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【第九圏の三・コキュートス アンテノーラ】


 ぱくぱくぱく・ぱくぱくぱくぱくぱく。
 音として表せばそんな感じの、完全に小動物の食べ方で風花はケーキを貪っていた。
 だが近頃二の腕や腰回りが気になってきたところだ。カロリーについては考えたく無い。
「このケーキ、人参の味がしますわ! 美味しいですわ!」
 必死に口に運びながら食べ続ける風花は知らない。
 そのケーキたちが「兎がきてるから人参でも出しとけ」と(風花が酷く嫌っている)アレクが冗談で言った事で本当に彼女の前に並べられた事を。




「あっ花琳、一緒に食べない?
 林檎のタルト、おいしいよー」
 ひたすらフルーツ系のケーキやタルトを食べているソランに振られて、花琳はそのテーブルに腰を下ろした。
「うんいいよー。ちょうど暇してたところなんだー。
 男の子にも声掛けられたけど、何だかいつの間にか退場しちゃうんだもん。
 つまんないよねー」
 因に花琳へ声を掛けた男性陣がブラックホールへと吸い込まれたのは、決まって雅羅の近くだった気がする。
 今日もカラミティは絶好調なのだろうか。それとも――。
「……まあ、私、彼氏とか作りに来た訳じゃないし。
 ん……やっぱり気持ちはざわつくかな……」
「よくわかんないけどさっ、
 このケーキもおいしいよ」
 ソランに皿ごとすすめられて、花琳はそのケーキを試してみる。
 確かに美味しい。
 けれど何より舌を刺激してくれるのは、友達の存在だろう。
「うーん!
 やっぱりスイーツって皆で食べる方が美味しいよね♪」
「うん。たまに外で食べると違うもんだわ!」
「あ、その素敵な笑顔頂き♪」
 母親になってからソランが久々に見せた少女のような笑顔に、花琳はすかさずシャッターをきる。
 大人の女性体験としては少々失敗した気もするが、写真家としては楽しい一日を過ごせるだろう。



「理沙、目が危ないわよ」
 雅羅の指摘を白波 理沙(しらなみ・りさ)は「そんな事ないわよ」と爽やかな笑顔で受け流した。
 だが実は彼女、本当に危ない目をしていたのだ。
「(合コン終了まであと40分……。
 こんな所に雅羅が行ったら雅羅の胸が目的の奴が来るに決まってると思ったら案の定だったわ)」

 この二時間と少しの間。
 雅羅の胸を注視する男達は幾人も現れた。
 その度に理沙はその男達の視線から雅羅を守り、そして時には戦った。
 ゲームにかこつけて雅羅に触れようとした男の足をテーブルの下で思いきり踏み抜き、
 俺がケーキをとってあげるよ。と言いながら視線は雅羅のシャツワンピースの胸元に釘付けだった男の脇腹に肘鉄砲を喰らわせる。
 大体そんな具合だ。
 そんな彼女のお供は巨乳セクシーなメイド魔女美麗・ハーヴェル(めいりー・はーう゛ぇる)でだった。
「セクハラ男性のお仕置きですか?
 では、理沙様のお手伝いをさせて頂きますわね♪」
 話をした時に、こんな風ににっこりと微笑んだ彼女は、ガチな百合様なので男性陣に全く興味はない。
 合コンで恋人を作る気は全く無く、雅羅に近付くセクハラ野郎を殺す気満々の理沙に付き従う。
 その任務遂行のみが彼女の目的だった。

 こうして二人は欲望に塗れた男達を千切っては投げ、千切っては投げを繰り返し、
その被害者はどういう訳かウェイターやウェイトレスが片付けてくれるので雅羅には何事もなかったかのように笑顔で振る舞っていた。 

「(危険な奴らが雅羅に突撃するなら容赦なく成敗してやるわよ。
 ふふふ……雅羅にセクハラしようなんて考えられないようにしてやる)」



「理沙さんから殺気を感じるのは気のせいですか……?」
 早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)マユラ・白波(まゆら・しらなみ)とケーキを食べながら小声で話しかけた。
 隣のテーブルで雅羅と美麗と楽しくやっているはずの理沙から『殺意の波動』なるものが立ちこめている。
 それは理沙から本日の雅羅ガーディアンの戦力として、最初から頭数に入れられてすら居なかった彼女にも分かる程のものだった。
「きっと皆楽しく盛り上がってるだけだよねっ☆」
「そうですね」
 真が紅茶のおかわりを注いでくれるのを見ながら、二人は微笑んでいた。
 がしゃーんとか、どしゃーんとか、どかっとか、ばきっとか、格闘漫画や映画でしか聞いた事の無い様な音をBGMにしながら。



「(遂に現れたわね……雅羅の胸だけを目当てにする不届きもの!!)」
 理沙が一番に警戒をしていたのはこの男だ。
 モヒカンとおっぱい(無から超まですべて)をこよなく愛するバカ、おっぱい揉んだら嫁認定の男、ゲブー。
 美しいスタイルと胸に拘りを持つこの男が、開始早々に「俺が遊ぶのは雅羅」と啖呵を切った瞬間、理沙のスイッチは一段階上に入ったのだ。
「(遊ぶですって!?
 そんなの私が許す訳ないでしょ!!)」

 既に雅羅を『落とし済み』と認定していたゲブーは、この二時間ちょっとの間、
別の女性達へのアプローチに必死だったようだ。
 それでこんな時間にやっと本命の雅羅のところにきたのである。
 相手への承諾も無いままに空いていた椅子をひったくると、そのままそこに勢い良く腰を下ろして、
本人曰く『モヒカンの余裕を見せるウィットの効いたおっぱいエステ』をするべく雅羅の胸元へと手を伸ばした。
「経験上こういうウブな感じの子は見つめながらおっぱいエステるだけでもイチコロだしな、
 やっぱり赤くなってるよ! チョロいもんだぜ、がはは!」
 そんな台詞はゲブーの脳内イメージで終わった。

 胸へと伸ばした手は美麗の持つ竹箒の中に仕込まれていた鋭利な刃に突き刺される。
 次の瞬間全身に光りを纏った理沙が、座ったままのゲブーの懐へ飛び込んで腹へ肘鉄砲、そのまま起こした拳で顔面、左足で回し蹴りを鳩尾へと三連撃をぶち込み、そして最後にフィニッシュは――
「いくわよ雅羅!」
「え、ええ!」
 理沙の片手の形を見て、雅羅は何をするのか気づき、慌てて自分も同じ形を作って理沙のそれとくっつけた。
 二人の作ったハート型に世界中のカラミティのエネルギーが収縮する。
 理沙と雅羅が同時に投げキッスをした瞬間、それはゲブーに向かって放たれたのだ。
 相手の幸運を削るカラミティハートの影響で、暫くの間ゲブーに幸福が訪れる事はないだろう。
 なにより一番不幸だったのは、ゲブーがその時窓に映る自分の姿に気づいてしまった事だ。
 自慢のモヒカンの長さが、朝セットした時と明らかに変わっているではないか。
 キアラのトレイフリスビーの一撃目を喰らった後、ゲブーは知らない間にモヒカンに37回も攻撃をされていたのだ。
 つまり彼の光るピンクのモヒカンは3.7cm分削り取られていたのである。
「モヒカンが! 俺のモヒカンがッ!!」
 叫んで店を飛び出したゲブーに満足して鼻をならした理沙に、雅羅は苦笑した。
「やっぱり変だと思ったのよ」
「バレてた?」
 舌を出した理沙の頭を小突いて、雅羅は大事な親友を抱きしめた。

***

「酷い目にあったわね。
 大丈夫?」
 額に浮かんだ玉の様な汗を拭ってやりながら、舞香はキロスの顔を覗き込んだ。
 キロスの目線からは例の露出度の高いラインがばっちりと見えている。
 なんとかアルテミスを巻いたキロスは、終了間際にやっと彼へアプローチを続けていたあの女の子の元へ戻ってくることができたのだ。
「でもあの大剣のウェイトレスさんと戦うあなた、とってもかっこよかったわ」
「本当にか?」
「ええ、私スポーツマンタイプが好きって言ったでしょ?」
 キロスのスラックスに、美しい脚線美を絡ませ見せつけて、舞香は耳元へ桜色の唇を寄せ囁いた。
「ちょっと二人きりで、お話してみたいな♪」



 倉庫なのだろうか。
 誰も来ない一室を見つけた二人はその中へ手を取り合って笑いながら入っていった。
 後ろ手に鍵を閉める舞香の動きに情欲をそそられたキロスが近付いてくると、舞香は「まだだぁめ☆」と甘い声でウィンクする。
 キロスはもう彼女に夢中だ。
 熱に薄く染まった頬に触れ、そして目をゆっくりと閉じてキロスは足に何かを感じた。

 それは余りに唐突で、痛みだとすら分からなかった。
 舞香のハイヒールが、キロスの足の甲を完全に踏みつけ骨まで砕いていたのだ。
「きゃあ!
 ごめんなさいあたしったらなんてことを!
 今手当しますから!」
 と焦り言いながら、舞香は極めて冷静な動きで含み針で彼の目を潰した。
 足の痛みと目の痛み。
 ほぼ同時に喰らったそれで立つ事すらままならなくなっているキロスに、舞香は経絡撃ちと称される足技の乱舞を打ち込んだ。

 経絡。
 東洋医学の世界で経は経脈を、絡は絡脈を表し、人体の中の生きる為に必要な気や血の通り道として考え出された。
 その通り道を『撃つ』。
 即ちそれは、人中への攻撃と同義であった。
 頭の後ろから三焦経、正面へ足を移動させ大腸経、肩へ落として小腸径、脇へと肺径、腕への心径、反対の腕へ心包径、半回転しながら膀胱径、更に半回転して肝径と脾径、右の足で腎径、左の足で胃径、最後に右足で胆径。
 計十二脈への攻撃は一瞬で終わり、舞香は倒れ伏したキロスを見下ろし息を整えた。
 スポーツマンが好みなど大嘘。
 野蛮で汗臭い脳筋のバカ男なんてお断り。
 そんな中身をお首にも出さず愛想良く振る舞っていただけで、彼女の真の目的はキロスを叩きのめす事だけだったのだ。

「悪名高いナンパ男のキロス・コンモドゥス。
 女の子の怖さ、思い知ったかしら?」