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腐り落ちる肉の宴

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腐り落ちる肉の宴
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■ 死者達の宴 【8】 ■



 箱を腕に抱えたままの少女が両手を六回打ち鳴らすとルシェードだけが残ったビルの屋上に六体のゾンビが出現する。
 ふ、と。ルシェードは顔を上げた。
「あたしのぉ、負けかぁ」
 噴水の縁を壊されて、水に落とされた素材予定も奪い取られて、生者と死者の勝敗が今、決したのだ。
 明らかな落胆に両肩を落としたルシェードはそっと箱に頬を寄せた。
「はちみつちゃんあたし負けちゃったぁ。だからぁ、ちょっとだけ手伝ってぇ」
 その囁きに応えるように六体のゾンビが音もなく白い光の塵となって風に吹かれて空に消えていった。



 誰もいなくなったビルの上空を空飛ぶ箒に跨り旋回するネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)
 ネーブルはこの騒動に怒りを覚えていた。
「ネクロマンサーは……こんな事の為にある力じゃ……ない」
 跨る箒の柄を握りしめる手に力を入れる。
 音もなく「許せない」と唇が動いた。
「探し出して止めなきゃ……だね」」
 倒しても倒しても出てくる死者達に、これはどこかでこの状況を見て臨機応変に対応していると推測し、ならば場所は見晴らしの良い高い場所と空を飛行するネーブルは目に装着した万華眼のピントを合わせた。
 年齢や性別、体格などの特徴に応じて、生物だけが色鮮やかに映る特殊なレンズには様々な色彩をネーブルに見せるが、元々術者がどのような種族容姿かわからないので色があっても区別判断できず、また裸眼で確認しても公園の方を気にかける素振りを見せるような姿も無かった。
 どこに居る、と心が焦る。
 同じネクロマンサーとして許せず、一刻も早く首謀者を見つけて、騒動を終わらせないと。
「反省……しているって言うかもしれない……よね。でも、言葉でいくら言っても本当に反省したかなんて判らない……よね」
 背の低い建物。背の高い建物。公園を中心に広い範囲をぐるりと一周してみても、公園を眺めて何かをしているような人物は見つからない。
「反省するか判らないけど、相手にこれでもかってくらいの恐怖を与えればいいかなって思うんだけど……でも、逃げようとするかも、だし……でも――」
 怒りの表情で両唇の端を僅かに持ち上げる。
「な に が あ ろ う と も 逃 が さ な い」
 反省を促し二度と同じことをしようという考えをさせない為には。首謀者に対して相応の罰を、と考えを巡らせるネーブルの背後、公園の方から白色に輝く光が膨らんだ。



 噴水の縁。
 ひび割れの真上に音もなくルシェードは降り立った。
 破壊行為にひび割れ水を漏らす噴水の縁に立ったルシェードは抱える箱を持ち直す。
「ルシェード!」
 やはりお前が主犯かと、自分の名前を呼ばれてルシェードは、にーっこりとご満悦と微笑んで見せた。
「ひさしぶりぃ」
「何が久しぶりよ」
 二丁拳銃を構えたセレンフィリティ。その横でセレアナが一歩前に進み出る。顔にはありありと「一発殴らなければ気が済まない」と心情が浮かんでいて、契約者達からどれほどの怒りを買っているのかルシェードは理解した。
「あんまりぃ、怒らないでよぉ。今日はあたしが負けたんだしぃ」
「またそのような口を叩きおって! 何が負けじゃ。ゲームか? 競争のつもりであったのか? 随分と巫山戯た事を」
 羽純の隣で甚五郎が同感と頷く。
「ふざけてなんていないわよぉ。あたしはいつも本気だしぃ、ただちょっと派手だったかなぁとは思ってるわぁ」
「何が目的だ」
 問うベルクにルシェードは顔の向きを変えた。
 位置的な関係か、遠くに子供を抱えた破名が見えた。目が合って、驚かれて、睨み返されて、ルシェードは心底愉しくなってきた。
「本当はぁ、ただの実験のつもりだったのぉ。ついでに素材を集めれたらいいなぁって」
「実験ってどんな?」
 死者を弄るルシェードが素材集めに、死者の元となる生者の収集をすること自体はなんら不自然ではなく、疑問に思うべきは、素材集めをついでにしてしまえる実験の方だろう。
 どんな意図を持って実行に移したのか。
 微笑を浮かべたまま問う天音に、ルシェードは筒状の箱のリボンの一辺をつまんだ。
「原理はなんとなくわかったんだけどぉ、中々実験する機会に恵まれなくてぇ」
「どんな実験かな?」
 質問を重ねるがどうも会話が噛み合わない。
「一種のショーかしらぁ? デモンストレーションみたいなぁ?」
「ルシェード。それをお遊びっていうのよ」
 ルカルカが抑えた声で何がショーなのかと問い詰める。
「遊びじゃないって言ってるじゃないぃ。失敗したらあたし死んじゃうほど泣いちゃうわぁ。だけどぉ、見せつけたい人がいるからぁ、やってるのぉ。でもぉ、手間が省けたわぁ」
「手間……?」
 総司の声をルシェードは無視した。いや、無視したというより、箱にすべての感覚を注いでそれ意外眼中に無いようだった。
 リボンが解け、箱の包装が剥がれた。
 箱の、 ――否、箱と思われた円筒形の透明な硝子瓶を、うっとりとした表情で眺め、ルシェードは契約者達に向き直った。
 魔女が胸に抱くのは透明な液体で内部を満たし、白い神経の糸を底に沈める肉体を統べる部位を納めた硝子瓶。
「紹介するわぁ。あたしのパートナーでぇ、あたしの愛しい愛しいぃはちみつちゃん」
 紹介されて、多くの者が絶句する。
 契約者達に向かって、『パートナー』とはっきりと言った。
 それはすなわち、硝子瓶に詰め込まれたそれは今現在『生きている』ということだ。
「今日はねぇ、本当に特別なのぉ。本番以外なら一度だけ付き合ってくれるって今日やっと頷いてくれてぇ、お願いしたらいいよぉって言ってくれたのが本当に嬉しくてぇ、はしゃいじゃったってのはあるかなぁ」
 だから結果的に派手になってしまった。そこは反省しているとなんとも殊勝な態度だ。
「でもぉ。素材予定は奪い返されたしぃ、可愛い子ちゃん達は全滅だしぃ、結果あたしは負けちゃったからぁ、誰かさんみたいに今回は責任取ってあげるわぁ」
「責任、ですって?」
 訝しむセレアナに、ルシェードは頷いた。
「無かったことにぃ、してあげるぅ。みんなはぁ、協力してくれるはちみつちゃんに感謝してよねぇ? ああ。武器は回収するわぁ。死体よりも集めるの難しいのよぉ」
 少女は一度公園内を見回した。所狭しと転がっている夥しいそれらに彼女には珍しく不安そうな表情を浮かべた。それもすぐにうっとりとした蕩け切った笑みに取って代わる。
「ちょっとつらいかもしれないけどぉ、情報は多ければ多い方が良いって書いてあったから捧げる肉は大量に用意したのぉ、失敗しないようにあたしも配慮するからぁ、はちみつちゃんお願いぃ」
 ルシェードが硝子瓶に願うと微か中身が震えたように見え、
 ぽわり、と。ゾンビもスケルトンが、白く輝き始めた。
 血や体液、肉片や骨粉と余さす全てが白く輝く歪すぎて文字にすらならない何かに変換しながら、宙に舞った。死者達だったモノが輝く粉雪の如く舞い、光の粒は線状に変化し、格子状に全空間に展開しながら広がり最後に公園全体を包み込むと、
「ばいばーいぃ」
少女の声を最後に唐突に音も残さず掻き消えた。