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ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ) シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん) リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ) ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく) フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)



マジェのウェストミンスターにあるロンドン動物園は、マジェの他の建物と同じで、地球のロンドンにあるそれをほぼそっくりそのまま、マネして建設したものらしい。
もっとも俺は地球のロンドンへ行ったことも行く予定もないから、マジェとロンドンがどれくらい似ているのかは知らないし、どうでもいいけどな。
元になった地球のやつはともかく、マジェのロンドン動物園なら、俺はよく知っている。
ここには入場券を買わなくても、24時間、365日、いつでも出入りできる、俺たちマジェ育ちの人間だけが知っている秘密のゲートがいくつもあって、しかも園内の警備もゆるいから、俺は子供の頃からしょっちゅうここへ遊びにきた。
キャロルが、父親のデュヴィーン男爵や、アーヴィンのクソ野郎を殺したらしい連中との取引の場所に、ロンドン動物園を選んだと知った俺は、ここへ駆けつけたんだ。
今夜の動物園はどこかおかしい。
いままでも、何度も夜中に忍び込んだりはしたけれど、今日は雰囲気がヘンだ。
いつもなら静かなはずの園内に、いまは動物たちの鳴き声がやたらに響いている。
午前零時をすぎたこんな時間に、どうしたっていうんだ。
ペンギンビーチの脇のしげみから忍び込んだ俺は、木陰に身を隠したまま、あたりの様子をうかがった。

空気がざわついている。
遠くで人の声がした気がした。
人間以外のものが動いている気配もする。
もしかして連中は、動物たちを休息用の檻からだして、園内を昼間と同じ状態をしてるんじゃ。
でも、なんのためにそんなことを。

俺は、いつか聞いた噂話を思い出した。

マジェのワルたちの中には、殺した人間の死体を動物のエサにしてしまう連中がいるらしい。
組織の裏切り者や、敵側の人間を動物の檻に放り込んで、決闘させたりもするんだ。
ロンドン動物園の園長を買収してて、深夜はアンベール男爵が動物園長みたいなもんだとか。
バックの組織を裏切ったみせしめに、動物の相手をさせられて、頭のおかしくなった娼婦もいるって話だぜ。
とにかく今夜のここはヤバイな。
無意識のうちに俺は、息をとめてしまっていた。
早くキャロルを見つけないと、タダじゃすまない気がする。
園内の順路にでようとした俺は、人の声をきいて足をとめる。

「ねぇ。ワタシ達、とんでもないものを見ちゃったよね。
マジェの都市伝説を検証するつもりで、こっそり動物園へ忍び込んだだけなのに」

「たしかに、あれは見ない方がいいものだったかもしれませんね」

「まずいよ。絶対、まずいよ。
PMRは活動休止中とはいえ、リネンさんたちはワタシらの仲間だよね」

「ええ。あなたも私もそう思っています。
あちらがどう考えているかはわかりませんが」

若いカップルが話しながら、こっちへ歩いてくる。
服装、雰囲気からして普通の人間にみえるが、どうしてこんな時間にここにいるんだ。
女のほうは、落ち着きを失っている様子で、何度も首を横に振ったり、えーとか、信じられない、とか口にしている。
男は女に肩に腕をまわし、優しく抱いてやっている。

「ミレイユ。シェイド。
どうやら、あなたたに、今夜の仕事をみられちゃったようね」

カップルの背後から、今度は3人連れが駆けてきて、2人に声をかけた。
2人は足をとめ、後からきた3人とむかいあった。

「リネンさん。さっきのあれは、なに」

カップルの女の子、おそらくミレイユが、2人の中のリーダー格っぽい少女に尋ねた。

「仕事よ。
それ以上はあなたたちには説明してあげられないわ」

「悪いなぁ。オレたちにもいろいろ事情があるんだよ。
今日みたことは忘れてくれ。
な。オレたち、PMRの仲間だろ」

リネンの右隣にいる、背中に大きな翼を持つ女が、1メートル近くは柄のある長斧を肩に担いだまま、語りかける。
続けて、リネンの左隣の少女も口を開いた。
こいつは片手に弓を持っている。

「リネンとフェイミィの言うとおり、あたしたちは『シャーウッドの森』空賊団なの。
当然、敵もいる。
自分が生きるために敵を殺すのはしかたないでしょ」

「リネンさん。フェイミィさん。ヘリワードさん。
わかりました。
たしかに、あなたたちには、あなたたちの事情があるのでしょう。
しかし、あなたたちの仕事を偶然、みてしまった私とミレイユの記憶は消すことはできません」

カップルの男のほうが、彼女、ミレイユをかばうように前にでる。
見た目は優男だけど、なかなか骨のあるやつっぽいな。

「シェイド。仕事は、見なかったことにして、口をつぐんで欲しいの。
一切の質問も詮索もなし。
この件であなたたちに迷惑をかけたりは絶対にしないわ。私を信じて」

リネンとやらの申し出を色男が断ったら、3人の女どもはいまにもカップルに襲い掛かかりそうな物騒な空気が流れている。

「私はそれでも別にかまいませんが、ミレイユはそれでいいですか?」

「リネンさん。フェイミィ。ヘイリー。
なんで、あの人は、いったい」

「ミレイユ。それ以上は、しっ、だ。
頼むよ」

長斧のフェイミィが唇の前に人差し指をあてた。
ミレイユはそれでもまだ聞きたそうだったが、一瞬、泣きそうな顔になり、それから、大きく頷いて、下をむいてしまった。

「わかりました。
では、そういうことで。
失礼します」

シャイドはミレイユの肩をさっきまでよりも一層、強く抱きしめ、二人は並んでリネンたちから離れてゆく。

「おい。そこで覗いてるやつ。気づいてるからね」

鋭い声で、いきなりの警告。
ヘイリーは、俺が隠れているしげみにむけて、弓を構えた。
ミレイユたちが去ったのを眺めて、俺は気をゆるめていたらしい。
ヘイリーが俺に注意をむけているのに、まるで気づかなかった。

「動くな。撃つよ」

リネンとフェイミィもこちらに顔をむける。

「ゆっくり、そこからでてきて。ほら」

武器なんて手にしたこともない、家具職人の俺が、この三人と戦っても勝てる見込みはない。
かといって、話し合いの余地はない気がする。
それこそ、手足を切り落とされて、ライオンの檻にでも放り込まれるのがオチだ。
しょうがねぇ。こうなったら。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ」

俺は空にむけて思いきり叫んだ。
こいつら三人は、とにかく目立ちたくはないはずだ。
ここに人が集まったりして姿を見られるのが、一番、困るだろう。

「助けくれ。殺されるぅぅぅぅぅ。あああああああああ」

吠えながら俺は走りだす。と、慌てすぎて、足がもつれてその場に転んでしまった。
地面に倒れた俺の上をたぶんヘイリーが放った矢が、ひゅんひゅんと音をたてて何本か通りすぎていった。
くそ。
ここで死んでたまるか。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

俺は立ち上がり、声をあげて、全力で走った。