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高崎 悠司(たかさき・ゆうじ) 



ケイラたちと別れた後、俺は石庭をでてマジェの下町を歩いて、いきつけのパブに入った。
パブといっても表に看板をだしてるような立派な店じゃない。
名前もなく、客は近所の常連だけで、俺とバカ親父がいつも飯屋代わりに使ってる、小汚い台所みたいな狭い店だ。
隅の席に座って、ロジェからもらった手紙を呼んでいると、店の亭主が注文もしていないのに、飲み物とつまみを持ってきた。

「オリバー。アーヴィンの話、聞いたぜ」

「ああ。俺も聞いた」

「アーヴィンはツケもしねぇ、払いのいい客だった。
大変だな。
こいつはおごりだ。
ウチならヤードがくる心配もないだろ。
面倒事はごめんだぜ。
話相手になってやりてぇが、オレはちょうど、昼寝の時間だ。
表のドアは鍵をかけて、二階で寝てるから、帰る時は教えてくれ。
好きなだけ、ゆっくりしてきな」

「ありがとよ」

亭主が階段をのぼっていってしまうと、店は俺一人になった。
字なんてロクに読まない俺にとって、手紙を読むのは大仕事だ。
読み書きをどこでおぼえたのか、アーヴィンの野郎は、ご立派な文章をえんえんと書いてやがって、眺めてると眠くなってくる。
まいったな。

ほんとに眠くなってきやがった。

どれだけ時間が経ったのか、目を覚ますと、俺の前には男が座っていた。

「よう。オリバー。起こしちまったか。悪いな。
よく眠れたか」

「誰だ。おまえは」

「高崎悠司っても、俺の名前なんて知らないよな。
家具職人アーヴィンの養子のオリバー。おまえに伝えたいことがあるんだ。
事件についてな」

若い、東洋人の男だ。学生だろうか。
マジェの人間でないのはたしかだ。

「あれ。おまえ、店の鍵はどうした」

たしか亭主が戸締りしてくれたはずだ。

「開けさせてもらった。
マジェはさ。19世紀ロンドンっうのはわかるんだけど、建物のセキリティまで、そのまんまなのは、凝りすぎだろ」

高崎は先の曲がった針金を俺にみせた。

「ピッキングなんて得意じゃねぇんだけどさ」

「コソ泥かよ」

「ちげぇよ。おまえがでてくるの待ってたんだけど、なかなかこなからさ、お邪魔させてもらっただけだ。
なんにもとってねぇし、俺がきたら、おまえはすぐ起きたし」

「用はなんだ」

寝起きでぼんやりとしていた頭が、だんだんはっきりしてきた。
こいつ、何者だ。

「サクっと言っちまえば、おまえ、早くマジェをでねぇと殺されちまうぞ。
ついでに言うと、大英博物館のデュヴィーン男爵も、おまえの親父のアーヴィンもいつ消されてもしかたのないヤバイ話に首を突っ込んでたんだ。
2人を消したやつらはおまえも狙ってる。
ヤードじゃ、おまえを守りきれない。
だから、早く逃げろ」

「高崎だっけ。
なに言ってんだ。わけがわからない。
だいたい、おまえが信用できないな」

「俺はいままで何度かマジェにきてて、こっちに知り合いがいるんだ。
そんでたまたま今回の事件の裏を知ってな。
次に危ないのがアーヴィンの息子のオリバーだって、わかった。
しかも、そのご本人が偶然にも俺の目の前を歩いてるじゃねぇか。
それでこのボロ家に入ったら、いつまで待ってもでてこない。
心配なって、つい、こうしてきちまったんだ」

「どいつもこいつも、どうして俺を知ってる。
俺はただの家具職人だ。
観光客に顔をおぼえられるほどの有名人じゃないぜ」

高崎は端末をだして、画面を俺にみせた。
写っていたのは、いつ撮られたのかわからない俺の写真だ。
たぶん、普段、普通にマジェの中を歩いていた時のものだと思う。

「マジェの後ろ暗い連中の間に、この画像がでまわってる。
おまえを殺せば金をくれるやつがいるらしい」

「金だと。
俺を殺すのになんの意味がある。
ヘタレ親父の裏仕事は、俺はなにも知らないぞ」

「相手さんは、そう思ってないんだろ。
な。
わかったろ。
だから、早く逃げろ。
いま、薔薇学舎のモーガンズがおまえはシロだって情報をあちこちに流してる。
俺以外にもおまえに協力するやつもでてくるだろう。
義理の親父がクロでもおまえは違う、だから、おまえが被害にあう理由はない。
俺たちは、いちおう、非公式ながらマジェの平和と治安を守る会みたいな活動をしてるんだ。
俺の言葉を信じろ。
まずは、しばらくマジェを離れろ」

言うだけいうと、高崎は口を閉じた。
こいつの話を全部ウソだとは思わない。本当かもしれない。

けどな、急にこんなんなっちまって、正直、俺の頭はついていけねぇ。

「話はきいてやった。帰ってくれ」

出入り口のドアを指さすと、高崎は黙って頷き、去って行った。