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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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第3章 お茶と、荒野の噂話


 召使以外はほぼ女性ばかりのホールで、男性の教室参加者は否が追うにも目に立つ。柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)も、そんな感じである意味悪目立ちしていた。
 事前にビラを見て興味を引かれ、「手芸感覚で魔鎧製作ねぇ、出来たら面白いじゃねぇか」という感覚で参加を表明し、来てみたはいいが、こうも女子ばかりではさすがに浮いている気がする。
(そもそも、前日に来てもやる事がねぇな)
 女子(令嬢)たちは、集まればお喋りに花が咲くというもので、教室の開催を待つ間でも、楽しく時間を過ごすことができるのだろうが……と、辺りを見回していると、誰かからお茶のカップを渡される。にっこり笑って会釈するどこぞの令嬢にぎこちなく一礼すると、離れた所にいた令嬢たちも「ご機嫌いかが?」などと近づいてくる。
「変わったお召し物ですのね。どちらからお越しに?」
 女の園(?)に場違いに紛れ込んだ若い、それも貴族的な雰囲気の希薄な男性への好奇心のあからさまな表れなのかも知れないが、令嬢たちは皆折り目正しく、フレンドリーだ。ここはもう場違いだとか気にせずに、仲良くお喋りでもして時間を潰すことにしよう。実際、他に大してやることもなさそうだし。
(貴族様と繋がり作ってみるのも、面白そうだ)
 そこで、綺麗なソファにどっかと座って、令嬢たちを相手に、今まで体験してきた冒険譚やトレジャーハントの話をしてみることにした。彼女らのような生まれ育ちの者には経験すべくもない話だろうから、上手くいけば食いつくだろう。会話の流れで相手の事も色々聞き出してみよう。
 令嬢たちは、恭也の口調や所作などに貴族的でない……悪く言えば粗暴にも思えるものを感じて、最初のうちはやや恐る恐るという風に近付いていたのだが、口調は多少乱暴でもこちらに対して害意がないことは段々に伝わってきて、結局「今までに会ったことのないタイプだが悪人ではない」と判断し、物珍しさも手伝って、彼の話を聞くために寄ってきていた。
「……まぁ、それではずいぶん恐ろしい窮地を潜り抜けてらしたのねぇ」
「わたくしだったらとても耐えられませんわ、そんな苦境」
「まぁな、それでも得るもんはあったからな。戦利品って奴だな。ちなみにこの蒼き涙の秘石も戦利品の一つでな。傷を癒す能力があるんで重宝してる」
「まぁ、凄いですわ。昔おとぎの本で読んだ『癒しの宝石』みたい!」
「そんなに怪我をしますの? なんだか怖いですわ……」
 令嬢たちは恭也の話に気持ちいいほどに大きくリアクションを返してくるが、予期した以上にかまびすしい。それぞれが口々に思ったことを出し、ちょっとした点で質問攻めにしたりする。出来れば彼女たち自身の話も聞きたいのだが、相手が多いこともあって会話のイニシアチブが取れそうで取れない状況だった。
 そうやって話しているうちに、いつしか、恭也の冒険譚に自分の聴いた話をかぶせるようにして質問してくる令嬢の存在に気付いた。他の娘たちからは「シュシュリィさん」と呼ばれている女性だ。
「……ということはもしかして、あのエリュシオンで起こったという奇妙な事件も直にご覧になっているのかしら? 私、風の噂で聞いたんですけど……」
「そう、空京というんですよね、その街! 私、行ったことはないんですけど、噂でその街で先日不思議な騒ぎが……」
 こんな感じだ。どうやらいろいろなところで、話のタネになりそうな変わった噂話を仕入れている女性らしい。自分たちよりずっとパラミタを見て様々な体験をしている恭也の話を聞いて、その噂の真偽を確かめられるのではないかとワクワクしすぎているらしい。
「そうそう、私、先日うちに出入りする商人から聞いたのですけど。先程仰った、あの……内陸の、荒野、でしたっけ?」
「あぁ、シャンバラ大荒野のことか」
「そう! その大荒野にあった、闇商人のアジト? 何やら恐ろしい暴漢の巣窟という気がしますわね。そんなアジトなる場所が先日、一夜のうちに何者かの手で壊滅状態になったとか!
 お聞きになったことあります?」
「……、いや、それは聞いたことねぇな」
「シュシュリィさん、その闇商人って……」
「えぇ……あ、恭也様は御存じないでしょうね。私どもの地元にはよく、花妖精を売る闇商人が来ていたものですのよ……!」
 声を低め、とびきりの秘密を話すかのような口調でシュシュリィは囁く。
「それが最近、パタッと姿を見なくなって。大荒野のどこかで、潰されたアジトの建物の中に外に、何十人もの闇商人の切り刻まれた骸が転がっていたとか……!」
 想像したのか、周りの令嬢たちの間から小さな悲鳴が上がる。シュシュリィは満足そうだ。
「誰がそんなことをしたのか分かっていないのですけど、それが本当に一夜のうちに行われたというのだから、不思議ですわねぇ。もちろん、噂話にすぎないんですけど……」
(まるっきり都市伝説だな……大荒野は都市じゃねぇけど)
 そんな風に思いながら、恭也が内心で溜息をついて、大分冷めたお茶をごくっと飲んだ時。
「あら、どうかなさいまして? メレインデさん」
 そんな声に注意を引かれ、目を上げると、どこか固い表情をした――青ざめて見える――令嬢が目に入った。髪をアップに結い上げ、その場にいた他の令嬢よりもどこかスポーティというか活発そうな印象を受けたことを、恭也は覚えている。彼女は「メレインデさん」らしい。
「い、いえ、別に……」
 声をかけてきた令嬢にそう言って、メレインデ嬢は、腰かけていた椅子からさっと立ち上がった。
「あの、私、部屋に忘れ物をしてきたのに気付きましたので……ちょっと失礼しますわ」
 そして、そそくさとホールを出ていった。


 メレインデは、ホールを出て回廊状の廊下を回り、小部屋の並ぶ棟に小走りにやって来た。普段おっとりと歩いて走ることなど稀な貴族の令嬢には珍しい姿だ。厳格な教育係にでも見られたら「マナーがなってない」と怒られるかもしれない。だがそんな人物はここにはいないし、元来メレインデは他人に影響を及ぼすわけではない多少のマナー違反は、自他関係なく寛大な方だ。
 それに何より、慌てていた。急いでいた。
 自分の部屋の近くまで来た時、メレインデは一瞬緊張が緩んでホッとしたような表情を見せたが、すぐにハッとなった。壁の角に身を隠した。


「この辺りには、誰もいませんね。参加者に開放している小部屋ばかりですし……何か変わったものが置いてあるとは思えません」
 クリストファーとクリスティー、それにシイダが、小声でぼそぼそ話しながら、廊下をゆっくり歩いているのが見えたのだ。
「館のスタッフもいないようだね」
「それほど多くいないようだな。入館のチェックが甘いのも、人手が足りていないことの反映なのかもしれない。
 足りない人数で煩雑な作業をしていると、どうしても細かいところまで手が行き渡らなくなるからな。こっちには好都合、か」
「あまり警備などの人数が多いと物々しくなりすぎて、参加者たちがさすがに違和感を覚える、ということもあるかもしれませんね。
 どうします? 人の集まっている部屋に行ってみましょうか」
「そうしようか……はぁ。何となく気が重いけど」
「大丈夫だって、心配しなくても、ちゃんと令嬢っぽいから」
「……」
「で……シイダさんは? 知り合いがいるかもしれないけど、平気かな」
「大丈夫です。参りましょう」
 そして3人は立ち去った。
 交わしていた言葉のすべてがメレインデに聞こえたわけではなく、また聞こえたとしても何の話なのかまでは分からなかっただろう。だが、メレインデは唇を噛んで、視線を落とし、何かを考える暗い表情のまま佇んでいた。3人の気配が完全に消えてもしばらくの間、動かなかった。
(シイダ……来てたなんて……)

 やがて、ようやく我に返ったように、メレインデが自分の部屋へ向かって踏み出そうとした時、
「どうかなさいましたか?」
 背後から声がかかって、メレインデは飛び上がって驚き、振り返った。
 立っていたのは十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)だった。


 キオネからコクビャク絡みと思われる事件の話を聞いて、宵一は、その奇妙な教室とコクビャクとの繋がりを確かめるべく潜入を決めた。情報を探る役は同行したパートナーたちに任せ、自分は『黒薔薇の執事服』と『一流奉仕人認定証(バトラー用)』を身に着けて、雇われた執事という体裁を整えて館に入った。パートナーたちの仕事をやりやすくするため、館の如何にも怪しげな部分にスタッフや参加者である令嬢たちが近付かないよう、表の目を引きつける役として。
 今のところ、参加者たちのほとんどは、ホールでパーティー……社交活動に精を出している。妙な動きはなさそうだった。
 そこでスタッフの動きを監視するためにも、裏方の仕事で積極的に動き回ることにした。スキル【晩餐の準備】を使用して夕餉の準備をする傍ら、宵一は、スタッフからも情報を得られないかとコミュニケーションを試みていた。
 以前、コクビャク絡みの事件でその名を知った魔鎧職人スカシェン・キーディソン――その人物が、今回のこの教室の一件に関わっているのではないか。その疑いを持っていたからだ。
 しかし、料理に従事しながらの試みはあまり上手くいかなかった。この館で供する食事を用意する料理人たちはみんな、今日と明日のために近場の料理店などから雇われてきた職人ばかりだったので、教室開催に関する深い話はほとんど知らなかった。たとえこの教室の裏にコクビャクがいても、この雇われ料理人たちは無関係の外部の人間だろう、と判断した。
 しかし、確実に事情を知っているだろうスタッフから、聞き出すのはあまりに難しい。下手をすると身分を疑われ、折角うまくいった潜入がおじゃんになりかねない。やはり、参加者の令嬢たちから……などと考えながら、ホールで使う茶葉の瓶を食料庫から持って、運んでいる途中だった。メレインデを見たのは。
 キオネから話を聞いた時、シイダとも会った。メレインデの奇妙に戸惑った表情は、シイダに反応しているように見えた。シイダはキオネの協力者だ。
 なぜ彼女は躊躇したのか。彼女は何か知っているのだろうか。
 そう考え、思い切って声をかけた。
 振り返って宵一を見たメレインデは、ちょっと戸惑ったような、曖昧な表情を浮かべ、恐らくは何かありきたりな言い訳を口にしようとしたのだろう。だが、それより早く、
「……シイダさんに、何か御用でも?」
 さらに思い切って――令嬢に対して不当に威嚇にならないよう【貴賓への対応】を使いながら――尋ねた宵一の言葉に、令嬢は目を丸くした。
「シイダ、……さん、を、ご存じなの?」
 宵一は「まぁ」と濁しながら頷く。あまり、シイダに対して敵意や害意を持っているという様子ではない。むしろ令嬢らしくもなく、呼び捨てに「シイダ」と言いかけた声音には、友好のようなものが感じられた。
「あの方……今回、参加していらっしゃるの?」
 その問いに、一瞬何と答えようか迷った。が、宵一の答えを待たず、
「そんなはずは……魔鎧が魔鎧を作るって……できるのかしら……?」
 呟いたその言葉にハッとなる。キオネの話では、シイダは魔鎧になってから、あまり社交界に出ていかなくなったということだが。宵一の視線の意味に気付いたらしく、メレインデは何故だか、寂しそうに呟いた。
「彼女が言いがらないことを、何故知っているのかとお訊きになりたい顔ですわね。
 ……私も彼女も、住んでいるのは片田舎ですから。いろいろ口さがない者もおります。
 それでも私は……彼女がいつかまた昔のように、庭で摘んだ花を満たした籠を持って会いに来てくれたらと」
 そこまで呟いて、メレインデは我に返り、不意に感傷に浸った己を自嘲するように苦笑した。
「いえ、詮無いことですわね。……彼女には彼女の何か目的があっていらしているのでしょう。
 そして、あなたはそれをご存じ……いいえ、詮索は致しませんわ。人にはいろいろな事情がございますものね」
 言いながら宵一に投げかけた笑いは「令嬢」らしくない、どこか悪戯っぽい感じのものだった。それでは御機嫌よう、と軽く会釈するメレインデを、宵一は「あ、ちょっと」と慌てて引き止める。
 何となく、彼女となら少し砕けた話をしても大丈夫な気がした。
「実はお聞きしたいことが……
 この魔鎧教室に、スカシェン・キーディソンという人物が、スタッフか何かで関わってたりしないかと」
 メレインデはきょとんとした顔で、宵一を見返した。
「スカシェン・キーディソン……? えぇ、今回のお教室の講師の方ですわよね?」




 宵一がやや急ぎ足でその場を立ち去った後、メレインデはしばらく足を止めていたが、今度こそ自分の部屋に向かおうと一歩踏み出した。だがそこに、またしても彼女を呼び止める者が現れた。
「メレインデさん……ですよね?」
 北都とソーマがこれまた急ぎ足でやって来た。
「貴方がたは……?」
 ホールで得た情報をもとにメレインデを追ってきた北都は、単刀直入に切り出した。
「ある花妖精の子を探しているんですが……」
「……もしかして、ララカ?」
「!」
「やっぱり……シイダがさっきいたのも、そのためなのでしょうね」
 何かを感じていたらしいメレインデは、北都らの追及を待たず、あっさりと白状した。
「私が、本人に頼まれて、ララカの身柄を預かっております。
 ララカ本人は、この教室で魔鎧になることを望んでいるようですが……」
 そう言って、メレインデは呆気に取られたように見ている2人から視線を外して、自分に宛がわれた寝室の扉をちらりと見た。そこに、ララカがいるのだろう。
「もしかしたら、心変わりするかもしれませんわ」
「どういうことですか?」
「……先程聞いたのです。シャンバラの大荒野にあった闇商人のアジトが壊滅した、という話を」
 その言葉だけでは要領を得ない表情の2人に、メレインデは説明し始めた。

「ララカは闇商人に囚われ、売られた花妖精で……私の友人、シイダさんの家にいたのですが……
 彼女は、花妖精の売買で私腹を肥やす闇商人に対して、恨みや怒りをずっと抱いていたようなのです。
 魔鎧となることで魔族の力を得、同胞を助けるために闇商人の組織と戦いたい。彼女は私にそう言いました。
 魔鎧の身となったからとて、そのようなことが彼女に可能になるのか、私にはしかとは分かりませんでした。
 おそらくですが、ララカはシイダさんにもそのように諌められたのでしょう。
 それで、彼女の元を飛び出し、彼女の友人として面識のあった私を頼ったのです。
 このような初心者のための教室で魔鎧に首尾よくなれたとて、彼女の目的が達せられるかどうか。私も止めたかったのですが、彼女の決心は固かったのです。
 仕方なく、一応私の使う素材、として連れては参りました。ですが……」

 メレインデは一息つき、こう締めた。
「もし闇商人のアジトが壊滅した、という話が本当なら、彼女の目的は消滅します。魔鎧になる意味はなくなるでしょう」
「……そうだったんですか」
 やや呆然として頷く北都とソーマに、メレインデは柔らかに苦笑した。
「正直、ホッといたしました。
 彼女は熟考すべきことを早まって為そうとしているのではないかと、内心案じておりましたから」
 メレインデはそう言うが……また、彼女が決断を早まる理由がなくなったことは喜ばしいことなのだろうが、人生をかけるほどの目的が急になくなって彼女は大丈夫なのだろうか……という不安が一抹、北都の胸にはよぎらないでもなかった。それが分かるようにソーマも、少し神妙な顔で北都を見ていた。
「さっきシイダの姿を見かけた時、声をかけてララカのことを話すべきだったのですが、経緯のことを考えると戸惑いが先に立ってしまって……」
 言いながらメレインデは、扉のノブに手をかけた。そして2人を見た。
「お会いになりますか? ララカに」
「はい……できるなら」
 北都とソーマは、メレインデに続いて部屋に入った。小ざっぱりとした、高原のペンションの一室を思わせる室内。荷物はきちんとまとめて隅に置かれている。
「ララカ。ララカ? いいかしら?」



 だが。
「いない……?」