リアクション
* * * * * 開店時間となり、戦いの火蓋が斬って落とされたその瞬間、理沙とジゼルは手を繋いで目的地まで駆け抜けた。 契約者の能力を遠慮なく、素早さを最大限まで生かした理沙のスピードに並の女性達はついてこられない。 手始めに即完売が予想されていた人気ブランドの福袋をゲットして、早々に踵を返す。次に向かうのは、ジゼルとチェルシーが何時も利用しているガーリーなファッションを基軸にしたブランドだ。このブランドはデパートの中でも商品が割高な上、普段のセール中では余り値下がりのしない為、こうしたチャンスに多くの客が詰めかけると予想される。 「まずい、後列がもうきてるわ!」 「ここはわたくしに任せて下さいませ!」 焦る理沙に、宣言してみせたのはチェルシーだ。 濁流の如く押し寄せる波の中へ、すっとしゃがみこんだ彼女の姿はあっという間に消えてしまう。 「チェルシーッ!」 自分よりも小さな体躯を持つ友人が波へ呑み込まれた。助けに行こうと手を伸ばすジゼルの肩を掴んで、理沙は静かな言葉で制する。 「待ってジゼル」 「でも理沙、チェルシーが! このままじゃ――」 「チェルシーを信じて待つのよ」 「……分かったわ」 理沙の手に自分の手を添えてジゼルが爆発しそうな鼓動を抑えていると、程なくしてチェルシーがひょっこりと姿を現した。 「無事ゲットしましたわ」 両手にはピンクのストライプの大きな福袋、それからもう一つ何時もの買い物袋が握られている。つまりこんな僅かな時間の間に、チェルシーは小物類まで購入していたのだ! 「凄いわチェルシー、どうやってこんな――」 「あら。身体が小さいというのはこういう場合有利でも有りますのよ」 チェルシーの戦術は、人ごみをくぐりぬけて、目星をつけていた品物へ一直線に迷わず向かうその体型を生かしたものだったのだ。 「さぁ、今日は多くの戦利品をゲットできるように頑張りますわ♪」 「次、行くわよ!」 理沙の合図に三人は再び戦地へ戻って行く。チェルシーは御用達のロリブランドへ。そして理沙とジゼルが次に狙うのは福袋ではない、靴だ。 矢張り普段割高な値段設定をしている某ブランドが、三が日だけは赤字覚悟の値下げに踏み切るとの情報を得ていたのだ。これは普段は中々手のでないブーツや、良いデザインだが合わせるには微妙かもしれないと二の足を踏んでしまう商品を購入するチャンスだった。 「靴売り場は一階ね!」 エレベーターを待つ暇も、エスカレーターでゆっくり降りる間も惜しく、階段を利用する客達の中にあって、彼女達は早かった。 如何に戦場とは言えここは女達の戦場。デパートだ。みすぼらしい格好で来る女性等一人もおらず、皆それぞれに気合いの入った装いに身を包んでいる。 当然足もとは、ブーツにパンプスにという違いはあれど、皆一様に高めのヒールで飾られていた。 だがヒールのある靴で階段を降りれば恐怖感が増し最大速度が落ちてしまう。 「くっ……思ったようにスピードが出ないわ!」 「ヒールなんて履いてこなきゃよかった!」 あちこちから悔しさが言葉となって溢れていた。 しかしジゼルは違う。バランス感覚の良い彼女には、ヒールの恐怖など存在しない。定食屋の指定制服が可愛らしく変更された折、靴を少し高めのヒールに変えたため慣れていた事もあって、理沙と手を繋ぎながら急な下り道を滑る様に駆け下りていった。 一方その頃チェルシーはというと、先程と同じ戦術を駆使して、目を付けていたロリブランドの商品を片っ端から抑えていく。バーゲンセールに参加というと些かお嬢様らしく無い印象も受けるが、衝動買いの量も半端じゃない。如何に値下げされていようと合計すれば結構な金額になる買い物は、結局は金持ち――と言ったところだった。 さて、バディを組んで行動する理沙とジゼル、独自のルートを進むチェルシーと違い、マユラは一人完全な別行動を取っていた。 元来宝探しの好きな、珍しいもの好きの彼女だ。此処は腕の見せ所である。 金品財宝の場所を第六感的に知ることができるスキルを駆使し、値段に比べて価値のある商品を探し当てると、チェルシーと同じく小さな身体も活用して隙間を潜り人ごみを避け目的地まで辿り着く。服やバッグはもちろんの事、地下の食品街まで彼女は行動範囲内に含んでいた。 こうして彼女達はデパートの中で駆け回っていく。バーゲンは時間との勝負だ。もたもたしていれば負け戦になってしまう。 「掘り出し物をまとめてゲットじゃーっ!!」 「おー!」 言うまでも無いが人ごみに正面から潜り込んだり階段を駆け下りたりといった行為は大変危険なので、良い子は真似しないで下さい。 * * * * * 何時もは人で溢れ帰っている筈のエレベーターホールは今日に至っては誰も利用しない。そこにあるベンチに腰を下ろしていた悠里の頭に、声が落ちてきた。 「妻がお世話になっております」 「ああ、ジゼルの……旦那、で、お兄ちゃん」 同じ学園に通う割に話しでしか聞いていなかったが、挨拶と特徴的な容姿で直ぐに誰であるか理解した。自分と同じく荷物持ちにやってきたのだろうアレクに、悠里はベンチの隣を空けるが、彼は腰を下ろさずに悠里の周囲を取り囲むように置かれている紙袋を見下ろしている。 「ジゼルたちは――?」 「粗方終了済みらしいけど念のためあと一周回ってくるとかで」 「……ふぅん」 さして興味が無さそうに反応して、向こうへ視線を目を向けるアレクに、悠里も腰を捻って後ろを向いた。 騒がしいBGMにのってあちこちの店舗から店員の客引きの声が重なり、その上に客達の黄色い悲鳴が混じる。 はっきり言って、五月蝿い。 幾つもの情報を同時に頭に入れられない男には耐えきれない。そう考えると此処は徹頭徹尾、女性の為の場所なのだろう。 「あんた、よく此処居られたな……」 しみじみと向けられた言葉に、悠里はまたも引き攣った笑顔を浮かべるしか出来なかった。 |
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