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残暑の日の悪夢

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残暑の日の悪夢
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【悪夢】あくむ
  1 嫌な恐ろしい夢。また、不吉な夢。
  2 この世のものとは思えない程の悲惨な光景の比喩。





 その舞台となった場所の正式名称は、今もって不明である。

 そんな、主に訓練等に使用している由縁で、日帰りダンジョン、と通称されるその任意可変型という一風変わったダンジョンは、普段の趣とはやや変わって、ダンジョンの三人の管理者の内の一人であり、普段は障害として待ち受ける役を担う機晶姫アルファーナ・ディスリーが、入り口をくぐったすぐのところで、訪れた一同を受付嬢よろしくにこやかに出迎えた。

「ふふふ……ようこそいらっしゃいませ。ナイトメア・ツアーへ」
「ようこそナイトメアへー」

 相変わらずの体つきを惜しげもなく露出するアルファーナの声に被って、小さな赤毛の女の子がひょいっと足元で見え隠れしたのに、おや、と黒崎 天音(くろさき・あまね)が、覚えた違和感に首を傾げた。
「あれ、あんな女の子なんていたっけ」
 その違和感を率直に呟いたのは世 羅儀(せい・らぎ)だったが、叶 白竜(よう・ぱいろん)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、そんな二人の反応に軽く視線を動かして眉を寄せた。何となく追求を避けていると「そんなことより」とルカルカ・ルー(るかるか・るー)が急いたように口を開いた。
「早くクローディスさんを助けに行かないと……」
 このダンジョンのある意味現在の持ち主とも言えるクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)が、アルファーナによって強制的に悪夢の部屋に送られてしまってから、既にそこそこの時間が経とうとしている。先を急ごうとする彼女の傍で、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)氏無 春臣が軽く顔を見合わせて肩を竦めた。
「そう急かなくとも、このダンジョンは命の危険は無い筈だろう」
 ダリルが言えば、氏無も「そうそう」と頷いてみせる。特に氏無の方は、たまたまクローディスに用事があって訪れていただけだったのだ。帰りたそうな空気をだだ漏れにしている氏無に、ダリルは同情的ではあったが、残念なことにそれはあくまで、的、である。
「ルレンシア女史なら、自力で何とかすると思うんだけどねぇ……って、え、ちょっと?」
 面倒くさそうに溜息をついていた氏無の腕を、伸ばされたルカルカの腕がぐっと掴んだ。ちなみに、ダリルが自分が腕を掴まれる寸前ですいっと避けたのは勿論、故意である。アルファーナが開いた地下へのい入り口の中へと、あっという間に連れ去られて行ってしまった氏無を、ダリルはしれっと敬礼で、白竜は何とも言えない顔で見送った。そんなそれぞれの様子に天音は「まあ大丈夫なんじゃない?」と笑った。
「大尉の言う通り、ここは彼女の庭なんだし、心配はいらないと思うよ」
「そうそう、それより早く行こうぜ」
 羅儀もそれに追従して促すと、その後ろでは大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)が酷く真面目な顔をして、開かれた入り口を半身だけ乗り出す形で覗き込むと、よし、と頷いた。
「前方、敵影なし。突入を開始する」
「了解ですわ」
 ソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)が、剛太郎に倣って頷いた。勿論、今回は敵は出ないと彼らも承知の上で『任意可変型ダンジョンを使っての市街地戦闘における建物内部の索敵掃討の訓練』としての行動である……らしい。
「とにかく、こんな所でぼうっとしているのも勿体ないでしょ」
 進むわよ、とニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が促すのに、皆ぞろぞろと、薄暗い地下へと足を踏み込んで行く。
「前に来た時より、やけに暗いような……」
 誰かがそう呟く声を飲み込んで、闇の中へと遠ざかっていく一同を見送るように、赤毛の少女が手を振っていたのを、天音だけが見ていた。


――さて、ご覧の皆様も、この先は――ある程度の覚悟の元、お進みくださいませ。


 アルファーナの意味深な声が、一同の背中を追いかけたのだった。