空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

争乱の葦原島(後編)

リアクション公開中!

争乱の葦原島(後編)
争乱の葦原島(後編) 争乱の葦原島(後編)

リアクション

   十四

 エオリア・リュケイオンは電話を切って、顔を上げた。匡壱とエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が立ち止まって待っている。
「オーソンさんが現れたそうですよ」
「どうなった?」
と匡壱。
「逃げたそうです」
「エネルギーを吸うとか何とかって話は?」
「諦めた方がいいでしょうね」
「ま、頼りにしていたわけじゃないがな……」
 それでも時間稼ぎにはなっただろう。最悪、この妖怪の山を他の地域と分断するための。
 匡壱は山道を見上げた。頂上まではもう少しだ。幸いここまでは、妖怪たちに襲われることなく来られた。仲間が守ってくれたお蔭だ。
「よし、もうひと踏ん張りだ」
「――待って」
 エースがすっと手を挙げて、遮った。見れば三人の行く手に、一人の小さな女の子が立っていた。
 おかっぱ頭、赤い着物、手には毬。座敷童(ざしきわらし)だ、と全員が思った。あまりにらしすぎる。
 それでも別の可能性を考えて、匡壱は声をかけた。
「嬢ちゃん、ここで何をしてるんだ? 下の村の子か? 逃げて来たのか?」
 フィンブルヴェトの影響で暴れる村人は、既に拘束してある。だが全員ではない。おそらく、逃げた者もいるはずだ。
 女の子はにっこり笑った。可愛らしい笑顔だ。
「……」
「え? 何だって?」
 女の子は右手に毬を抱えたまま、左手をすっと上げた。その手が光る。
「――ガッ!?」
 匡壱は愕然となった。急に息が出来なくなったのだ。
 振り返ると、エースもエオリアも首を押さえ、魚のように口をぱくぱくさせている。
 自分だけではない。この子がやったのか!?
 女の子――座敷童は相変わらずニコニコしながら、毬を突き始めた。平らではない山道で、毬は器用に彼女の手に戻る。
 エースは地面に両手を突いた。霞み始めた目で周囲を見渡す。草や木は我関せずといった様子で元気だ。枝の上をリスが駆けている。――待てよ?
 考えている暇はなかった。エースはすぐ傍の蔓を握り締めた。ありったけの魔力を注ぎ込む。【エバーグリーン】で急激に成長した蔓は、するするとその先端を伸ばし、座敷童に襲い掛かった。
 か細い悲鳴が上がり、毬がぽんと跳ねた。
「――ゲホッ、ガハッ」
 急激に侵入した空気に、喉も肺も驚いたのだろう。匡壱とエオリアがえずいた。だがすぐに事態を理解し、持っていたロープであっという間に座敷童を縛り上げた。
「猿轡も噛ませるべきか?」
「いや、いらないだろう」
 魔力を一気に放出したこともあって、エースは立てなかった。木の幹に寄りかかり、【エバーグリーン】をかけた蔓に触れながら「ありがとう」と微笑みかけた。それから、
「多分、その手が光ることで幻覚を見せるんだろうから……」
「幻覚? あれが? 本当に息が出来なかったぞ?」
「空気がないと思い込まされたんだと思う」
「よく分かりましたね」
「リスも植物も元気だったんでね」
「なるほど……この子が、この山での『願い事を叶える』伝説の一部なのかもしれませんね」
 エオリアが得心したように頷いた。彼らは、ドクター・ハデスたちが座敷童に化かされたことを知らなかった。
 座敷童は、じっと潤んだような瞳で三人を見上げていた。
「どうする? 置いていくのもどうも……」
「連れて行ったらどうでしょう?」
「頂上に?」
「オルカムイがいるんです。仮にも神さまなんですから、何とかしてくれるでしょう」
「……それもそうだな」
 エースの回復を待って、三人は再び登り始めた。術が使えなくなる少し手前で、エースとエオリアは残った。妖怪たちから道を守ることと、案内を兼ねているからだ。
 匡壱は座敷童を連れて、頂上に辿り着いた。彼は、ここに来るのは初めてだった。
「オルカムイ! いるか!? 俺は葦原藩士、丹羽匡壱! ハイナ・ウィルソンの使いとして、あなたに話があって来た!」
 二メートル以上もある細長い岩の前に、オルカムイが現れた。白髪と長い髭、皺の深く刻まれた顔――噂通り、亡霊のようだと彼は思った。
「……聞こう」
「俺たちはいくつかの案を考えて来た。一つは、フィンブルヴェトを見つけ――うまくいけば、これはここに届くだろう――、漁火を生け捕りにしてここに連れてくる。そうすれば、万事解決なんだな?」
「左様……漁火は助かり、フィンブルヴェトも止まるだろう……」
「質問だが、もし漁火が死んだとしたら――あなたは協力を拒むのか?」
 オルカムイは目を細めた。何か考えているのか――そもそも生き物ではないのだから、そういう機能はないのだろうか?
 オルカムイはゆっくりとかぶりを振った。
「致し方あるまい……手は貸そう……だが、やれることに限りはある……」
「分かっている。最悪の案は漁火を殺すことだ。そうすれば停止する、と漁火は言っているが保証はない。出来ればそうしたくはない」
 北門のためにも、と内心で付け加える。
「もっと最悪なのは、漁火を殺そうが殺すまいがフィンブルヴェトが停まらず、暴動が続きミシャグジが復活することだ。その時は、この山と外界を遮断するしかないと考えているが、あなたになら可能か?」
 オルカムイは頷いた。だが、と付け加える。
「それもまた、弊害はある……」
「どんな?」
「……いや、想像の域を出ないことだ。今はやめておこう……」
「では、やってくれるか?」
 オルカムイは再び頷いた。匡壱はほっと胸を撫で下ろした。もし最初の案以外を断られていたら、残る案は一つしかなかった。――ハイナの財力を以てして、この山を破壊する。
 どの案にも害はある。だが――願わくば、皆が納得する結末であることを、と匡壱は祈らずにいられなかった。