First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
Next Last
リアクション
「……」
沢渡 真言(さわたり・まこと)はパーティ会場を遠目から眺めていた。
パーティ会場には定刻通りに招待客が集まり、歓談を楽しんでいるようだ。談笑の声が至る所から沢渡の耳に聞こえてくる。
沢渡はパーティのスケジュール管理を担当していた。懐に忍ばせた懐中時計に沢渡は取出す。
「そろそろかな……」
華やかな会場を通り抜け、チズの居る控室へと向かう。
控え気味に沢渡はドアをノックした。
「チズさん、御時間です」
ゆっくりとドアを開けると、緊張した面持ちのチズが立っていた。隣にはライスが控えている。準備の方は済んでいるようだ。
「パーティの開始の時間です。準備は宜しいですか?」
「……はい」
チズはライスを伴い、パーティ会場へと歩き出す。だが、途中でチズの足が止まった。
「私は……」
少しずつ見えてくるパーティの会場にチズの足が重くなっていた。顔色も心なしか青く見える。
「お嬢様……」
「チズさん、彼らが見えますか?」
沢渡はパーティ会場を指した。会場の中には多くのスタッフ達が忙しなく動き回っている。
「……ええ」
「彼らは貴方の為に、最高のサービスを提供します。何の心配もいりません」
「はい」
「トラブルや妨害があっても我々がいます。我々が全ての障害を排除します。何があっても、我々が貴方達をフォローします。心配は無駄な事です」
「お嬢様、私も傍に必ずおります」
ライスはチズに手を差し出す。
「動けますか?」
「ええ……行きましょう」
「頑張りましょう、貴方はイリスフィル家の当主になのですから」
チズの姿を見つけるとパーティ会場がざわついた。いよいよ当主として、チズが試されるのだ。
「……」
チズの身長を考慮し、少し高めに設計された壇上へとチズは上っていく。控えめに手を振り、挨拶に応える。
壇上からはチズが招待した貴賓達の顔が良く見えた。新しい当主への期待と不安、そんな表情も見て取れる。
ジョージの顔も見えた。ニコリともせず、此方をジッと凝視している。
チズはジョージを見返すような事はしない。あくまで自然に振る舞う。
「……」
横をちらりと伺うと、ライスが此方をしっかりと見ていた。
チズは静かに息を吸込み、会場全体を見据えた。
「皆様、今宵はイリスフィル家恒例のパーティにお越し頂き、誠にありがとうございます。前当主アルフレット・イリスフィルが他界し、半年が経ちました。―― ――」
チズの挨拶は粛々として進んでいく。皆、チズの挨拶に聞き入っているようだ。
「私、チズ・イリスフィルはイリスフィル家当主として、今ここに皆様を改めて御招待出来ることを心から嬉しく思います。短い時間ではありますが、パーティをお楽しみ下さい」
沢渡の合図で、オーケストラが演奏を開始する。
パーティ会場では清泉 北都(いずみ・ほくと)達が既に配置に付いている。
「上手く始められたみたいだね」
壁際に控えた北都は一度パーティ会場全体を見渡した。
姿勢はピンと正されており、立ち振る舞いも優雅だった。スーツを着ていれば、招待客だと言えば気が付かないだろう。
「うん」
一寿からの合図だ。あと少しでオードブルの運びが始まる。パーティは立食形式となっている。
「海、柚。僕達も動くよ」
ウェイター姿の海、ウェイトレス姿の柚にも小さく合図する。
コクリと二人は頷き、北都に従って動く。
「こちらを御願い致します」
パーティ会場の真隣に設置されたキッチンには人数分のオードブルが既に準備されていた。
「ええ、任せてください」
お皿には、量は少ないが色鮮やかな前菜が並んでいる。北都はキッチンの奥へと自然に目が向かっていた。
「……え?」
北都は目が点になっていたと誰もが言うだろう。
「さあ、じゃんじゃん作るわよ!」
コック姿に着替えたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がそこに居た。セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もそこに居る。
セレアナが何で止めなかったのかと言いたいが、時間も無い。北都は見なかったことにした。
「……行こう」
シャーレットはパーティが開催される一時間程前に、セレアナと現地に来ていた。
「やっほー、手伝いに来たよ」
事前に連絡をしていたライスに会うと、直ぐにこんな話になった。
「コックが可能なら手伝いが欲しいと言っていまして。あの……失礼ですが料理のご経験は?」
「天才料理人のあたしを知らないの?人類の至宝とも言うべき料理の腕を!」
「ええ……申し訳ありません」
申し訳なさそうに、ルイスは頭を下げた。
この場に誰か居れば、騙されてると訂正した筈だ。
「それでは……よろしくお願いします!」
「任せておきなさい」
セレアナが小事で席を外している内に、あれよあれよと話が進んでしまった。
「来たああぁ!」
コック姿のシャーレットは喜びにうち震えていた。なかなか回って来なかった料理人としての立場がついにシャーレットに回ってきた。思わずガッツポーズが出てしまう。
喜ぶシャーレットとは対照的に、セレアナは頭を抱えていた。ほんの数分だけ別の手伝いに出ていただけなのに、どうしてこうなったのか。
「どうしようかしら……」
声に出てしまう。
「さあて、何を作ろうかしら」
プロフェッショナルの手伝いだった筈なのに、いつの間にかシャーレットが作る事になっている。
「……」
あれこれと思順を巡らせ、演技に出ることにした。
「ね、ねえ!御願いがあるの……セレンの人類の至宝のような料理は私だけに独占させて欲しいの!」
上目遣いで唇に指をそっと当てる。
「お願い。たまには、私の我が儘を聞いて……」
セレアナの演技にシャーレットもドギマギしていた。
「しょ、しょうがないわね!」
満更でもないようだ。セレアナは此処でウェイトレスの話題を取り出した。
「さっきライスに会ったけど、ウェイトレスの人数が足りないらしいの」
「そうなの?」
「ええ、だから私達も此処ではなくてパーティ会場へ向かうわよ。その可愛らしさならきっと注目の的になるわよ」
「分かったわ」
「急いで、着替えましょう」
幸いなことに、コック姿に着替えただけだったということだ。シャーレットはまだ食材に手をつけていない。セレアナは人知れず、パーティを惨劇から救ったヒーローになっていた。
「ふぅ……」
北都は余計な心配事が増えたが、招待客の前でそんな情けない姿を見せる訳にはいかない。
会場に一歩足を踏み入れた瞬間、すらりと背筋が伸びる。
「……」
指示が無くとも、身体が自然と反応する。
「フォークをお取り換え致します」
女性がボーイを呼ぶ前に、北都は既に動いている。
新しいフォークを差し出し、女性から取り落としたフォークを恭しく受け取る。
「ありがとう」
「お気になさらずに、食事をお楽しみ下さい」
不快に感じないよう、小さく笑みを返す。
北都が配置に戻ると、椎名 真(しいな・まこと)が静かに寄ってきた。
「何かトラブルですか?」
厨房から出てくる北都を見ていたのだろう。
「シャーレットさん達がちょっとね……」
思い出したくないように、北都は真から目を逸らした。
「? シャーレットさん達なら先程見ましたよ。ウェートレスの仕事をしていましたけど……」
不思議そうな顔で真は北都を見た。
「え?」
「ほら、あちらで仕事をされていますけど」
真の視線を追うと、確かにシャーレット達が仕事をしている。
二人ともウェートレスの格好をしていた。どちらも似合っている。
「セレアナさん!」
手が空いたところを見計らって、北都はセレアナを呼び止めた。
「先程、厨房に居ませんでした?」
北都の問いかけに、セレアナは気まずそうに北都を見た。
「……見てたの?」
「ええ……」
二人の周囲だけ重たい空気が流れる。
「え、あの?」
真が戸惑った表情で、うろたえた。あれを見ていないのだから、しょうがない。
「ま……未遂に終わったから大丈夫よ」
コロッと表情をセレアナは変えた。
「み、未遂……」
不穏な言葉がセレアナから飛び出し、真が心配そうに北都を見た。
「そう……なら良いんです……」
「解散しましょうか」
「そうですね」
「え、あの。え?」
「真さん、仕事に戻りましょう」
北都はサッとその場を離れ、サービスの提供とパーティを円滑に進める為に動き出した。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
Next Last