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リアクション
★ ★ ★
「不審者は、いないと……」
シャンバラ宮殿のパーティールーム前の休憩エリアで待機している酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、周囲に目を配りながら言いました。いつも通り、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)の私設ガードマンです。本人は黙認していますが、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)からは、よけいなことだとちょっと目をつけられています。ロイヤルガードがいるのですから、必要以上の警備は遠慮したいようです。
「いくら、世界中で恋人たちがいちゃついている夜だからと言って、あなたまで追従する必要はないってことよ。ああ、まったく頭がおかしくなりそう」
そう言って、隣にいる酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が髪をかきむしりました。
「いや、そうでないカップルや、家族団欒でパーティーをしている人たちだって、たくさんいるだろう?」
なんで、思考がそこだけに行くと、酒杜陽一が軽く溜め息をつきました。
今日は、シャンバラ政府主催で要人たちのクリスマスパーティーが催されています。当然、高根沢理子も強制参加しているはずです。きっと、今ごろは、言いたくもないお世辞で社交辞令の真っ最中なのでしょう。
の、はずなのですが、ふいに、酒杜陽一は高根沢理子の姿を見た気がしました。何やらくたくたの着ぐるみを着て顔を隠していますが、酒杜陽一には分かります。
「また抜け出したのか!?」
酒杜陽一は、その後をつけることにしました。
人目を避けるように移動していった高根沢理子らしき人物は、展望レストランのあるフロアへと階段を使って移動していきました。レストランに入ると、すぐに高根沢理子本人が見つかります。
「こんな所で何をしているんですか」
自然な所作でむかいの席に座りながら、酒杜陽一が高根沢理子に訊ねました。
「あちゃー、もう見つかっちゃったの。せっかく、逃げだしてきたって言うのに」
また失敗かあと、高根沢理子がテーブルに突っ伏します。
「いいえ、たぶん、気づいたのは俺だけのはずです」
「なら、しーっ、しーっ。内緒だからね」
酒杜陽一の言葉に、高根沢理子があわてて口止めをします。
「そんなことしなくても、誰にも言いませんよ。よかったら、このまま、一般人のふりをしませんか」
「あっ、それはいいかも。溶け込んじゃえば、見つかりにくいよね」
酒杜陽一の提案に、高根沢理子が悪戯っぽく笑いました。
そのまま普通に注文して、普通のクリスマスカップルらしくひとときを過ごします。
「あっ、いたいた。はい、これ、言われた物持ってきたわよ。そうそう、みたらし団子もつけといたから、後で食べてね。じゃあね」
酒杜陽一に頼まれた荷物を持ってきた酒杜美由子が、大きな箱の入った紙バッグを酒杜陽一に渡して姿を消しました。
「それって、何?」
「ずっと、渡そうと思っていたんだ。よかった、やっと渡せる。メリー・クリスマス」
そう言うと、酒杜陽一が高根沢理子にクリスマスプレゼントを渡しました。中身は、あたたかいコートです。
「わあ、ありがとう!」
素直に喜んで、高根沢理子がコートの入った箱をだきしめました。
「リコさん」
なんだかいい雰囲気に、酒杜陽一が高根沢理子に顔を近づけます。ちょっとはにかんでから、雰囲気に呑まれた高根沢理子が目を瞑りました。
「はーい、そこまでです。休憩終わり」
その場のいい雰囲気を完全にぶち壊すセレスティーナ・アジュアの声が二人の目を覚まさせました。その後ろには、皇 彼方(はなぶさ・かなた)とテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)もいます。
「少しぐらいならと見逃してあげてたけれど、もう限界よ。私一人でいつまでも捌ききれないんだから。あなたもちゃんと外交の手伝いをしなさい!」
「いたたたたたたた……」
そう言うと、クリスマスプレゼントをかかえたままの高根沢理子の耳を引っぱって、セレスティーナ・アジュアが連行していきました。またねと、高根沢理子が、酒杜陽一に手を振ります。
前を行く皇彼方が人をかき分けて道をあけます。酒杜陽一にぺこりとお辞儀をすると、テティス・レジャが後ろに詰めました。
「さて、また、自主警備に戻るかな。でも……」
いつものパターンだと思いつつ、今年はちゃんとプレゼントを渡せてよかったと微笑む酒杜陽一でした。
★ ★ ★
「まったく、嫌な日よねえ。ねえ、そう思わない!?」
シャンバラ宮殿を後にした酒杜美由子が、裏通りにある居酒屋に来てくだを巻いていました。
「まあ、そ、そうなんだな」
ガッチリと肩を組まれて、一人飲んでいたモップス・ベアー(もっぷす・べあー)がちょっと嫌そうに身を退きました。酒杜美由子、完全な絡み酒です。
「別に、邪魔する気はないのよ。むしろ応援してるって言うの。でもね、なんであたしよりも先に片づこうとしているわけ。変でしょ、おかしいでしょ!?」
「は、はあ……なんだな」
「親父ぃ、お酒追加あ!」
完全に酔っ払っています、酒杜美由子。
「みんなあ、飲みが足りないぞ。もっとじゃんじゃん飲めよお。こんな所で一人で飲んでんだから、あたしにつきあえ。奢りだあ。浴びるほど飲んじまえ!」
「おおっ!」
泥酔した酒杜美由子の言葉に、安酒場にいた野郎共が一斉に歓声をあげます。
「じゃあ、ドンペリ、ボトルキープで」
「あっ、俺も俺も」
いきなり盛りあがる酒場なのでした。その後、支払いがどうなったのかは知りません。
★ ★ ★
「いかがですかな」
「うん、美味しいよ」
大型飛空艇発着所にあるターミナルレストランで、ホレーショ・ネルソンがマサラ・アッサム(まさら・あっさむ)に訊ねました。
要塞サイズの艦船が横着けできる空中桟橋を持った飛空艇発着所に隣接するターミナルステーションの最上階にある高級レストランです。
見た目はいつもとあまり変わりない格好ですが、一応マサラ・アッサムも少しドレスアップしています。ゴチメイだとこんな高級レストランは似合わなそうですが、一応ヴァイシャリーの名家の出ですし、テーブルマナーもちゃんとできることはできます。ただ、普段は面倒くさいので一切やらないだけなのでした。そういう意味では、やる気になれば、ちゃんとホレーショ・ネルソンの相手もできる娘ということになります。そんなマサラ・アッサムの様子を、ちょっと意外そうに、けれども、満足そうにホレーショ・ネルソンは見つめていました。驚きとは、新鮮なものです。それは、人と人との関係に、いつも新風を吹き込んでくれます。
「食事の後は、ビリヤードなどいかがですかな」
「いいねえ。この間、ちょっと練習してきたんだ。――負けないよ」
そう言うと、マサラ・アッサムがニヤリとホレーショ・ネルソンに笑いかけました。
ターミナルには、出港待ちの時間つぶしのために、ちょっとしたサロンがあります。リザーブした部屋に、ホレーショ・ネルソンはマサラ・アッサムを案内しました。
中央にはビリヤード台があり、ちょっと暗めの照明に照らされた室内の隅には、小さなバーカウンターもあります。
「ここは、キャロム台のようですね。何をしますか?」
「簡単なのがいいから、スリークッションかなあ」
「では、お相手しましょう」
穴のないビリヤード台の上に三つの玉をおくと、ホレーショ・ネルソンとマサラ・アッサムが玉を突き出しました。意外と、マサラ・アッサムも上手です。
ルールは簡単なスリークッションですが、それゆえに難しくもあります。でも、うまく当たると面白いです。
「よいしょっと」
身を乗り出して、マサラ・アッサムが手球で的球を狙おうとします。さりげなく、前の位置に回るホレーショ・ネルソンは紳士です。とはいえ、平気でエプロンの上に腰かけて、はだけたスカートから飛び出した脚を組むマサラ・アッサムは、ちょっとお行儀が悪いと言えます。照明やドレスの効果も相まって、かなり色っぽいのですが、本人があっけらかんとしているので、変に自然体なのでした。
「なかなかやりますね。おっと、そろそろ時間ですかな。この勝負、今回は勝ちはお譲りしましょう。でも、次回はこうはいきませんよ」
そう言うと、チラリと時計を見たホレーショ・ネルソンが軽くウインクをして見せました。勝負に手心は加えてくれているのでしょうが、ほとんどそれを感じさせないのはさすがです。
「時間って、何かあるのかい?」
今日の予定は任せてはあるけれど、いったい何があるのかとマサラ・アッサムが興味を持って訊ねました。
「その前に、勝者には報酬を。メリー・クリスマス」
そう言うと、ホレーショ・ネルソンが先ほど商店街で買ってきたクリスマスプレゼントをマサラ・アッサムに渡しました。小箱の中から出て来たのは、金の地金に翡翠の填まったブローチです。
「その緑色のリボンによく似合うと思いますよ」
マサラ・アッサムの胸元のリボンにブローチをつけてあげながら、ホレーショ・ネルソンが言いました。ちょっと恥ずかしそうにしながら、マサラ・アッサムが大人しくしています。いえ、ちょっと緊張して強張っているのでしょうか。
「さて、外を見てみましょうか」
ホレーショ・ネルソンが、マサラ・アッサムをベランダに誘いました。
「時間ですね」
そう言うと、パチンと指を鳴らします。
「合図きたー!」
桟橋に繋留してあるHMS・テメレーアのブリッジで、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が叫びました。耳につけたレシーバーからずっとホレーショ・ネルソンの睦言を聞かされ続けて悶え苦しんでいたのですが、やっと合図が来ました。
「スイッチオン!」
何やら無数のケーブルが這いずり回るHMS・テメレーアの謎のスイッチを押します。すると、一斉にHMS・テメレーア全体に飾りつけられた電飾が点灯しました。いやはや、巨大要塞の全体を電飾で飾りつけするなど、凄まじい手間です。この埋め合わせは、そのうちホレーショ・ネルソンにやってもらいましょう。
「凄い!」
突然、夜の薄闇の雲海の中に浮かびあがった巨大な光の船影を見て、マサラ・アッサムが歓声をあげました。
「フィナーレは、クルージングなどいかがですかな? 極上の宝石箱を進呈いたしましょう――聖夜の星空という。ねっ」
「喜んで」
ホレーショ・ネルソンの誘いに、マサラ・アッサムが即答しました。その陰で、HMS・テメレーアのブリッジで、レシーバーから流れてきたセリフに、ゴロゴロと床を転がって悶えるローザマリア・クライツァールでした。
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