだ。
だが、彼の知識の多さと深さには佐那も驚かされた。
しばらく語り合い続けた後、佐那はふと水を向けてみる。
「お仕事とは大変ね。いったいどんなお仕事なのかしら?」
「ま、いろいろあるってコトだ。楽しかったぜ。それじゃ、またな――」
それだけ言うと彼はひらひらと手を振り、彼は次のコーナーへと去っていく。
佐那も戦闘機の前を移動する。
別のコーナーも回った末、佐那は終点へと辿り着く。
そこにはマガジンラックが置かれている。
どうやら、パンフレット配布用のもののようだ。
収められたパンフレット。
ラックには『ご自由にお取りください』の旨が様々な言語で書かれている。
そして、パンフレットそのものの装丁はかなりの力が入っていることが手に取らずともわかった。
無料で配布されてはいるが、もはや有料で販売してもなんら問題の無い出来の良さだ。
そのせいか、残っているパンフレットは一冊のみ。
ふと気になった佐那はそれを取ろうと手を伸ばす。
その時だった。
同じく横合いからパンフレットを取ろうとした手が伸びる。
互いに手が触れそうになり、慌てて寸止めする。
その後、反射的に手を引っ込める佐那。
彼女は、横合いから手を伸ばしてきた相手を見るなり、小さく驚きの声を出した。
「あなた……!」
「おぅ……アンタか……!」
驚いたのは相手も同じようだ。
手を伸ばしてきた相手――先程のオレンジ髪の青年は苦笑しながら手をひらひらと振る。
「やるよ。アンタが持ってきな」
その言葉を裏付けるように、彼は手をフライトジャケットのポケットにしまう。
残り一冊のパンフレットを譲るという彼なりの意志表示なのだろう。
「ありがと。随分と気前が良いのね」
佐那が素直に礼を言うと、彼は小さく笑ってみせる。
「女には優しくするように――そう、相棒にいつも言い聞かされてるんでね」
それだけ言うと、彼は出口の自動ドアをくぐる。
しばらくして佐那も同じく自動ドアをくぐり、博物館を後にしたのだった。
同日 ベルリン市内 PM 6:31
少し早目の夕食を終えた佐那はベルリン市街を散策していた。
「――!」
すると、とある光景が佐那の目に留まる。
渦中にいるのは、数人の少年と一人の少女。
真面目で大人しそうな少女をガラの悪そうな少年達が数人がかりで強引に誘っている。
典型的な……それこそ絵に描いたようなシチュエーションだ。
咄嗟に佐那はそこに割って入った。
「止めなさい。嫌がってるでしょ?」
流暢なドイツ語で言い放つ佐那。
すると少年達は一瞬たじろいだものの、すぐに余裕を取り戻す。
確かに、見た目だけなら佐那は普通の少女に見えなくもないのだ。
むしろ、ある意味では普通というのも少し違う。
佐那は普通よりも美人なのだから。
そんな彼女を舐めまわすような視線で見つめていた少年達だったが、不意に人差し指を近くの建物に向ける。
「……?」
解せない様子の佐那だったが、建物の看板を見ておおよその意図を理解した。
建物はゲームセンター。
そして、彼が指さしていたのは人一人が楽に入れるほどの大きさをした、卵型の筐体がある。
(なるほど……あれで勝負しろというわけね)
――そして佐那が勝てば、この少女は解放してやる。
きっとこのガラの悪い少年達はそう言いたいに違いない。
契約者、それ以前に戦闘のプロである佐那が本気を出せばこの程度の連中などすぐに制圧できる。
だが、ここはあえて彼等の要求に乗ってみるのも一興。
そう思わないこともない。
彼等が指さしている筐体はイコンをテーマにしたゲームだ。
日本で開発されたこのゲームは、まるで実際にイコンを操縦しているような操作感覚で、秀逸なシュミレーターとしての呼び声も高い。
その呼び声に違わず、実在のイコンが登場していることでも有名だ。
佐那は日本にそうしたゲームがあるとは小耳に挟んだことはある。
だがまさか、ドイツにまであったとは思わなかった。
勿論、実戦とゲームは違う。
それでも佐那にこの勝負を挑もうなどということは無謀だろう。
そして、彼等は目の前にいる佐那という少女が卓抜したイコン操縦技術を持つことなど知りもしないのだ。
どんな相手かも知らずに舐めきっている連中にきつい一撃をくれてやるのも悪くない。
ふとそう思った佐那は、半ば気まぐれから答えた。
「いいわ。乗ってあげる」
すると少年達は余裕を見せつけたいのか、一枚のプリペイドカードを勿体つけたように渡す。
日本と違って現金を筐体に直接入れない海外のゲームセンターによく見られるゲームカードだ。
「ありがと」
普通の少女を装ってカードを受け取ると、佐那は筐体に入る。
相手をする少年も一人で別の筐体に入っていく。
他の少年達は見ているだけだ。
どうやら、一対一の勝負をしたいらしい。
中は実際のコクピットが可能な限り再現されていた。
投入口にカードを挿入すると、イコン選択画面が表示される。
「そうね――」
イコンを選択する佐那の手に迷いはなかった。
使用する機体はジェファルコン。
佐那の愛機たるカスタムきの原形になった機体だ。
ブルースロートともども名前を変えて自衛隊に配備されている機体だけあり、地球の人々にも広く知れ渡っているだけあり、このゲームにもちゃんと登場していた。
そして、このゲームにはイコン好きを唸らせる機能が他にも存在している。
機体選択を終えた後、様々な色をした正方形のアイコンが表示される。
「決まってるわ」
小さく微笑むと、佐那は青色をした正方形の一つにカーソルを合わせて決定ボタンを押す。
すると画面の中のジェファルコンは青色に塗られた。
佐那が選択したカラーリングが青色の中でも、深く落ち着いた色調のもの。
いわば深蒼というべき色。
佐那の愛機の色だ。
一方、相手は機体選択画面でカーソルを動かしていた。
イーグリットからイーグリットアサルトに移動させたかと思えば、今度は鋼竜に。
使用機体を迷っているのだろうか?
ともあれ、双方ともに機体選択を終え、ゲームが開始された。
ステージは海京を再現したものだ。
「ふぅん、良く出来てるわね」
リアルな風景に感心していた佐那だったが、次に目に飛び込んできた光景に憤慨する。
自分が一機に対して相手は三機。
さも一対一をするように見せかけて、実際は三対一。
しかも、相手の機体は見たこともない機体だ。
「まあいいわ――」
なおさら連中を叩きのめしてやりたくなった佐那はペダルを踏んで操縦桿を倒す。
「……!?」
だが、すぐに佐那は違和感を覚えた。
たとえリアルなシュミレーターでも、やはり実戦はゲームとは違う。
本物の機体ならともかく、ゲームでは佐那の高過ぎる操縦技量についてこれないようだ。
そのせいで蒼いジェファルコンはぎこちない動きをする。
一方、ゲームとしての機体操縦になれた三機は慣れた様子で攻撃をしかけてくる。
「何なの……!」
咄嗟に避けたはずの佐那だが、それでも被弾してしまったようだ。
少年達が使っているのは、実際にはあり得ないほどの高性能機だった。
それもその筈、その機体は文字通りの意味で実際には存在しないのだから。
架空の機体であることを活かし、本来ならあり得ない高性能にデータが設定されたゲームオリジナルの機体。
機体の生産コストはもとより、エネルギー消費過多による継戦時間の短縮やパイロットへの負担――。
実際のイコン運用においては課題となるものが『ゲームだから』という理由で無視されている機体。
それがこの機体だ。
本来は冗談やお遊び、あるいは初心者の救済や公平性の為のハンデ。
そうした目的で使われるのみで、普通の勝負ではどこのゲームセンターでも禁じ手とされている。
先程の機体選択画面での変なカーソル移動はこの隠し機体を出す為のコマンドだったようだ。
もっとも、佐那はそれらを知るよしもないが。
連中には最初から真っ当な勝負をする気などなかったのだ。
それでも何とか持ちこたえているあたり、佐那の技量の高さが伺える。
しかし、じょじょに蒼いジェファルコンのHPゲージが削られていく。
その時だった。
突然、画面に新規プレイヤー乱入の表示がされる。
佐那がはっとなってレーダーを見ると、光点が一つ。
識別信号は佐那の友軍。
どうやら傍から見ていたプレイヤーが助っ人してくれたらしい。
直後、筐体のスピーカーから通信が聞こえてくる。
『さっき博物館で会った姉ちゃんがプレイするのが見えたんでな。邪魔するぜ?』
「あなたは……!」
どうやら博物館で話したあの青年らしい。
直後、画面に彼の使用する機体が表示される。
海京沖合から飛んできたのは漆黒のジェファルコンだ。
その動きはぎこちない。
だが、理由はゲームに不慣れなわけでも、技術が未熟なわけでもない。
そう、佐那と同じく――。
フルブーストで突っ込んできた漆黒のジェファルコンは敵機と蒼いジェファルコンの間に割って入った。
即座に抜き放った新式ビームサーベルで相手のビームサーベルを受け止める。
『姉ちゃん、今から連中のHPを減らしてやる。で、トドメはアンタにやるよ』
通信の直後、漆黒のジェファルコンはフルブーストで高高度まで上昇した。
当然ながら追ってくる三機。
機体スピードの関係ですぐに追い付かれそうだ。
しかし漆黒のジェファルコンはそれを逆利用した。
プラズマライフルを構えると、カウンターで攻撃を当てるようにして三機を薙ぎ払う。
三機のHPが大きく削られたのは間違いない。
「なら、トドメはいただくわ」
マイクに向けて返しながら、佐那は操縦桿を倒し、ペダルを踏み込む。
蒼いジェファルコンは卓越したマニューバで一気に距離を詰める。
高名なパイロットが編み出したとあるマニューバ。
それを佐那が自分なりにアレンジし、実戦でもみせたことのある空中機動。
――ジナイーダ・コブラを繰り出した蒼いジェファルコン。
深蒼の機体は見事な空中機動の中、新式ビームサーベルで敵機を次々と斬り倒していった――。
「はい。もう大丈夫よ」
勝負が終わった後、逆上した少年達は佐那に襲いかかった。
しかし、瞬く間に全員が返り討ちに遭ったのは言うまでもない。
大人しそうな少女を残し、捨て台詞を吐いて去って行った少年達。
無事に助かった少女をなだめながら、佐那は助っ人の青年に向けて微笑んだ。
「ありがとう。助かったわ」
すると青年も小さく笑みを浮かべる。
「いいってことよ。空が好きな奴同士のよしみってや――」
言いかけた所で彼のポケットからメロディが流れる。
どうやら携帯電話の着信音のようだ。
流れるのは疾走感のある軽快なダンスチューン。
「おう。そうか。ああ、じゃあそろそろ戻る――」
通話を終えると、青年は踵を返す。
「じゃ、またな。空と飛行機が好きな姉ちゃん」
一度だけ振り返ってそう言うと、彼はひらひらと手を振りながら去っていく。
彼が完全に去っていった後、佐那はふとあることに気付いた。
――まさかそんな偶然があるとは思えない。
――だが一方で、時にはそんな偶然があっても良いと思う。
休日のドイツで出会った一人の青年。
彼がもし、自分の知るとある人物だったと仮定し、佐那は小さく呟いた。
「空の上で、会いましょう。御互い、地面に脚を着けて生きられない性分だものね――До свидания」