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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
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リアクション

   十五

 大きな爆発が起こり、壁にぽっかりと穴が開いた。
 倒れたジョージ・ピテクスを介抱しながら、笠置 生駒は、
「おのれオリュンポス、何てことを……!!」
と怒りに燃えていた。
「す、すみません、すみません!!」
 ペルセポネ・エレウシスは涙目になりながら、ぺこぺこ頭を下げて壁の中に飛び込んだ。
 実際、ペルセポネは爆弾を仕掛けた。だが彼女だけなら、ジョージはこれほどの傷を負わなかったろう。
 問題は、生駒も機晶爆弾を使ったということだ。ほぼ同時の爆発だったので、大抵の人間は、大きな爆弾が一つ使われた、と思うことだろう――それでも、調査をすれば二つあったと分かるだろうが――。だとしても、やったのはペルセポネということになるだろうし、彼女には釈明の機会はない。そして生駒も、オリュンポスのせいにするつもりだった。
 半泣きのペルセポネは、建物内部に入り込み、牢を探した。捕まえようと飛び掛かる役人は、【アブソリュート・ゼロ】で弾き返した。
 おそらく牢は、最も警備が厳重な場所だろうとペルセポネは踏んだ。故に彼女は、人が多い方へ多い方へと走った。
 同じことを考えた者がいた。藤林 エリス(ふじばやし・えりす)マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)だ。二人はドクター・ハデスの陽動に便乗して――というのも、本人たちも同じ方法で爆弾を仕掛ける寸前だった――、ペルセポネの後から奉行所に入り込んだ。
 共に空飛ぶ箒に跨り、【さーちあんどですとろい】で相手を追い払い、その隙に抜けた。
 二人が牢に辿り着いたとき、ペルセポネはどうやって扉を開けたらいいか迷っていた。うっかり破壊して、中の人々が傷ついたら困るからだ。
「任せてください」
『共産党宣言』は倒した役人を一人一人確かめ、牢の鍵を手に入れていた。
 警戒しながら、三人は中へ入った。幸い、他に牢番はいないようだった。
「遅かったな!」
 機晶戦闘機 アイトーンは軽く文句を言った。ヘスティア・ウルカヌスも牢を出たが、奉行所の外へ出るには、アイトーンは大きすぎた。ここへの出入りも、五人がかりで運び込んだのだ。
「先生の許可が出ています、機晶合体をっ!」
 しかしアイトーンとヘスティアは困ったように顔を見合わせた。
「……実は、装備は全部奪われたんです」
「ええっ!?」
 当然である。捕まれば、装備は全て没収だ。つまり、合体できない。
「どど、どうしましょう?」
「取り敢えず外へ出て、武器を回収しよう。誰か、天井を破壊してくれ」
「ちょっと待ってて」
 エリスは最後に、雷火の牢を開けた。背を向け、この騒ぎにも動じない。
「はーい、雷火。助けに来たわよ。一緒に命がけの熱いデートした仲なのに、仲間じゃないだなんてつれないじゃない☆」
 だが、雷火は答えない。エリスは嘆息し、
「あんたは、ハイナや取り巻きのイエスマン連中が見て見ぬ振りして救いの手を差し伸べてこなかったこの国の闇で貧しさに苦しんでる人達のことを思いやれる人間よ。この葦原の将来には、多面的に物事が見れるあんたみたいな人間が必要だわ。だから助ける! 文句無いわね!」
 エリスは雷火に手を差し出した。雷火は、ゆっくりと振り返り、その手を取った。
『共産党宣言』が【シューティングスター☆彡】を使った。落ちてきた星が、牢の天井に穴を開けた。
 ペルセポネ、ヘスティア、アイトーンはその穴からそそくさと逃げ出した。東 朱鷺子と第六式・シュネーシュツルムは迷ったが、「脅されている」と言い訳しつつも漁火の仲間であることを白状した以上、ここにいるのは得策ではあるまいと考え、脱出した。残るは雷火である。
「ほら、早く」
 濛々と舞い上がる土煙の中、エリスは雷火を外に押し出そうとした。だが、何かおかしい。口を利かないし、動きもぎこちない。元々列記とした葦原藩士である雷火は、骨の髄まで侍としての動作が身についている。短い時間とはいえ、共にいたエリスはそれを見ていた。故に、違和感を覚えたのだろう。
 エリスはほとんど条件反射のように、雷火の着物を引っ張った。雷火はばったりと倒れた。この時も声を出さなかった。
「偽者……!!」
 エリスは雷火の偽者――コピー人形を蹴り飛ばした。
「雷火! 九十九雷火はどこ!?」
 ゴホゴホとくぐもるような咳が聞こえ、エリスと『共産党宣言』は、手分けして声の主を探した。
「いました! いえ、これは違います!」
『共産党宣言』が見つけたのはシーニー・ポータートルだった。まだ寝ていた。シーニーも逃がそうと揺り起こしたが、うんともすんとも言わない。
 一番奥の牢で、エリスは別の人間を見つけた。雷火の着物を羽織り、顔中を包帯で巻いてある。
「何て酷い……拷問を受けたのね! ハイナ・ウィルソンめ!!」
 エリスは雷火の脇に体を滑り込ませ、立つ手助けをした。
「……あり……がとう」
 声も掠れている。――違和感があった。だがそれが何であるか知る前に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が【●呪詛】を仕掛けた。
「に、逃げるわよ!」
 エリスは急に吐き気と頭痛、倦怠感に襲われた。熱も上がってきたようだ。それでも雷火を【空飛ぶ魔法↑↑】で浮かせ、穴の開いた天井から脱出させた。エリスが続き、「魔砲ステッキ」をダリルに向けた『共産党宣言』が最後に出る。
 奉行所の外では、まだ騒ぎが続いていた。どうやら、武器を取りに戻ったペルセポネたちが、ハデス共々御用となりつつあるようだった。助けたいが、今はその余裕がない。
 エリスは雷火を空飛ぶ箒に乗せようとした。だが、そこで違和感の正体にようやく気付く。――小さい。腕も体格も小さすぎる。身長だけを見ても、十センチは違う。
「あんた誰!?」
 エリスは相手を突き飛ばし、「まじかる☆くらぶ」を突きつけた。その人物は屋根から転がり落ちぬよう踏ん張り、隠し持っていた隠し持っていた「ダークネスウィップ」でエリスの手首を掴んだ。具合の悪いエリスは、その場にしゃがみ込んだ。
「同志エリス!!」
『共産党宣言』が「魔砲ステッキ」を振る。レーザーが相手を襲い、黒光りする鞭は力を失って足元に落ちた。
 尚も襲い掛かる相手に、エリスは【さーちあんどですとろい】を浴びせた。包帯が燃え、その下からルカルカ・ルー(るかるか・るー)の顔が覗く。
「逃げれば罪が重くなるわ。九十九雷火を早く釈放してほしかったら、大人しく投降しなさい」
 エリスはルカルカを睨みつけた。「まじかる☆くらぶ」を折れんばかりの力で掴む。
「許さない……!」
「えっ!?」
「あんたたちみたいな非道な人間を、あたしは絶対許さない!!」
 エリスのスカートの中から、火炎瓶が転がった。『共産党宣言』の【ファイアストーム】がルカルカを襲う。火炎瓶が破裂した。
「ルカ!!」
 ダリルがルカルカを穴へ引っ張り込む。今の今まで彼女が立っていた場所が、炎の渦で包まれた。
「間一髪……ありがと、ダリル」
「いや――だが、作戦は失敗だったな」
「仕方ないよ。――まさかと思うけど、本物の九十九雷火は無事だよね?」
「ああ、確認済みだ。ハイナと一緒にいる」
 コピー人形を雷火に化けさせ、【●式神の術】で操っていたのはダリルだった。その後、ルカルカが雷火に化け、敵の本拠地まで乗り込む計画だったが、敢え無く正体がバレた。
 ドクター・ハデス一味は捕えられたが、東 朱鷺子、第六式・シュネーシュツルムは逃亡した。シーニー・ポータートルは関わりなしということで、この一時間後に釈放となった。
 そして逃げたエリスと『共産党宣言』は、九十九 雷火が拷問の末に殺されたと思い込み、ハイナ及び契約者たちへの復讐心を燃やすの
だった……。