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君が迎える冬至の祭

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君が迎える冬至の祭

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第3章 迷い、怖れて、それでも
 
 
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)がトゥプシマティ達の話を聞いたのは、西カナンを冒険中、天命の神殿に向かう途中のエースと出会って話を聞いたからだった。
 話の内容を聞いて興味を持ち、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)と共に神殿遺跡に向かう。
「フェイミィはカナン出身よね。何か知っていることはある?」
「オレもカナン全域のことを知ってるわけじゃねえしなぁ。
 随分辺境だし、昔に滅びて遺跡になっちまってるんだろ?」
 知らない、とフェイミィは言う。

 そうしてリネン達は、神殿に到着する前にトゥプシマティと合流して、そこから共に神殿に向かった。
「トゥプシマティ……と言ったわね。
 ナラカに帰ったと聞いたけど、貴女は残ってたの?」
 きゅ、とトゥプシマティは唇を引き結ぶ。
「……ええ」
 自分は、取り残されてしまった。
 ナラカに比べれば、パラミタは天国のような場所なのに、どうしてか酷く落ち着かない。
 帰還を急がなくてもいい、というヴリドラの言葉に、一旦は落ち着きを取り戻していたのだが、此処へ来て、再びそれが大きくなっている気がして、怖ろしい。


「初めまして、お嬢さん。これをどうぞ」
 女性には花を贈るが基本のエースは、トゥプシマティに、小さなブーケをプレゼントする。
「記憶が戻るかどうかという話らしいね。
 色々不安かもしれないけど、俺で力になれることがあれば言ってね」
 勿論、彼女の選択は、彼女自身がしなくてはならないけれど。
 ありがとう、とトゥプシマティは礼を言って、苦笑した。
「よく……解らないのです。
 私は、記憶を失ってからが、もう長いので」
 今更、記憶を戻すべきなのかどうか解らない。
 しかし、行かなくては、と心の何処かが逸っている。
「……『人は忘れることができるから狂わなくて済む』とも言うね。
 でも、俺自身はどんな経験も次に生かしたいから、どんな些細なことでも憶えておきたいと思うよ。
 関わった人達のことを忘れたくないし。
 誰も思い出さなくなったらその人達がそこに居たことも失われるだろ。そういうのが嫌だから。
 ま、どちらの考えが正解だとは言えないけどね」
 こういう考え方もある、って参考になればいいかな、と言うエースに頷く。
「ありがとう」


「……名前呼びづらいわね。ティでいいかしら」
 黙ってエースの話を聞いていたリネンは、そっとトゥプシマティに歩み寄って、少し声をひそめた。
「構いません」
「こういう考え方もある、って参考になればいいけど」
 フェイミィが、ちらりとリネンを見る。
「人に話すのは初めてかな……一緒にいた人以外だと。
 昔、私は人買いに売られた……奴隷、で通じる? だったんだけど、少し前にね、生みの親から連絡が来たの」
 実母に会い、話し、微妙な感覚のすれ違いを知った。
 もう自分は一般社会には戻れないのだと思った。
 この人とは、最早違う世界の人間となったのだ。
「会いに行って、話して……考えて、私は過去を捨てたわ」
「……過去を捨てた」
「後悔はしていない、と、思うわ。
 今はこの世界に、大切な人もいる。私はこの世界で生きる」
 きっぱりと言ったリネンを、トゥプシマティはじっと見つめた。
「私は貴女じゃないから、どうしろとは言えないわ。
 けど、大事なのは真実を知って、納得できる決断をすることじゃないかしら?」
「真実を、知る……」
 その言葉を、トゥプシマティは噛み締める。
 そして、フェイミィは、何処か複雑な表情で、リネンを見つめていた。


◇ ◇ ◇


 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、西カナンを冒険中に発見した遺跡の、発掘調査をしていた。
「宮殿……いや、この建物跡だと、神殿、かな」
 神殿を中心にして、街があったようだが、全ては廃墟と化している。
 それも頑丈だったと思われる建物だけが今に残り、殆どが風化してしまっているので、随分古い時代のものなのだと推察された。

 ざわざわと大勢の気配が近寄るのに気付いて、北都は顔を上げた。
「お仲間かな?」
 自分の他にも、この遺跡を調べたいと思ってきた冒険者だろうか。
 出迎えようかな、と北都は喧騒の方へ向かう。

 訪れたのは、トゥプシマティ達だった。中には見知った顔もある。
 彼等に事情を聞いて、北都も彼等に付き合うことにした。


 雑草だらけだな、と、エースは思う。
 寿命が短く、頻繁に生え変わる植物達に、此処がいつの時代からの遺跡なのかと問うてみても、実になる返事はない。
 それでも、自然に根強く生きる植物達は、元気そうなので、良かったと思う。
 ちょっとこの遺跡を見学させてね、と話しかけた。


 どきり、とトゥプシマティの胸が高鳴った。
 ようやく、と、心の中で誰かの声がする。
 ようやく、帰ってきた。
(……誰か? いいえ、)


「あ、え!?」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が声を上げた。
「カーリー、あれ見てっ……!」
 一同は、驚いて遺跡を見た。
「何だっ……!?」
 それまで、この神殿は、土台と僅かな柱しか残らない、朽ちた遺跡だった。
 突然、空間が何かに彩られるように、何かがそこに現れて、唖然として見ている間に、それは、荘厳な建物となったのだ。
「…………天命の神殿?」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が、現れた神殿を、呆然と見つめる。
「何これ、どういうこと?」
「大尉、あそこ、よく見ろ」
 経堂 倫太郎(きょうどう・りんたろう)が、地上に接する部分を指差した。
 うっすらと、先刻まで見ていた廃墟が見えている。
「ということは、この神殿は幻像か何か?」
 倫太郎は神殿に歩み寄り、手を触れてみた。
 触れる。実体がある。
「どういうことだ? 実体のある幻像なのか」

 トゥプシマティは、呆然と神殿を見上げていた。
 見憶えがある。遠い遠い昔。
「どうするの? 入ってみるんでしょう?」
 北都の声に、はっと我に返った。
「え、ええ……」
「不安みたいだけど、折角の、過去を知るきっかけなんだから活かすべきだよ。
 いつまでも、もやもやしたものを抱えたままじゃ、すっきりしないでしょ。
 キミは何故ここにきたの?
 過去を知ったら、リューリクさんへの気持ちが揺らぐの?」
「そんなことは、ないです」
 トゥプシマティの言葉に、北都はふと笑って頷く。
 過去を知らないからこそ、一途にリューリクに仕えていられたのかもしれない。
 それでも、本当に大切なものは、過去に何があっても変わらないものだと、北都は思う。
「まあ、強要はしないけどね。決めるのはキミ自身だよ。
 ちなみに、キミが行かなくても、僕は行くけど」


「オレはここまでだ。オレは中には行けない」
 立ち止まったフェイミィに、歩き出しかけたリネンとトゥプシマティの足が止まった。
 此処は、迷いある者には進めない迷宮である、ともいう。
 ならば自分は進めない。外で、リネン達が出て来るのを待つしかない。
「フェイミィ」
「だって……だって、今は駄目だ。
 オレは絶対に辿り着けない。……まだ迷い続けてる」
 嫉妬に狂うべきなのか。
 笑顔で見送るべきなのか。
「さっき……リネンが話してただろ。
 一緒した奴って、フリューネだよな。……オレも初めて聞いた話だし」
 フェイミィはリネンが好きだった。今も好きだ。
 けれどリネンは、フリューネ・ロスヴァイセと想いを遂げた。
 好きだから、おめでとうと笑ってあげたい。けれど、けれど好きだから。
「あんな話……聞いたら、心が乱れる。
 忠誠の誓いさえ揺れる……まだ、そんな気持ちなんだ……だから、行けない。……すまん」
 リネンは、口を開きかけて、閉じた。何を言うこともできない。
 トゥプシマティが、フェイミィに歩み寄って、ぎゅっとその手を握った。
「ありがとう」
「……?」
「私も、迷っています。どうしたらいいのか、解らない。
 ……でも、私は中に行かなくてはならない、そう思う」
「ああ」
「皆さんが、励ましてくれて、嬉しかったけれど、少し不安でした。
 ……皆、自分に迷いの無い人ばかりだから」
 ふ、とフェイミィは複雑な気持ちで苦笑する。
「人も迷うことがあるのだと……。
 私は、貴女の話が聞けて、一番安心しました」
「そりゃあ、そうさ。
 たまたまここにいる連中は、潔い奴等ばっかだけど、人は迷うもんだぜ」
「はい。
 ありがとう。行ってきます」
「ああ」

 リネン達と共に、神殿に入って行くトゥプシマティを、フェイミィは見送った。