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腐り落ちる肉の宴

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腐り落ちる肉の宴
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■ 死者達の宴 【2】 ■



「……安物のホラー映画でも、もう少しマシな演出するわよ」
 二色一対の二丁拳銃シュバルツヴァイスのグリップを握るセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は辟易と口を曲げる。
「そうね。ランチを中断された挙句、食事中には絶対に見たくないものに取り囲まれるなんてね。嫌な日もあったものだわ」
 天気が良いのでピクニック気分に公園で昼食を取っていたというのに。とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が同じ思いだと憤慨を共有した。
「……酷い匂い」
 公務の出張で制服姿の二人は濃い死臭にそれぞれに顔を顰めた。
「あんまり派手に動けないわね」
 突然の死者の復活に公園内は恐慌状態に陥っていて、逃げ惑う人も多く万が一にも流れ弾に当てるわけにもいかず、無闇矢鱈と攻撃できないと判断を下し手持ちの武装と使用できるスキルを確認する。
「なんかこういう傍迷惑かける人物に心当たりがあるわ。 ……ランチぐらいゆっっくりさせろっての!」
 エイミングの感度の具合を確かめるように一度標準を合わせたセレンフィリティは女王に加護を願うセレアナに視線を配った。祈り終えて胸の前で組んだ両指を解いたセレアナがそれに気づいて頷く。
「早く終わらせて仕切り直しましょう」
 外側に取り付けられた機晶石が印象的な銃であるソーラーフレアを取り出して、「ねぇ」とセレアナはパートナーを呼んだ。
「あれ、クロフォードじゃない?」
 やや遠くに白衣が見えた。日常ではまず見かけない服装に目が行って、きょろきょろと周囲を見回す顔に、それが知人だと知る。
「あ、本当。遊びに来てたのね。巻き込まれたのかしら」
 子供を抱えているのをみとめてセレンフィリティは増々とこの状況を生み出した人物にただでさえランチを台無しにされたのにと怒りを募らせた。
「行けそう?」
「いつでもいいわ」
 両足にゴッドスピードを掛け、行動予測を展開したセレンフィリティにセレアナは頷いた。
 互いに自然と背中合わせになる。
 セレンフィリティがスケルトンに向かって二丁拳銃の引き金を引いた。



 響いた銃声に予感を覚え急行していたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の超感覚で具現化した耳が敏感に反応し動いた。
「マスター、レティシアさん!」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)の二人が顔だけ振り返ったフレンディスに頷く。
「あれはクロフォードさん……達! 今すぐお助け致せねば……ッ!」
 再び前を見て眇めた視界の中、スケルトンの汚れた色とは違った白衣に気づきフレンディスは速度を上げた。
 柵を飛び越えた三人は、頭を殴らんばかりに濃くなった死臭に無意識にそれぞれの形で鼻や口を抑えた。
 公園内でも死臭の度合いが違うようだ。中心に向かって臭気が強まり、比例して死者達の数も多くなっている。死者の発生源は公園の中心と予想できた。
「ぞろぞろぞろぞろとナラカじゃねぇんだぞここは」
「誰がこんな事をッ」
 抵抗者と見做してブロードソードを振りかぶったスケルトンの胴を、猫の鳴き声のような不思議な細く高い薙ぎ風を響かせる猫剣ニャスコルドで砕けと横薙ぎに払ったレティシアに、別の方向から同じくスケルトンが走り込んできた。返す力で懐に飛び込もうとしたスケルトンの頭蓋を叩き斬った彼女に砕かれた胴を再生し終わった先のスケルトンが再び剣を振り上げていた。動作が追いつかない!
 スケルトンが振りかぶったブロードソードより高い位置で刀が陽光を受けて煌めいた。乾いた音を立てて骨が割れ砕ける。
「大丈夫ですか?」
 着地と同時に刀を構えるフレンディス。
「ああ、すまぬ」
「再生が早いな。元々の動きもどちらかと言えば俊敏。これは上から常に操ってるんじゃなくて、そう動けと組み込まれてるのか。厄介だな」
 分析するベルクは二人に目配せする。
「……犯人探しは後だ。被害者が増える前にとっとと片付けるぞ?」
「はい、マスター」
 日常では見せない澄み過ぎて底が伺えない透明な色を湛えるフレンディスの戦いに臨む眼に、レティシアもベルクに頷いた。
「あぁ、ベルク。我を妨害(支援)したら一緒に斬って捨ててやるから覚悟するがよい」
 ベルクの使い魔黒鷲・フレスベルグの変化した姿である、大きな漆黒の鷲の翼を象る黒鷲翼を背にし、行動予測しようと眼を細めるベルクに彼がやらんとしている事を察知したレティシアが冷徹故に、にやりとも受け取れる顔で笑った。
「この多さならば存分に斬って……否、叩き割ってやろうぞ」
 愉しくやらせてもらうとの宣言にベルクは複雑な顔で頷いた。
「何が起きているかは存じませんが、無力な人を襲う以上、私も手加減は致しませぬ」
 今尚人々を攫う死者達。
 フレンディスの靴底が僅かに地面を擦る。
「――お覚悟をッ」
 三人はそれぞれ三方向に散開した。
 両手に刀を携え、身を低く駆ける俊足。
 例え自分が傷ついても襲われている人を無事に護り切れるのならば、との決意の眼差し。
 避難する人々が気づかれる前に、己を見よとフレンディスは死者達の前に踊り出た。
 囮になるのなら本望と言わんばかりのマスターニンジャに生者を求めて死者達が一斉に動いた。



 阿鼻叫喚の狂乱絶えない公園からやや離れたビルの上。
 右腕に筒状のラッピングのリボンが愛らしい箱を抱え、転落防止用の柵に全体重を預けて下界を見下ろすルシェードは、機嫌が良いらしく先ほどからずっと鼻歌を歌っている。
「楽しそうだな」
 佐野 和輝(さの・かずき)がそんな少女の背に疑問を投げた。
 受けて、ルシェードが体ごと振り返った。和輝の後ろに隠れるように控えているアニス・パラス(あにす・ぱらす)に、少女はにっこりと笑って、柵に背を預けた。
「楽しいわぁ。天気がいいしぃ、風も涼しいしぃ、絶好のお散歩日和よねぇ」
 うっとりと蕩けるような顔で呟いて箱を両腕に抱え直した魔女に、会話の内容が掴めなくなり和輝は僅かに眉端を跳ね上げた。
「『散歩』なのか?」
 いつも以上に意図の汲み取れない危うい表情をしているルシェードに禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は首を傾げた。
「まぁ『素材集め』だけどぉ。でもぉ。はちみつちゃんとお外に出るのって久々だからぁ、お散歩でもいいかなぁってぇ」
「はちみつ、ちゃん?」
「えへへぇ〜」
「……」
 問えば蕩け切ったなんとも言えない至福の顔をされて和輝は思わず無言になった。
 はちみつちゃんと呼べるような人物は周囲に居らず、物に名前をつける趣味があるとすれば、魔女が指し示しているのはその腕に抱く箱の事だろう。しかし、あんな顔をされてしまうと、リボンで飾られた箱の中身について問うかどうか、迷う。
 幸せそうなルシェードに『ダンタリオンの書』は両腕を組んだ。
「なぁ、ルシェード。この『素材集め』は例のアレの続きか?」
「違うわぁ。アレも続けたいんだけどぉ、今はある実験道具が欲しくなってぇ、そっちの入手に時間かかっちゃってるのよぉ。急ぐぅ?」
「いやそれならいいのだよ。何か知識が必要か?」
「んー、男の口説き方ぁ?」
「は?」
「うふふ」
 『ダンタリオンの書』の反応に満足したのか魔女は公園に目を向けた。
「どちらにしろぉ、あたし欲しいのは絶対手に入れたいのよねぇ。今日はその事前実験……あれぇ、はなちゃんがいるぅ?」
 かろうじて見える公園の様子。
 知った者の姿が見えた。