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リアクション
■ツッコミ不足と経験値の補い方■
異界へと旅立った弐号の中は、移動式住居の名に恥じぬ快適な居住空間だった。
部屋はもちろん、売店もあるのでいつでも必要なものを買うことが出来る。
「いらっしゃいませ。お買い上げありがとうございます」
売り子として働いているネメシス・マネキスキー(ねめしす・まねきすきー)は、そう綺麗にお辞儀をして客が持ってきた商品を見た。
それらの商品は、いろんなものが置いてある売店の中で、少々値が張るものだった。
「……売店で、最近流行りのプチ贅沢な商品買ったぐらいで、満足して人生観変わるような方は、コンビニに買った飴玉で人生観変わっちゃうぐらいのナマコですよね」
自然と。
あまりにも自然と吐かれた言葉に、客は「え?」と聞き返した。内容は毒舌、というしかないものなのだが、負の感情というのがなかったため、脳がそれらの言葉を察しかねたのだ。
しかしネメシスはそれに対して勘違いしたらしく
「あぁ、すいません。間違えました……コンニャクの間違いです」
と謝って訂正していた。
そういうことではない。
とツッコミできる人材は、残念なことにそこにはいなかった。
客は引きつった笑みを浮かべたまま、金を支払い……「コンニャク」と肩を落としながら去って行った。
そんな客に「ありがとうございました」と頭を下げるネメシスの様子を見ると、悪気がないことが伺える。
さて商品を補充しなければ、と店の奥にある冷蔵庫を開けた。
空けた瞬間にアワビの匂いが鼻を突く。
「ネメシスさん」
とたん、冷蔵庫から声がした。実はこの冷蔵庫、冷 蔵子(ひやの・くらこ)なのである。……意味が分からない? 奇遇ですね。私もです。
蔵子は、まるでいやいや、をするようにドアをばたつかせた。
「ワタシの中に入ってるものに生のアワビの搭載容量が多過ぎデス!
即時、撤去を要求するデス! アワビ臭いデス!」
「そう言われましても……文句ならお母さん(マネキのこと)に言ってください」
ネメシスの言葉に、蔵子(冷蔵庫)がよよよっと崩れ落ちる(実際は崩れてないが、そんな雰囲気がかもし出されている)。
「そんな……じゃあ、早く生アワビを売り切ってくださいデス!」
「……努力しますが、もう十分あなたがアワビ臭いですね」
「ひ、ひどいデス!」
蔵子の抗議を毒舌で流し、ネメシスはややアワビ臭いジュースを取り出し、店の冷蔵庫へ移す。それからアワビを売るため、生よりも焼いた方がいいだろうと焼くことにした。
余計にアワビの匂いが充満したが、その香りがあってか。アワビが徐々に売れ始めたのだった。
「うぅ。ワタシのフローラルな香りがどこかへいってしまったデス」
「だとすると、すみません。どうやら私の辞書に載っているフローラルな香りのイメージは間違っていたようです」
「ひどいデス」
「……? 何がひどいのでしょうか? 事実を述べただけなのですが」
「余計にひどいデス」
「?」
* * *
弐号の中は、先ほども述べたとおり快適だ。空を飛んでいるというのに、中にはほとんどその衝撃がない。
以前の改造で、そこも手を加えたのだろう。……さすがに変身はできなかったようだが。
弐号の中心には司令室があり、そこには土星くんがぴったり納まる凹みがある。今、土星くんはそこに入り、弐号の操縦をしている。
そんな彼の首には虹色のタリスマンがぶら下がっていた。酒杜 陽一(さかもり・よういち)が先ほど挨拶した時に渡したもので、禁猟区が施されている。
「どうかこれを……くれぐれも無茶はしすぎないでください。あなたが倒れたら、助けに行くこともできなくなる」
『ありがとな。うん。大丈夫や。ちゃんと分かっとるから』
目を瞑り、集中している土星くんの顔に汗が浮かんでいるのを見ながら、陽一は横に佇む。
いざと言う時、土星くんを守るために。
『……でやな。右のパネルを操作すると……』
土星くんは操縦をし、住居全体の管理もしながら、誰かへしきりに話しかけていた。
「ああ、これね……」
司令室にあるいくつかのイスのひとつに座り、指示通りに手を動かしているのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)。
今回は急な話であり、乗組員の育成が出来ていないため、土星くんがほぼすべてをやっている状況だ。そのため、救助に向かいながら教えている。
(やり方を見れば真似できると思っていたけど、さすがにあれは無理だしね)
土星くんは直接住居と繋がって操っているため、生身であるリカインにまねできない。少々負担を増やしてしまうが、これで帰りは少しでも楽をさせてあげられるだろう。
リカインは土星くんの言葉を次々に頭へと叩き込んでいった。
* * *
「……うむ。なんとか出発には間に合ったか」
満足げに頷いて砲台を見ているのはミア・マハ(みあ・まは)だ。ついさきほどまで、砲台に『迷彩塗装』を施していた。
弐号から少しだけ突き出たその砲台は、いまや完全に周囲と同化し、ぱっと見ただけでは砲台とは気づかないだろう。
しかしいつまでも外から眺めているわけにも行かない。ミアはすぐに顔を引き締めて砲台の中へと入る。
「準備は良いか?」
「バッチシだよ! 操作もちゃんと覚えたし」
ミアの声に元気よく頷くのはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)。救助に向かう隊員になろうかとも迷った彼女だったが、
「捜索もしたい気持ちはあるけど、ここを守るのも大事だから」
「そうじゃな」
決意と共に言葉を吐き出しながら、周囲を警戒しているイコン隊を見る。彼らとは軽く挨拶をしたものの、出発が早まったためあまり具体的な戦い方などは話せなかった。連携をとるのは難しいかもしれない。
ぶっつけ本番。
「それでも、絶対守って見せるよ!」
ぐっと目に力を入れたとき、リカインから通信が入った。
『敵と思われる複数の反応をキャッチ。各員、戦闘準備を』
* * *
巨大な移動式住居を、ぐるりと囲うイコンたち。協力者は、急な応募だったにもかかわらず、土星くんの予想を超えた人数が集まった。
とはいえ、全方位をカバーできるかといえば、少し難しい。
それでも、そのことに文句を言うものは1人もいなかった。駆けつけた者たちの想いはそれぞれ違っただろうが、生半可な覚悟で来たものがいないからだ。
「ニルヴァーナ人の生き残りがいるならたった一人と思ってた彼女も救われそうね」
愛機『マスティマ』の中で呟く天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、脳裏に1人の女性を思い浮かべる。
ようやく帰れた故郷。しかしそこに誰もいなかった現実。……彼女の悲しみはいかほどだったろうか。
そんな彼女に対する朗報を、悲報にはしたくない。
「それでそれがしたちは、異界の化け物から船を守るのでござるね」
「ええ。サポートはお願いね」
「わかったでござる」
サブパイロットであるスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)の声に、現実へと意識を戻した彩羽が頷く。
のと、通信が入るのはほぼ同時だった。
スベシアがすぐに正確な位置、方角、数を彩羽へと伝える。
「数は5。うち2は動きがないところを見ると岩のようでござるが、このままだと住居にあたって被害を出してしまうでござる」
動きがあるものは、彩羽たちがいる位置からは遠かったため、他の仲間に任せる。問題はこちらへ向かってくる物体だ。
(今弐号は最短距離で向かってる。回避行動をとればその分、時間ロスになる)
「距離はっ?」
「このままだと40秒で黒色チャクラム・ホロウが届くでござるよ」
「何発で砕ける?」
「大きさから住居に問題ないサイズに砕くには……2,3発は」
「じゃあこちらからいくわよ」
高火力のレザービットならば一撃だろうが、エネルギーの消費が激しい。なるべくとっておきたい。
そう判断した彩羽は操縦桿を握り、機体を向かわせた。
「中央よりやや右上の部分を集中的に狙うといいでござる」
「分かったわ」
すぐさま的確な場所への指示が出て、彩羽はその指示通りに命中させた。
岩は、弐号号への影響がないほどに砕けた。
岩を無事に破壊した後は、新たに現れた敵――蟲に似ている――へと向かう。そんな2人が操縦する『マスティマ』の横を、砲弾が駆け抜けていく。
「援護は任せて!」
後方からレキが敵の動きを遮るように砲撃する。隣のミアは
「普段は魔法が主じゃが、こういうのも偶には良いな」
残りの障害物を破壊し、満足げに笑っていた。
ごぁあああああああああああああああああああっ
空気がこすれるような、不気味な声に『ロード・アナイアレイター』内で呼吸を整えていた香 ローザ(じえん・ろーざ)の眉が微かに動いた。
「どうやら来たようですね」
「ええ」
ローザと彼女のパートナー、ベータリア・フォルクング(べーたりあ・ふぉるくんぐ)は、自分たちのイコン経験が浅いことを自覚していた。特に異界での戦いは初めてだ。……今回は異界とはいえ、弐号が張っているフィールド内ならば問題なく行動できるが。
そのため警戒を怠っておらず、敵が現れたときも慌てることはなかった。まっすぐに敵の姿を見据える。
イコンを通して見る敵の姿は、ドラゴン、に酷似していた。
違うところといえば、その表皮が腐れ落ち、肉や骨が見えている、といったところだろう。ドラゴン・ゾンビ、という言葉が咄嗟に思い浮かぶ。
眼球があったと思われる位置には、ただ黒い空洞だけがある――果たして自分たちの姿がちゃんと見えているのかどうか。
それでも真っ直ぐにこちらへ向かってくる存在を、見過ごすわけには行かない。
まずはけん制。エネルギー消費はやや大きいが、ウィッチクラフトピストルを撃つ。それにあわせて、ベータリアはインファント・ユニットを射出していた。
敵はそれを避けようと身をひねり、魔力の弾はぼろぼろな羽をかする。どろりとした黒い液体が飛び散った。血、なのだろう。
その際、進路が弐号からずれたドラゴンだったが、再び弐号へと進路を戻した。
大口を開け、そこからよだれのようなものをたらしているのを見ると、弐号が大きな餌にでも見えているのかもしれない。
「させはしません! いきますよ!」
「ええ。
ローザの足りないところは、私が補います。
ですので、私の足りないところは、あなたが補って下さい」
言葉通り、互いに足りないところを補いながら、2人は果敢に敵へと向かっていく。
しかし現れた敵は一体ではない。血の匂いが獣を呼ぶように、戦闘が敵を呼び寄せるのか。はたまた別の要因か。
新たに現れた1体(こちらは蟲に似ているが、濃い紫の煙を漂わせた不気味な姿だ)も合わせて弐号へ近づけまいと、レーザーマシンガンでけん制するが、ただでさえ慣れない異界での、しかも動きながらのイコン戦闘。
近づけないだけで精一杯だった。
「それでもっ、あなたたちをこれ以上進ませるわけには」
「っ! ローザ! 右へ退避!」
ベータリアの声に、ローザは考えるより先に操縦桿を倒す。ドラゴンの口から吐き出されたブレスが横を通り過ぎていく。
のとほぼ同時に、ローザたちの後方から来た何かが、ローザたちへ襲いかかろうとした大きな蟲に当たった。
蟲の動きが、止まる。
* * *
蟲に攻撃を加えたのは、ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)とアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)が操るソプラノ・リリコだ。2人は前へ出ず、前衛たちの支援を担当している。
「おお、静かになった。やっと話、平和的に聞いたり、話したりする気になってくれたですね!」
そう喜ぶのはロレンツォ。
いや、違う。それは明らかに違うぞ。
というツッコミを入れられるのはサブパイロットだけなのだが、アリアンナは冷静に敵の動きを眺めていた。
(組織立った動きじゃないわね。単純に、戦いや血の匂いに惹かれてやってきたってところかしら)
ならばそれに応じた戦い方をすべきだろう。
「私たちが援護するわ。あなたはそのドラゴンに集中して」
『はい。ありがとうございます』
「ほらロレンツォ。変なこと言ってないで、行くわよ」
アリアンナの言葉に、ロレンツォは蟲を見る。おそらく目と思われる8つの赤い球体がこちらを睨み、その脚がぐっと曲げられ、再び動き出そうとしていた。ロレンツォの端正な顔が悲しげに歪む。
(ワタシのイコン、それで出来ることは戦うこと……ノー、みんなを守ること。誰か傷つける、よくない。
なんとなれば、ワタシ、誰かに傷つけられる、うれしくない。
よって、ワタシもだれか傷つける、嫌い)
戦わずにすむのなら、それが一番いい。
しかし
「ワタシの大切なお友達、仲間達、傷つけようとする相手でてきたら、全力で、護る」
うめき声を上げて襲い掛かってくる蟲を、自分たちへとひきつけ、ローザたちをドラゴンとの戦いに集中させる。
そして十分ひきつけたところで、超電磁ネットを手にしてからめとる。
身動きが取れなくなった蟲にさらに近づき、言葉通り話しを……
することなく殴り始めた。
(打ってくる方にも何か理由、あるかもしれないアルけど、話を聞くにしても攻撃を止めさせないと)
ネットの中で暴れる蟲を見ながら、ロレンツォはそう真剣に考えている。緑の瞳はあくまで真剣な輝きを放っている。
ぐったりと動かなくなった蟲を見て、ロレンツォは手を叩いて喜んだ。
「今度こそ話を聞いてくれる気になってくれたですね」
「……ロレンツォ。話す前に、次の相手が来たわ。話は後で存分にして頂戴」
アリアンナは呆れつつも、仕方ないといった目で見ている。ロレンツォが真剣だということを理解しているからだ。
そしてアリアンナもまた、真剣なのだ。
(「助けて」とかつて私はつぶやいた。
すると、ロレンツォがやってきて「大丈夫」とほほ笑んで、手をとってくれた。
とても嬉しかった。……だから今度は……)
* * *
ローザとベータリアは、敵が減ったことにより、ドラゴンへと向き直っていた。
もちろん、新たな敵が現れる可能性もあるため警戒は怠らないが。
「あちらはお任せしましょう。私たちはまずこの敵を」
「ええ……長引くと厄介です。一気に決めましょう」
「そうですね。そろそろ次の方が出てこられる時間ですし」
事前に顔合わせがあった際、細かい作戦は立てられなかったものの、一定時間での交代は決まっていた。護衛任務が数日かかるためだ。
ベータリアがエネルギーを見た。ドラゴンを倒して帰還するとちょうどよいところか。その分、外すわけには行かないが。
確実に、高威力の攻撃を当てる必要がある。倒せなければ補給に戻るのが困難になる。
大型超高周波ブレードを構えたロード・アナイアレイターの中で、しかしローザもベータリアも、震えてはいなかった。
「私がベータリアを」
「私がローザを」
1人で経験が足りないのなら、足しあえばいい。ただ、それだけだ。
ブレードが、ドラゴンを両断した。
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