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リアクション
「これも私のカラミティの成せる技――、なのかしらね」
叩き付ける雨、吹き荒れる風、地面を割る様な落雷。
窓の外を見ながら雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は妙に感慨深げに呟いてしまった。
「あら、私はてっきり今雅羅の手の中にソレがあるのが、厄災なのかと思いましたわ」
おっとりと笑うアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)に、雅羅は一瞬真っ赤になって凄い勢いで振り向いた。
「ふむ、ジョーカーを持ってるのは雅羅の方かぁ」
にやにやと笑っている白波 理沙(しらなみ・りさ)に雅羅は肩を落とす。
「もー!
バラしちゃったら意味ないでしょ!!」
今、彼女たちは理沙の提案で、教室でトランプをしながら時間を潰していた。
「ふふっ、トランプは大勢の方が楽しいですわ。
ババ抜きを2人でやっても盛り上がりませんもの」
そう言うチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が差し出すカードの中から一枚選んで、雅羅は溜め息を漏らした。
「(ハートの4……)」
手持ちのカードは何枚も残っているのに、被っているカードが一枚も無い。
「雅羅って分かり易いのよ。
バラされなくたってその顔見たら分かっちゃうわ」
「だったらもう少し手加減してくれてもいいと思うんだけど」
「あら、いけませんわ。それじゃ真剣勝負になりませんもの」
「そうね。これは真剣勝負なんだから、幾ら親友でも手加減しないわ」
『親友』。
その言葉に雅羅の心は揺れるのだ。
少し前の事、雅羅は理沙に告白された。
「私と一緒に歩んでほしいの」、「愛しい人としても雅羅が好き」
二つの言葉はあれから頭の中に楔の様に引っかかっている。
「親友としても勿論」好きだと言ってくれたが、告白されてハイそうですかとそのまま過ごせる程雅羅も器用では無い。
理沙と一緒に居る時に思ってしまうのだ。
二人きりになってしまったらどうしよう。
そしたら答えを出さなくてはならないかもしれないのだ。
はいと答えて友人として接して来た彼女を恋人として見る。そんな日がやってくるんだろうか。
いいえと答えてしまったら、親友関係が壊れてしまうのだろうか。
そんな風に考えていたら、理沙を凝視してしまっていた事に気づいて、皆に気づかれないように雅羅はわざとらしく伸びをした。
「バラされちゃっても真剣勝負にならないわ」
雅羅の視線を受けて、アルセーネはごめんなさいと言いながらも微笑んでいた。
*
「……ああ、そしてやっぱり私が負けるのね」
手に持っていたカードは結局雅羅だけが失くす事が出来なかった。
机の上に散撒いて、その上につっぷした雅羅の頭を理沙が撫でてくる。
ババ抜きの他にも、7並べポーカーにブラックジャックにスピードまでやった。
「色々あるから飽きずに時間が潰せるわね」
指先でカードを弄ぶ理沙。
「そうねー、たった52枚とジョーカーだけで、良くこんなに遊ぶ種類があると思うわ」
「トランプって便利よねー。
ゲーム以外にもトランプ占いとかもあるし。
それにほら。
気に入らない奴が居たら――」
理沙が人差し指と中指で挟んでいたカードが固いもののように飛んでいき、壁にささる。
「こうやって投げてもいいしね」
壁とカードに挟まれたのは、嵐に興奮しているのか教室で大騒ぎしている『赤くて長いボサボサの髪の毛』の男だった。
「理沙さんっ!
トランプでダーツみたいな事をしてはいけませんわよ!?」
慌てたチェルシーに、理沙は首を傾げる。
「あれ?
よく子供の頃に投げて遊ばなかった?」
「いくら契約者だからって刺しちゃ駄目ですわ!」
言いながらもチェルシーは思っていた。
「(あら? 子供の頃って理沙さん、契約者じゃなかったような……)」
「理沙の子供の頃が目に浮かぶわ。
さぞかしお転婆だったんでしょうね」
呆れたように、それでも笑いながら雅羅はカードを机に並べ始めた。
「何をするんですの?」
覗き込んで来たチェルシーに、雅羅は黙々と作業を続けながら答えた。
「concentration
えっと……神経衰弱って言ったっけ」
「並べて遊ぶものでしたかしら?」
「こうした方が分かり易いし――すぐ勝負が付くじゃない?
ふふふ、今度こそ私が勝つわ」
笑う雅羅に、アルセーネが向こうで首を振っているのが見える。
「これから遊ぶ雅羅さん自身が並べたらズルじゃありませんの?」
チェルシーが言った時だった。
白と黒と赤だった視界が、突然真っ黒に塗りつぶされた。
「わ、何!?」
「……停電みたいね」
「待って、何か電気――。
そうだわ、懐中電灯が教卓の方に……」
立ち上がった雅羅は手探りに歩こうとした。
だが、闇の中で伸ばした手は机の上のトランプを取り落としてしまう。
「あ!」
そう思った瞬間、雅羅の身体が後ろへ揺れた。
落ちたトランプを踏みつけてしまったのだ。
「きゃああ!」
滑った雅羅が慌てて掴んだのは窓枠で、その窓枠は鍵が外れていたらしく雅羅の手の力で簡単に横へスライドした。
直後、
ごおおおおっ!!
という音をたてて、突風が教室に巻き起こった。
アルセーネが懐中電灯で照らし出した教室の光景は酷いものだった。
雅羅の並べていたカードはあと一枚というところで中空を舞い、女子生徒達のスカートはまくれあがり、それで悲鳴もあがり、飛び込んで来た濡れた葉が壁や床に張り付いている。
まるでルーブ・ゴールドバーグ・マシンのような見事な連鎖だった。
これぞ真のカラミティのなせる技。
――なんだろうか。
惨状に笑い出した理沙に、チェルシーもつられている。
「もう! 散々だわ!」
言いながら同じ様に笑って、そして雅羅は楽しいと純粋に感じている自分に気がついた。
「(――ああ、そっか)」
答えてすらいないのに、今から結果を考えても仕方ない。
たった52枚のカードに何通りもの結末があるように、雅羅の選ぶ道で何百と言う結果が待っているのだろう。
結末は二つじゃない。
焦らなくて良い。
今はもうちょっとこのまま楽しく、親友との日々を過ごしていこう。