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【白荊】


「ジゼルさんを見つける目的を持っていたとしてもある意味教団の探索に繋がる可能性もありますが、一応教団をメインとした本来の探索も進めておいた方が良いと思います。
 自分はこのまま探索を続けても良いでしょうか。アレクさんへの言い訳にもなるかもしれませんし」
 大蜘蛛の群れから逃げていた時にされたザカコの提案――特に最後に付け足された部分に、トゥリンは大いに頷いた。
「でもこの地下に居るモンスターは本当に強力。それに『淀み』の中で長い時間過ごすのも危険。一人での行動は……」
 トゥリンが考えをそのまま声に出し述べると、イルミンスールの学生であるザカコは『分かっている』顔で彼女の判断を待つ。――こいつなら大丈夫そう。と踏んで、トゥリンは許可を出した。
「必要の無い戦闘は避けて。モンスターとか……どーしてもの場合は交戦を許可する。でもそん時も、撤退を目的とした行動を取る事。交戦中二回攻撃して敵が引かずに追ってくるなら、その次点でアタシに連絡して。
 こちらはジゼルの捜索に当たる……けど、アゾートとの約束通り45分に地下ゲートから帰還する事を目指して行動する。12時34分になったら本隊に戻る様に。その間5分ごとに定時連絡……しといて」
 形式張った日本語が苦手なのかたどたどしく発音が怪しくなりかけている命令に従って、ザカコはそこから一人で行動を始めた。それが十数分前の事。
 そろそろ三度目の定時連絡の時間で、もう間もなくで時間切れだ。つまり今日の探索は徒労に終わるのだろう。
(白の教団……ですか。まあ別に教団だろうが何を信じようが、個人の自由だと思うのでそれは構いませんが……)
 今共に調査を行っているプラヴダも、見ように寄っては『教団』と名乗る組織と大差ない、とザカコは考えてる。軍だろうが宗教だろうが、一人のカリスマの元に人間が集うという形は似た様なものだ。
 それでも分隊長が堂々と命令違反し――そして恐らくそれは総隊長に許され、その上自分の単独行動を許可する様な度量が、軍の方にはあるのだろう。正義の言葉の隣に自由の文字を掲げるだけはある。反して……
「出会い頭に剣を向けられると言うのは、そちらは別なんでしょうね」
 言った瞬間、ザカコに向かって上段から剣が振り下ろされる。暗闇でかろうじて人間だと分かる敵の姿は見え難いが、そのお陰でザカコも敵の死角に回り込む事が出来た。
 重力のベクトルの操作で張り付いた天井から、敵に向かって飛び降りそいつの首に腕に装備していた刃を突きつける。纏わせた電流で切っ先がバチバチと火花を散らせる様に光るので、自分がどういう状況に陥ったか一発で分かってくれる事だろう。
「白の教団のメンバーと認識していいですね」 
 ザカコの言葉に敵は観念したように頷いた。
「あなた方の目的は何です」その問いに帰ってきたのは意外な事実だった。
「僕たちは『白荊の乙女』を探しているんだ。夢の中で『助けて』と叫ぶ乙女を……」

* * *

「ミス・ガノレーダ、あれ程気を付けなさいと言ったのに……」
「色々テキトーに弄くってたら、やっちゃったネ♪ テヘッ☆」
「笑って誤魔化さない!!」
「あ、うん、ゴメン今度は気をつけるヨ……」
 二人のやり取りをまあまと宥めながら、次百 姫星(つぐもも・きらら)は暗闇の中を歩いていた。
 彼女はバシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)が小規模ゲートをうっかり発動させてしまった事で呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)と共に三人で地下の深い場所へと飛ばされていたのだ。
 視界は悪く、姫星の宝物を探すスキル頼りの進行は頼りないが、それでも彼女の明るさに、三人は気落ちする様子もなく――姫星曰く「ズンズカ」進んで行く。
「それにしても『白荊の乙女』。一体どんな人なんでしょうね?
 白の教団を率いてるらしいですけど、トップとして牛耳っているの人なのか、それとも顔としての存在なのか。
 どんな方なのかもサッパリ分かりませんねぇ」
「それよりバシリスは白の教団が何で白なのか気になるネ。
 皆、真っ白な服着ているのカ? それとも、頭が真っ白なのカ?」
「白荊の乙女だから白の教団でしょう。名前なんてどうでもいいわ」
「えっ、どうでもいい? まぁ、確かにどうでもいいネ♪」
 能天気なバシリスの声に頭(かぶり)を振って、墓守姫は考えを姫星にぶつけた。
「それよりもモンスターを操る術なんて、一体どうやって手に入れたのかしらね?
 そして、それはどういう原理なのかも気になるわ」
「何かを使って操るんでしょうか。アレクさんによるとそういう石がある、という所迄トゥリンさんが調べを進めたみたいですけど――」
「石、ね。
 ミス・パルテノペーを操っていた血星石を思い出すわ。あれとも何か関連あるか調べておきたいわね……」
 考え込んだ墓守姫の肩を叩いて、姫星は笑顔を見せた。
「ま。ま。
 兎に角白荊の乙女がいい人なのか、悪い人なのか……会ってみれば分かるはずです!」
 そんな折だった。
 目の前に幾つかの影が見えたのだ。
「あれ……モンスターでしょうか、それとも人?」
「ミス姫星。ミスガレノーダ。迷い込んでしまったのは諦めるとして今は戦闘は避けたいわ」
 墓守姫の言葉に二人は頷く。
 影がこちらに気づいた瞬間、墓守姫は悍(おぞ)ましい気配を纏いながら杖から暗闇をまき散らす。
 向こうが怯んだ隙に姫星が正面に向かって炎を口から吐き出して、隙間を作った。
「さあ!」
 声を合図にバシリスは低空飛行のままスライドし進んで行く。
「糞っ待て!!」
「待たないヨ!」
 バシリスが繰り出した足を避けている間に、墓守姫と姫星がもの凄いスピードでそこを駆けて行く。バシリスは受け身を取る様にくるりと宙返りをしてそのまま
「オサラバするよ! 走るより速いねー。それじゃ、チャオ♪」
 と、飛び去って行く。
 謎の人影を避けた三人は、ぶち当たった適当な扉を開いてそこへと飛び込んだ。
「ふぅ、何とか避けられましたね」
「喋ってたって事は人間だったネ。白の教団の手掛かりだったかもしれないのに、損したカ?」
「そうね。でも墓守の仕事は、墓を守る事であって墓を増やすことではないのよ」
 墓守姫の何時もの台詞を聞いて微笑んだ姫星は、暗闇の中薄ぼんやりと光る何かを見つけそちらへ歩いて行く。
 祭壇のような場所、光を放つそれは、ガラスやアクリルのような透明の素材のようであったが埃にまみれで、中の様子を窺う事が出来ない。
 ただ形だけが、墓守姫には見慣れたあるものに見えた。
「これは……まるで棺ね……」
 前後左右を囲んでいるのは石壁。床も同じ素材である筈なのに、棺へ近付く姫星の足にくにゃりと奇妙な感触がある。
「え?」
 戸惑う彼女の上から、バシリスが言う。
「姫星。棺の周りが白いチューブ? 電線? だらけだヨ!」
「白い…………もしかして!」
 墓守姫と姫星が光りを放つ棺に被った埃を払っていく。すると棺の中に、眠る少女が居るでは無いか。
 強化人間、それとも機晶姫なのだろうか。ホルマリン漬けにされた実験動物のように液体の中で長い髪をうねらせ、殆ど裸に近い状態の彼女に、何本もの白いチューブが接続されていた。
 三人は顔を見合わせ息を呑む。
「――『白荊の乙女』!!」