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残暑の日の悪夢

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残暑の日の悪夢
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【地下一階の悪夢 1】



 地下へと続く階段を降りて直ぐ、一同の前へと現れたのは、金属製の三つの扉だった。

 ひとつは無数の手が伸びて絡んだような装飾の扉。
 ひとつは中心へ向かった手がハート型のシルエットを形作る装飾の扉。
 そして最後は左右から伸びた腕が、それぞれ刀を握っている装飾の扉だ。

 いかにも洞窟、といった様子の岩作りの遺跡の中にあって、それぞれの部屋の内容を象徴していると思われる三種の扉は、酷く不釣合いで、ギギィ、と不気味な音を立てて口を開くと、訪問者達を迎え入れたのだった。




 恋人のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がさっさと扉を選んで入っていってしまったのに「仕方ないわね」ため息をついたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、清泉 北都(いずみ・ほくと)三毛猫 タマ(みけねこ・たま)が潜ったのは、ひとつめの扉だった。
 無数の手が絡みあうようにして、上へ向かうような装飾のなされた扉の中は、5メートル以上の見通しが利かない程度に暗く、天井のやや低い洞窟になっていた。ぱっと見たところは、横一列で5人程が通れるぐらいの広さで、ちょっと湿気を帯びた生ぬるい風が肌を撫でてくる程度で、ある種のお化け屋敷程度の印象は受けるが、それだけだ。
「悪夢……って聞いてたけど、どうなってるんだろ」
「肝試しみたいに、途中で何か出てくるのかしら」
 北都とセレアナが揃って首を捻っていたが、振り返ったタマは、いつの間にか入ってきた扉が消えているのに気がついた。機械的な音はしなかったが、いつの間に消えたのだろう、と思っていると、その奥からぴょん、と跳ねたものがあった。
「……?」
 首を傾げるタマの素振りに、振り返った二人は、ぴょん、ぴょん、と跳ねているもの――が、まんじゅうなのに気がついた。それも、ひとつふたつではなく、次第にぴょんぴょんと増えてくる。確かに一瞬はびっくりはするが、悪夢には到底及ばないので、北都とセレアナは顔を見合わせて首を傾げていたが、余裕で居られたのは、そこまでだった。
「……な、何か聞こえない……?」
 セレアナが強張った声で言うのに、北都も段々とその表情を失っていた。先ほど入ってきたはずの場所よりも更に奥のほうから、カサカサと音がするのだ。よく見れば、影の輪郭が動いていて、まんじゅうを追いかけるように何かが近付いてきているのが判る。それは、長い触角に黒光りする体をした、楕円形の蟲で……およそ地球の人間でこれが好きだという人間は居ないだろう存在、しかも超特大サイズの――ゴキブリだった。しかも、その足元には子分なのか通常サイズのゴキブリがぞぞぞっと地を這うようにして蠢いているではないか。
 そしてそれは……明らかに、ぴょんぴょんと跳ねるまんじゅうと共に、一同に向けて近付いてきているのだ。
「―――ッ!!」
「きゃぁぁぁあああ!!」
 セレアナの甲高い叫び声を合図に、北都たちは一斉に逃げ出したが、当然、大小のゴキブリたちはまんじゅうと共に、一斉に三人を追いかけてきた。
「まんじゅうを追っかけてくるんじゃないの!?」
 思わずセレアナは叫んだが、北都は真っ青なままで首を振った。
「そうは言ったって、他に道が、無い……よっ」
 仮にまんじゅうがゴキブリたちの狙いだったにしても、今彼らが走っている道は一本道だ。避けようが無い。わき目も振らず、振り返りもせず、全力でかけ続ける二人の傍で、タマも必死に走りながら、叫んだ。
「まんじゅう! まんじゅうこわいのであるぅうううう……!」
 幸いなのかどうか、走ることが精一杯で、そっちかい! という二人のツッコミは、叫ばれることはなく、小さな笑い声が三名の耳に届くことも無かったのだった。




 阿鼻叫喚の叫び声が、一つ目の扉の向こうで響き渡っている頃。
 全く違う光景が展開されていたのは、二つめの扉。縁から中心へ向かった幾つかの手が絡みながら、ハート型を作っている、といったシルエットの装飾の扉の中だった。
 一つ目の扉の向こうとは打って変わって、洞窟めいていた入り口と似ても似つかない、最地下のサロンに負けず劣らずの豪華な内装をした一室となっており、奥は大きなカーテンが下がっていて伺えないが、下品ではない程度にムーディな光に満ちたその空間は、様々な華が鮮やかに咲き誇る空間だった。
「……この状況は、想定外だな」
「そうですわね」
 と。互いに神妙に言いはしたが、剛太郎とソフィアの二人の表情は、明らかにこの状況を望んでのことだと語っている。
 剛太郎の傍では、ゴシックロリータな少女や、ミニスカートタイプのメイド姿の女性たちが侍って、ご主人様にご奉仕いたします、とケーキひとつにも手ずから口に運んだりなどしてちやほやしており、ソフィアの傍では、知的なタイプから王子様タイプまで様々な美形が褒めたり触れたりでもてなし、大きな目が愛らしかったり、ちょっととんがった風情が逆にくすぐるような美少年達が、懐いたように傍に侍っている。お互いに、この状況は不可抗力だと言い合ってはいるが、内心では目的通りとガッツポーズを決めているあたり、どっこいである。
「はい、ご主人様、あーん」
 メイドの一人が、ケーキを切っては、しゃがんだ姿勢でミニスカートの裾の内側をちらちらさせながら剛太郎の口へ運んでいる間、黒基調のゴシックロリータの少女が腕を絡めながら、自分を構え、とばかりにぴっとりとくっついて来た。服装のおかげでわかりにくいが、腕に当たる胸元の感触はなかなかのご立派さを主張している。思わずごくりと生唾ごとケーキを飲み込んだせいで、喉につっかえたが、慌てて背中を撫でる、天使めいた白ロリータ少女の手の平も乙なものだ。そうこうしているうちに、ぴたりとくっついた黒ロリータの少女の足先が、剛太郎に絡みついてくる。
(……これは、至福であります……!)
 にやけずにいるのが精一杯と言う風情の剛太郎の一方で、ソフィアの様子も似たようなものだった。
「そこ、そこはもうちょっと強く………っ、そう、そうですわ」
 好みの美形二人を両端に、肩を揉ませてみたり、ケーキを切ってもらったり、美少年二人に器を持たせつつ、デザートを口に運ぶ姿は、女王様のごとくである。

「まぁ、綺麗……!」
 一方、こちらは羅儀が、傍に侍っている女性へ、用意よく持ち込んでいた花束を渡している所だった。お世辞でなく喜んだ様子の女性に満足しながら、お次は、とワインを差し出した。金髪に銀髪、ショートからロング、グラマーからスレンダーまで、羅儀を取り囲んだ色とりどりな美女達は、その体に抱きついたりなどしながら歓声を上げたが、うち一人がグラスを用意しながら首を傾げた。
「良いの? こんな上等そうなワイン」
「大丈夫、大丈夫、支払いは白竜がするしさ」
 な、と、美女二人に肩を回しながらの羅儀から、ちらりと視線を向けられた白竜の方は、肩を竦めるだけを返答に、自身の持ち込んだシャンパンをふと眺めた。天音からクローディスの誕生日を聞いて持ち込んだものだが、その視線を更に別にやって、白竜は息を吐き出した。
 その視線の先では、周りの状況のせいか、やや緊張した様子の大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が、隣に腰掛けたクローディスから水を受け取っている所だった。
「……では、頂くであります」
 周りの状況のせいもあってか、やや緊張した様子ながら、ごくごくと受け取った水を飲み下す丈二のもう片側の隣には、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の姿もある。どうやら丈二は別口から逃げ込んだ所、この部屋に辿り着いたらしい。額に汗しているのを、クローディスが拭うがままにされている。
「はい、丈二。走り回って、暑いでしょう?」
 そんな丈二に、ヒルダが差し出したのはカキ氷だ。確かに、部屋の中はひんやりとはしているが、体はまだ走った分の熱がこもりっぱなしだ。その上へクローディスがシロップ、らしきものをかけたところをありがたく頂いて、丈二はそれを口に含んだが、その途端キーンっと、特有の頭痛が走った。
「ん、口に合わなかったか?」
 思わず眉を寄せていると、クローディスが首を傾げるのに、丈二は首を振った。
「いえ、ちょっと独特でありますが……」
 言いながら隣を見れば、ヒルダが美味しそうにかき氷を頬張っているので、負けじとかきこんだ丈二だったが、ぼんやりと内心でその首を傾げていた。
(……ヒルダ達とははぐれたと思っていたのでありますが……気のせいだったのでしょうか?)
 それに、ともう一口カキ氷を口にして、丈二は首を傾げた。歯ごたえがどうも、普通のカキ氷とは違うような気がするのだ。それに、シロップだと思っていたものも、あまり甘さを感じない。
「……これは、何味なのでありますか?」
 首を傾げた丈二に、クローディスは「ああ」とにっこりと笑った。
「彼女から貰ったフライシェイドの佃煮を、凍らせて削ったものだ」
 ちなみにシロップだと思っていたのは、乾燥させたフライシェイドを漬け込んだ特製漢方薬らしいが、丈二は殆ど聞こえていなかった。ガチンっとそれこそ氷のように固まってしまった丈二だったが、両脇からがっちりと肩を掴まれて逃げを阻まれると、耳元で恐ろしいほど優しい声が「残さず食べるのよ」と囁いたのだった。