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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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第6章 その時≪タイミング≫


 頭の上に赤、ピンク、白、黄色、橙の小ぶりなポーチュラカの花群を咲かせた花妖精ララカは、薄暗い地下廊下を懸命に走っていた。
(助けて! 誰か助けて!!)
 叫ぼうとしても、恐怖で声が喉に張り付いて出てこない。




 つい半時ほど前。

(あの方……あれは確か、クローリナ様……)

 自分をここに連れてきてくれたメレインデ嬢には「部屋で大人しく待っていて」と念を押されたが、周りの様子が気になってならず、ついそっと、廊下に滑り出し、歩き出した。
 そこで偶然見かけたのは、クローリナ嬢――シイダの屋敷に何度か尋ねてきたのを見かけたことのある、内気で大人しい令嬢。
 シイダの特に仲のいい友達として、メレインデと双璧でララカの中に記憶されているその令嬢は、ララカには気付かず、変にそそくさと周りを憚るような物腰で、小走りに去っていった。
 いつもゆったりと歩いている令嬢が人目を憚りながら小走り、という時点で何か、不審なものを感じる。
(シイダ様はいつも、内気すぎるあの方のことを気にかけていた……)
 魔鎧に変わった身に引け目を感じて、友達づきあいがめっきりなくなった今でも、シイダが友のことを懐かしく考えていることを、傍に仕えているララカは知っていた。

 気になって、彼女の後を付けた。

 クローリナは、誰にも見つからないよう気を配っている様子で、こそこそと、1階のバルコニーから出ていく。
 バルコニーの横には、植木の鉢が幾つか並んでいる。それをクローリナは、鉢の重さに苦労しながら幾つかどかした。
 すると、地面に地下室に続いていると思われる観音開き式の扉が現れた。
 ――知らない令嬢たちと挨拶を交わし続けることへの気疲れから、休息を求めてたまたまバルコニーに出て来た時、何気なく鉢植えの花を眺めていて、その下に扉が隠れていることに気付いたのだった。
 なぜ、封をするように上から鉢を置いてあるのだろうと不思議に思ってみてみると、扉の近くに注意書きを描いたようなタイルが地面にはめ込まれていた。

『非常通路に繋がっています。中に扱うのに細心の注意を必要とする機械があるため、関係者以外立ち入り禁止です』

 その時は、なるほど、間違いが起こらないように扉自体を隠しているのかと納得してその場を離れた。
 しかし、今クローリナは、その扉を開けようとしている。幸い、扉はかんぬきで閉められているだけだ。指を土で汚すことになったが、扉は軋みながらもごく簡単に開いた。

 ――自分のような、何の才も取り柄もない者が、本当に魔鎧など作れるのだろうか。
 あのホールにいて、いろんな人の話を聞いているうちに、だんだん不安が膨らんでいった。
 最後に得た、縋る一すじの糸となるかもしれないキーワードは「特殊な機材」。
 自分以外の何か、そのために特化され、自分などよりよく分かっている人間によって設えられた強力な「システム」がサポートしてくれるなら……
 その存在を確認できたら、この不安からきっと解放される。
 それが「地下室」にあると考えたのは、直感だった。
 館に到着した時に、教室のスタッフから簡単に館内の説明をされた時に、「地下室には専門の業者以外が触ってはいけない機械などがあるので、立ち入りはご遠慮願います」と簡単な注意を受けていた。
 だから、館内にある地下室への入口は避け、この隠された扉から入っていくことにしたのだ。禁を冒すことへの罪悪感はあったが、どうしても安心したかったのだ。

 そんな彼女の心情を知る由もないララカは、不審に思いながらも、彼女がしっかり閉めていった扉を開けて、そっと追いかけた。
 そして、行き着いた部屋で見たのだ。
 どこか怯えて様な顔をして室内の機械類を見ているクローリナの背後から、忍び寄った男たちの姿を……




 駆ける足音が、廊下の冷たい石壁に反響する。続く、鈍い物音。
 明かりのろくにない暗がりを走るから、すぐに何かにぶつかり、躓いて、ララカはもう手足が痛い。
 どれだけ逃げ回っただろう。何故、地上階に出られないのだろう。
 ――地下の廊下が意外に入り組んでいて、施錠で思わぬ行き止まりができているのを、ララカは知らなかった。




「なんだか不健康な気配のする場所だな」
 地下の廊下を歩きながら、ケイン・マルバス(けいん・まるばす)は胸糞悪そうに呟く。
「不健康な気配ちゅうのはよう分からんが、埃っぽくて空気が悪いんは確かじゃのう」
 その彼のボディーガードとしてともに歩きながら、及川 猛(おいかわ・たける)も顔をしかめる。
 パートナーの荒神達が地下で見たという機械類に、不穏なものを感じて実際それを見るためにケインは足を運んでいた。ザナドゥで魔鎧や悪魔等をも相手に診察をしている(モグリの医師だが)彼にしてみれば、今回の魔鎧教室の件は「軽いノリで作られるべきものではない」と不機嫌にならざるをえない。そこに持ってきて、シイダが魔鎧にならざるを得なかったほどの病を得たきっかけとなった人体実験が、この館で行われていたものかもしれないという情報がキオネらから出たため、その機械類というものに疑念が起こった。
(その機械から、シイダが侵された病気の治療法を確立する糸口が、もしかしたら見つかるかもしれんしな)
「!?」
 その時、足音に気付いた。遠くから響いていた、明らかに走っている足音。どんどん近付いてくる。
「来る!!」
「――わっ!!」
 猛が身構えた瞬間、すぐ傍の暗闇から影が飛び出してきた――廊下が暗いからそう見えたのだが。小さな人影だ。武装した敵か何かだったらすぐにも臨戦態勢に入ろうと思っていた猛が拍子抜けするほど、華奢で、無防備で、転ぶように2人の目の前に飛び出してきたのは。
「……なんじゃいあんた。そない慌てて」
「花妖精……もしかして、シイダの言ってた?」
 頭の上のポーチュラカを見て気付いたケインが呟くように言った。それを聞いて、少なくとも敵ではないと気付いたらしく、転がり出た少女――ララカは、喘ぐように声を絞り出した。
「たっ助けてくださいっ、変な男たちがクローリナ様をっ」
「なんだお前ら!?」
 気が付くと、追ってきた男たちがすぐ目の前にいた。
「侵入者か!?」
 武装というにはいささか貧弱だが、どう見ても相手を殴るためだろう、鉄の棒のようなものを携えている。ララカがひいっ、と息を飲んで身震いする。
「あれが……コクビャク、か」
 今にもこっちに向かってきそうなその姿を見据え、ケインが頷くように呟く。その一歩前に、彼とへたりこんだララカを後ろに庇うように、猛が一歩、進み出る。



「侵入者だと!?」
「どうする! 本部に連絡を……」
「さっきあの女のことで入れたばかりだぞ!! ……なんてこった!!」
 俄かに、館内が騒がしくなる。スタッフルームから数人の男が、地下室へ向かう廊下へと駆けていく。
「……うっ?」
 その男たちが、急にバタバタと膝をつき、倒れていく。
「……ささ、急いで急いで」
 その声と共に【毒虫の群れ】が男たちを襲い、その意識を奪う。『ベルフラマント』の隠れ身効果と【空飛ぶ魔法↑↑】で上から気付かれずに【しびれ粉】を撒いたルカルカが降りてくる。頃合を見て、粉を吸わないようにつけていたマスクを外す。毒虫を使役したニケもマスクを外し、
「急いで片付けないと」
 ごそごそと今度は地味な作業。
 ロープと猿轡で拘束して、地下室の適当な部屋に運んでいって押し込む。放置して令嬢たちに見つかっても面倒だし、彼らの仲間に見つかるともっと厄介だ。
「まだ仲間がいるはずだから、急がないと。逃げ出される前に」


「一体何が……、!」
 宿泊に使う棟の一室から出てきた男たちは、目の前にどやどやと現れた人影に目を丸くする。
「ここだ、いた!!」
 ホールから、様子のおかしかったクローリナの動きが気になって、それとなく彼女を追ってきた八雲と弥十郎、それにゲルヴィーンだった。目を白黒させる男たちの後ろ、半分開いた扉の奥に、後ろ手に手首を縛られた状態で寝台に寝かされている、意識を失っているらしいクローリナの姿が見える。彼女が人目を避けて移動しながら地下に入ったのには気付かなかったので、一旦彼女の姿を見失った彼らは、しかしその後館内をそれとなく見て回っているうちに、変にスタッフたちの動きが殺気立ってきていることに気付いたのだった。
「その方は今回の参加者ですよね? 何があったんですか?」
 一同を代表する形で弥十郎が問い詰める。地下の部屋から、気絶させたクローリナを運んできた2人の男は、一瞬言葉に詰まり、後ずさる。だが、彼女を人質に取られると見た八雲がさせまいとして扉の方に回り込む。それを取られた隙に、ゲルヴィーンが扉を閉めた。
 男たちが無力化されるまでの間にはまだ、クローリナは目を覚まさなかった。


 一部のスタッフは、混乱の地下室を抜け出て、館の外に飛び出した。
 だがそこに、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が控えていた。
 制圧の瞬間に、外に逃げ出してくる構成員を捕まえるべく、見回り員のような顔をして外に待ち構えていたのである。ちなみに館の正面玄関は、派遣されてきた空京警察官が固めている。
 ちょうど、こんなところに隠すもんなのか……と、クローリナが使った地下へ続く扉を見ていたところに、男が飛び出してきた。
「こいつ……っ!」
 一瞬ぎょっとしたものの、逆上して飛びかかろうとしてきた相手を、【ゴッドスピード】で見切って殴り倒す。
「中じゃ始まったみたいだな。一人も逃さんぞ」
 気絶した一人を横に押しのけ、聞こえてきた足音に身構え、飛び出してきたところを素早く捕まえ、抵抗させずにアームロックをかける。
「おい、地下からの抜け道はここだけか!? 全部吐かねえと怪我するぞ」
 そうこうしているうちに、庭が騒がしくなる。
「あっちか!」
 気が付くと、力み過ぎたか腕の中の相手は落ちていた。それを放り出し、音のした方に駆け出す。
 地下の出口はもう一つあった。後で分かったことだが、そちらにはしっかり内側から施錠がされていたため、鍵を持った人間が来ないと開けられなかったために開放が遅れたようだ。
 どちらにせよ、速度をスキルで強化したエヴァルトの獅子奮迅の戦いぶりで、一人も脱出は叶わなかった。



 制圧行動のさなか、一人のスタッフが、地上階の備品倉庫に密かに辿りついた。
 倉庫の奥に、予備の椅子やテーブルが積んである奥に入っていき、柱を押す。
 すると、柱の面が開き、えらく旧式の電話のようなものが現れた。
 それに手を伸ばす――その手を、横から伸びてきた手が掴んだ。
「――ひっ!」
「これが、本部へ連絡する専用機器か」
 暗がりから出てきた宵一が、掴んだ手首をそのまま返したので、男はねじれた痛みに悲鳴を上げて地面にひっくり返った。
 そこに、リイムが出てきて【眠り花粉】を振りかける。男はたちまち眠りに落ちた。
「大した偽装だ。サイコメトリしなかったら気が付かなかったかもな」
 柱の機器を見て宵一がそう呟き、振り返ってリイムの隣りに出てきたコアトーを見て、頷いて見せた。
 地下の視察を終えて、一旦リイムとコアトーは宵一の元に戻っていた。そんな時、一人のスタッフがこの倉庫に入ってやけに何かこそこそとしているのを見たのだ。気になって、中のめぼしいところをコアトーにサイコメトリさせたら、どうも通信機器を使って通信していたことが分かった。
 後で判明したことだが、ちょうど地下でクローリナが拘束された直後、そのことを報告していたらしかった。
 制圧行動が始まったと分かり、誰かがここに連絡を取りに来るかもしれないと待ち伏せていた、宵一の読みが当たったのだった。





 契約者たちの働きで、コクビャクの息がかかっているらしい館のスタッフたちはすべて拘束された。

 令嬢たちの何人かは、館内が騒がしいことに気付いたりもしていたが、その都度潜入している契約者が「スタッフが明日の準備で忙しくて、バタバタしていてすみませんねぇ」などと言いくるめて誤魔化したので、誰も真相に気付きはしなかったようだ。