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リアクション
ステージ
「おーい! 道具一式持ってきたよ〜♪」
そう言ってミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)村で借りてきた工具をどさっと置く。場所は一応村の土地でありながら何もないところ。祭の主な会場でもある場所だ。
「材料はあるみたいだしこれでステージづくり始められるね」
祭はミュージック・フェスティバルという名を冠しており、当然その主題は音楽に関するものだ。その催しの中には当然ライブもあり、ミュージック・フェスティバルの大きな目玉になっている。その大事なライブを行うステージ。それが今まさに作られ始めようとしていた。
「はい、ごぶごぶちゃんとこぼこぼちゃんにも。……工具の使い方分かる?」
その場には森を守るゴブリンとコボルトそれぞれ10人ずつ計20人の姿が村人たちに混じりあった。本来ならその役目から森を離れることが叶わない彼らだが、今はニルミナス防衛団が代わりに森を守っているため全体から見れば少なくとも、こうして村の手伝いにくることができていた。
「ありゃ、やっぱり言葉は通じないか」
渡された工具を受け取ったゴブリンやコボルトだが、ミルディアが何を言ってるかまでは分からないらしい。
「んー……どうすればいいのかな?」
どうやって意思疎通を図ろうかと頭を抱えるミルディア。最低限のジェスチャーを伝えられてはいるが、それで工具の使い方を説明するのは難しい。
「ミルディ、ここはわたくしに任せて頂けないかしら」
ミルディアが悩んでいる所に助け舟を出すのはパートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)だ。その手には少しばかり大きな紙がある。そこには何か絵のようなものが描かれている。
「というわけで、イラストを利用してステージ作成の手順を説明させていただきますわ」
そうしてイラストを利用して工具の使い方から作業の順番等を説明していく真奈。言葉が通じなく悪戦苦闘したが、そのイラストの分かりやすさからか、なんとかゴブリンやコボルトたちに作業に移れる程度の理解が広がる。
「――っと、後はジェスチャーで適宜支持すれば大丈夫そうですわ」
説明を終えて真奈は息をつく。
「けどこうしてみるとあれだよね。言葉は通じないっぽいけど、いい子たちだよね♪」
村人たちと協力しながらステージ作成に移るゴブリンやコボルトたちの様子を見てミルディアがそう言う。
「そうですわね。鞭は必要ないみたいですわ」
飴と鞭。作業の円滑にすすめるためそれが必要だと思っていた真奈だが、この場には飴だけでちゃんと働くものしかいないようだ。
「言葉は通じずとも、心で当たれば分かり合える……そう信じてきてよかったと思いますわ」
真奈の信じるもの。その一つの形がステージ作るこの場には広がっていた。
「うれしい誤算かな……この人員ならもう少し大掛かりなステージも作れそうだ」
ゴブリンやコボルト、村人や契約者。ステージ作成に携わる人員を見渡してエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はそう言う。
「となると……ここをこうして……予め用意してた材料だけじゃ足りなそうだね」
設計図を広げて変更箇所を書き込みひとまずの修正を行う。今回のステージ作りで設計図を作成したり材料を調達したりしたのはエースだった。村にある雑貨屋でありエースが経営するラグランツ商店を最大限に利用し、ステージ作りをバックアップしていた。
(けれど……ゴブリンやコボルトたちが好意でこうして手伝ってくれるというのは僥倖だね)
ありがたいことだとエースは思う。それだけに今回のことが彼らにとっても有益になることをエースは願う。どうにか技術交流的な側面を持てないかとエースは思っていた。
「地ならしが終わるまでに設計図の完成と追加の材料を揃えないといけないかな……リリア、俺は少しここを離れるから……って」
自らのパートナーの返事がないこと疑問に思ってエースは探してその姿を見る。
「シュトラール、今から作るステージでお祭りの日にライブをするのよ。一緒に見ましょうね」
そのパートナー、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)はユニコーンであるラセン・シュトラールのブラッシングを行っていた。
「リリア、シュトラールに構うのもいいけど、俺がここを離れる間頼むよ」
そう言ってエースは離れる事情を説明する。
「そういうことなら一旦休憩にしましょうか。根を詰めすぎてもいけないもの」
リリアはそう言いながらリリアは予め用意していたパンプキンパイとハーブティーを配る準備を始める。
「作業始まってそう経っていない気もするけど……」
「あら? だからこそ、ここで交友深めたほうが作業が捗るんじゃないかしら?」
ねぇシュトラールとリリアはラセンに問いかけるように言った。
「やっぱ、こんだけ大きなステージを作るんなら祭のためだけってのはもったいないわね。やっぱ常設にするべきだと思わない?」
地ならしも終わり本格的にステージ作りが始まった中、ステージの全容を想像しながらセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はそう言う。
「そうっすねー姐さんの言うとおりだと思いますよー」
話しかけられたニルミナス防衛団の男はどこか気の抜けた様子でセレンにそう返す。
「なに? あんたらもしかして休みの所を連れてきたのが不満なの?」
この場にはニルミナス防衛団の団員の姿があるが、彼らはいずれも非番の者達だった。
「いや、確かに寝てる所にいきなり首根っこ掴まれて連れて行かれたのには思う所ありますけどねー……村の一員として祭りの準備を手伝うことに否はありませんし、姐サンのそういうところはもう諦めてますし」
「? じゃあ、何が不満なのよ?」
「誤解の無いよう先に言っときますけど、姐さん個人のことは信頼していますし、戦闘面じゃ尊敬してるんですよ?…………でも、姐さんが現場監督って正気ですか?」
基本的に大雑把というか大味がすぎる部分があるセレンだ。防衛団の男が心配するのは当然だろう。……心配というには幾分毒が混ざっているような気がするが、これもセレンという人柄に慣れたためだろう。
「大丈夫よ。細かいところは私が見ているから」
そう言うのはセレンのパートナーセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。その言葉に防衛団の団員たちはほぅと大きな安堵の溜息をつく。
「……あんたらいい根性してるじゃない」
あんまりといえばあんまりの態度に、セレンは『鬼教官』として防衛団たちに檄を飛ばし作業に移らせる。
(ある意味自業自得というか……それでいてセレンの人徳というか……)
セレンと防衛団たちのやりとりを見てセレアナは思う。元野盗という負い目を持つ防衛団たちがこの村であれほど尊敬しながらも気安く接することができるのはセレンくらいのものだろう。少なくとも自分はああも軽口を叩かれたことはないとセレアナは思う。
(怖がられ……尊敬され……慣れ親しまれる)
自分には真似出来そうにないと恋人をそう評価するセレアナだった。
「それじゃあ、竜斗さん、音楽劇に参加してくださるんですか?」
ステージ作り、その二度目の休憩時間。様子を見に来た村長ことミナホは、この村を拠点に動く契約者『黒羽』の黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)にそう聞く。話題は目下ミナホが頭を悩ませている音楽劇の役者だ。
「ああ。どんな配役でも大丈夫だぜ」
『黒羽』として仕事として受けると竜斗は言う。
「それじゃあ、魔王の手下か悪い魔女の手下をお願いしてもよろしいですか?」
あるいはパートナーの方も参加していただけるなら両方ともとミナホは言う。
「魔王と悪い魔女ね……そっちの配役は決まってるのか?」
「魔王がお父さんで悪い魔女が私です」
(……悪い魔女の配役間違えてないか?)
と竜斗は思うが口には出さない。
「それで、その手下の役は何をすればいいんだ?」
「主役である瑛菜さんの邪魔ですね。音楽劇という前提と最終的に負ける、あるいは譲るといった展開でしたらある程度アドリブが効きますので、自由にやってもらって大丈夫ですよ」
「……アドリブって」
「あはは……実は大まかな展開は決まってますけど細かいシーンは決まってない状態で……メインキャストもアドリブ多いですよ」
おかげで瑛菜さんに呆れられたとミナホは言う。
「とりあえずは分かった。ステージ作りが一段落ついたらまた相談する」
そうして竜斗とミナホの話はひとまず終わる。……終わったのでずっと気になっていたことをミナホは聞くことにした。
「……それで、ユリナさんはどうして私を睨まれているんでしょうか?」
そう言うミナホの視線の先には竜斗の腕にしがみつくようにしながらミナホを睨む黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)の姿があった。睨むと言っても憎しいものを見るというよりも警戒の対象として見ている感じだ。
「あー……ミナホは何も悪くないから気にしないでくれ。俺がちょっと口を滑らせただけだから」
この間の事件の時、何気なく言った竜斗の一言を、夫を愛す妻は重く受け止めすぎていた。
(ミナホさんの胸……私より確実に大きいですね)
「あの……ユリナさん? 何を見られて……」
(……やっぱり竜斗さんも胸が大きいほうが嬉しいんでしょうか)
そう思ってユリナは溜息をつく。
「あの……私の胸を見た後にため息を疲れると地味に傷つくんですが……」
「……とりあえず気にしないでくれるとこっちも助かる」
どうにか収集をつけるため竜斗はもう一度そう言った。
「いい男……あんまりいないわねぇ」
ステージ作りに従事する人員を見回しながらシェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)はそう言う。いい男というより若い男自体少ない。それこそ契約者やニルミナス防衛団の男たちくらいだが、そっちはいろいろと怖い人が見張りをしているためしぶしぶながら対象外だった。
「いい女……も同じねぇ」
年頃の女性も男同様少ない。
「仕事しながらいい人見つけられたら最高だったのにぃ」
ステージ作りをしながらそんなことを思い男と女を漁っていたが、世の中そううまくはいかないらしい。
「あら? 可愛い子発見。……って、流石に小さすぎるわねぇ」
あと10年早く生まれてくれてればとシェスカはその少女――ホナミ――を見て思う。
「どうしたのお嬢ちゃん? こんなところにぃ」
力作業を主とする場にあまりに不釣り合いな姿にシェスカは不思議に思い声をかける。
「あの、おか……いえ、村長はどこにいるでしょうか?」
「村長? ええっとぉ……たしかぁ――」
「――ある程度予想していたとはいえ……まさかこのような幼子にまで手を出すとは……」
どこか使命に燃えた様子でシェスカとホナミの間に入るのはミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)だ。
「ミリーネ、流石にまだこの子には手をだしてないわぁ」
「『まだ』とはなんなのだ『まだ』とは! シェスカ殿、流石にそれは見過ごせぬぞ!」
「もぉ……別に今すぐ手を出そうって話じゃないのにぃ……ミリーネったら」
せっかちさんとおどけるように笑うシェスカ。
「でも、よかったわぁ。真面目なミリーネならその子のことちゃんと面倒見てくれるわよねぇ」
そう言ってシェスカはホナミの頭を撫でる。
「それじゃ、お嬢ちゃん大きくなったら一緒に遊びましょぉ」
そうしてシェスカはまた『いい人探し』に戻って二人の前からいなくなる。
「全く……シェスカ殿は。皆が一丸となって作業にあたっているというのに浮ついて……」
やはり自分が目を光らせなければとミリーネは思う。
「あの……それで……村長は……」
おずおずと言いにくそうにしながらホナミは聞く。
「ミナホ殿か。たしか先ほど主殿と話しておられたような……案内しよう」
そうしてホナミの手を取り歩き出すミリーネ。
「えっと……ありがとうございます」
「ふむ……年の割に随分としっかりしておられるのだな」
シェスカ殿にも見習ってもらいたいものだとミリーネは思うのだった。
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