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少女と執事とパーティと

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少女と執事とパーティと

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 「今日はお招き頂きまして、ありがとうございます」
 舞花は優雅で、かつ礼儀正しくチズに挨拶をした。
「イリスフィル家当主のチズです。今日はゆっくりしていってください」
 舞花はしばらく談笑できるかと思ったが、チズにはあまり時間がないようだった。
「お嬢様、御時間の方が迫っております」
 ライスがチズに次の相手を示している。
「申し訳ありませんが、ここで失礼致します」
 チズは直ぐに別の相手の居るテーブルへと歩いていく。
「短かったね」
「貴族のパーティとは、そういうものです」

 「本日は、どちらから来ましたの?」
 先ほどのやり取りを見ていたのだろう。何処かの貴族の年配の夫人が舞花に話しかけてきた。どうやら少し暇を持て余しているようだ。
「空京の方から参りました。御神楽家夫妻の代理で此方に来ております」
「ああ、あの――」
 夫人は見たり聞いた話を舞花達に聞かせた。どれも特に当たり障りない話だったが、好意的に受け止められているようだ。
「あら、話し込んでしまったみたいね」
「いえ、楽しいお話でした」
 『貴賓への対応』と『博識』を使いながら、舞花は丁寧に言葉を選ぶ。なかなか疲れる動作だが、パーティーと御神楽家の品位を高める為には気品高く振る舞う必要がある。
「それじゃあね、お嬢ちゃん」
「うん、またねー」
 『友情のフラワシ』の効果か、舞花とノーンに引っ切り無しに招待客が話しかけてくる。
「こんばんは」
(これは長くなりそうです……)


 「何だこれは!」
 その声はパーティ会場の端から聞こえてきた。怒り声に聞こえた北都はそれに直ぐに反応した。
「何かお困りの事でしょうか?」
「私のスープに虫の死骸が入ってるぞ!」
「失礼致します」
 北都はスープの入った皿を確認する。確かに虫が入っている。
 そして、招待客の顔を盗み見た。
「……」
 騎沙良の名簿リストにあったジョージ派の一人だ。細かいクレームが好きのようだ。
「申し訳ありません、直ぐに交換致します」
「ああ!ただ交換すりゃ良いってもんじゃないだろ!」
「……何がお望みでしょうか?」
「当然――」
 スッと北都が身を屈め、男の耳元で囁いた。
「ちなみにこの虫は、研究標本で販売されているキウミスと言います。自然界ではこの付近には生息しておりません。更に、内側のポケットに小さなパッケージを確認しています。さすがに、貴族様が素手で虫を触るのは憚られたようですね。今、この場で、身体検査をしても構いませんが……如何致します?」
「っ……」
 男は身体をびくりと硬直させた。
「それと……そのパッケージはそのままお持ち帰り頂く事を推奨致します。もし……パーティ会場で処分することがあれば……どうなるか?貴方なら良くお分かり頂ける筈です」
 北都は男から離れると、笑顔でスープ皿を持上げた。
「直ぐに交換致しますので、少々お待ち下さい」

 「ウェイトレスってのも良いものね」
「ええ」
 同じ服を着ているが、シャーレットは可愛らしさが、セレアナは美人としての魅力をそれぞれ醸し出している。今のタイミングはスープ後のパンを運んでいる。
「美味しそうね……」
 自らが運んでいる物を見て、シャーレットはじゅるりと喉を鳴らす。
「ダメに決まってるでしょう」
「ちょっと待って……」
 『ディメンションサイト』を発動しているセレアナがシャーレットを呼び止めた。
 空間認識能力が一人の男の挙動を拾っている。
「騎沙良の言ってたジョージの手伝いって奴ね」
 男はチズのいるテーブルの方へとゆっくり歩いていく。
「チズは挨拶の最中のようね」
 シャーレットの言うとおり、チズは招待客へ挨拶に動いているようだ。
「行くわよ」

 「ええ、父も喜んでいますよ」
 楽しそうなチズの声が聞こえてくる。邪魔をさせる訳にはいかない。
「お客様、袖からギミックが見えてますよ」
「!」
 禁断ワードを呟く。
 男が振り返った瞬間、シャーレットとセレアナが両脇を固め、両腕の間接を決める。
「っ……」
「お客様、大丈夫ですか?」
「直ぐに別室にお連れ致します」
 白々しいセリフと演技で、男を素早く別室へと移送する。

 「はい、一名様。ご入店」
「ぐっ」
 ポンと別室に男を放り込む。男は移送中にロープでぐるぐる巻きになっていた。
「……これ、パーティグッズにしてはちょっと過激すぎるんじゃないの?」
「……」
 男から取り上げた拳銃にギミック式のナイフを弄びながら、シャーレットは男を見下ろす。
「それで……誰に依頼されたの?」
「今、此処で言えばパーティ終了まで楽に過ごせるわよ」
「ふん、たかがウェイトレス如きが……」
 それを聞いて、シャーレットの顔が楽しそうに笑う。
「あらー、じゃあそのウェイトレス如きと気持ちよい時間を過ごしてもらおうかしら」
 部屋は打合せやリハーサルも兼ねて、防音仕様。
 声が洩れることはまず無い。
「ごゆっくり……」

 「ジョージ様。仕掛けた一名から応答がありません」
 パーティ会場でジョージはひっそりと壁際に移動し、事の成行きを眺めていた。
 先程、ウェイターとして仕込んだ部下の一人が結果を報告に来ていた。
「ふん、一人ではダメか。チズめ、なかなか良い駒を手に入れたようだな」
「如何致しますか?」
「今度は全員で掛かれ。招待客を使っても構わん。派手にやれ」
「はっ!」
「それと……私に関わった証拠は無いだろうな?」
「はい、既に処分は完了しています」
「宜しい。行け」
 男はジョージに小さく一礼すると、静かにその場を離れた。
「ふん、貴様はここで終りだ」
 薄く笑みを作り、ジョージは会場を眺めた。

 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)は会場警備を担当していた。SPのような黒服ではなく、現場に違和感無く入る為にもちろんウェイター、ウェイトレス姿である。
「こちら、大洞。異常はない」
 袖に仕込んだマイクに向かって、大洞は呟いた。
「真です、了解。先程の影響は何かありますか?」
 先程というのは、シャーレット達が一人確保した件の事だろう。大洞の警備担当の範囲からは少し距離があり、確認出来ない。
「こちらからでは距離がある。コーディリア、そちらで確認できるか?」
「コーディリアです。確認します」
 コーディリアは視線を左右に振り、改めて状況を確認する。
「……」
 特に違和感というものは感じない。あれに気付かなかったという方が正しいだろう。
 髪留めに仕込んだマイクに向かって、コーディリアは呟いた。
「特に異常はありません」
「了解、引き続きお願いします」
「あ、おねーちゃん!ワインのお代わり持ってきてよ」
 連絡を行っているコーディリアに声が掛かった。カモフラージュとして、ウェイトレスの服を着ているのだから、当然だろう。
「あ、はい!少々お待ちください」
 特にワインの種類等に拘りは無いようだ。アルコールを摂取したいのだろう。
 グラスに残っていた僅かなワインの色は赤だった。ソムリエに同じ赤ワインを選定してもらい、グラスに注ぐ。
「御待たせ致しました」
 コーディリアがグラスを渡すと、男は一気に飲み干した。
「ぷはぁ、旨いな。あ、お代わり宜しく」
「は、はい……」
 顔色を伺うと、かなり赤い。男は酔っているようだった。
「御待たせ致しました」
 手に取り、一飲み。
「お代わり」

「お代わり」

「お代わり」……

「お――」
 男がお代わりを頼もうとした時、黒い陰が男を覆った。
「お客様……」
 青筋が浮かびながらも、精一杯の笑顔で大洞は男の前に立った。
 コーディリアとのやり取りを無線で拾っていたようだ。
「あちらにバーが御座います。バーでも同じワインが飲めますので、ご案内致します」
 大洞は体格がかなり良い。ウェイターの服で抑えてはいるが、先程の笑顔で威圧感が出ている。
「ああ……ありがとう」
 酔いも一瞬で消えたようだ。きびきびとした動作で大洞の後に付いていく。
「ごゆっくり」
 椅子を引き、男を座らせる。
「こちらの方が飲んでいる物と同じワインを出してくれ」
「かしこまりました」
 席に座る男を見て、
「ごゆっくり……」
 男に念押しして、大洞はコーディリアの元へ向かった。

「ありがとうございます……」
 大洞にコーディリアは頭を下げた。
「まったく――酔っ払いなら自分に連絡すれば良い。律儀に相手をしてやる必要なんてないんだぞ」
「ですが……チズさんからパーティを成功させて欲しいと頼りにされていますから」
 真面目なコーディリアらしい回答だ。
「……そうだな」
「それに、きっと手伝いに来てくれると思っていましたから」
 優しくコーディリアは笑う。
「……そうだな」