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■ シャオ&オズトゥルク・イスキア


 東カナンで開かれた婚約パーティーから数日後。シャオ(中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう))は再びこの地を訪れていた。
 目的は東カナン12騎士、騎士長のオズトゥルク・イスキアと会うためである。
 今までは何か事件なり、この前のようにパーティーに参加するなど用があって東カナンへ来て、そのついで的に顔を合わせていた。しかし今回は違う。明確に、オズトゥルクに会うために、アガデへ来たのだ。
 恋人に会うために。
(……なんか、そう思うと緊張するわね)
 いやもう、緊張とかいう言葉じゃすまないくらい、胸がすごくドキドキしている。
 2人の関係が恋人になって、初めて会うのだ。どんな顔して会ったらいいのだろう?
(そもそも、今までどんな顔で会ってたの? 私)
 考えだしたらますます分からなくなってきた。
 かといって、オズトゥルクを待たせるわけにもいかない。
 シャオは内心複雑な心境で待ち合わせ場所へと急ぐ。
 しかし案の定というか……約束の時間になってもオズトゥルクは現れなかった。
「まさかオズったら、どこかで昼寝でもしてるんじゃないでしょうね?」
 サボり魔で、任務中だろうがちょっと目を離した隙にどこかへ消えてしまうオズトゥルクでは、十分考えられることだった。この前のパーティーでも客がいるというのに雲隠れして、空中庭園のベンチで寝ていた。おかげで探し出すのにシャオはどれほど時間と労力を要したことか……。
「もう少し待って、どうしても来なかったら城へ行ってみましょう」
 そう決めて、待ち合わせ場所の噴水の縁に腰を下ろし、本腰を入れて待つことにする。
 それからたっぷり30分は待たされて。オズトゥルクが現れたときにはもう、シャオのなかからどんな顔で会えばいいかとかそういう悩みは吹っ飛んでいた。
「おっそーい! 忘れちゃったか、時間を間違えて覚えてたのかと思ったわ」
「すまんすまん」
 頭を掻きながらオズトゥルクは彼女の元まで走り寄る。
「出がけにアスハルが熱を出して吐いちまって。その後始末に手をとられてた」
 アスハルというのは12人いるオズトゥルクの養子のうち、一番末っ子の5歳児だ。
 とたん、シャオのなかでオズトゥルクへの不満がいっぺんに消し飛んだ。
「ええっ! それ、大丈夫なの!?」
「ああ、気にしなくていい。いつものことだから」
「いつものこと、って……」
「緊張するとすぐ熱を出して吐くんだ。今日おまえが来ることは前から話してあったんだが、オレが迎えに行こうとするのを見て、一気にきたんだろう。着替えさせて、寝かしつけてきた」
「どうしよう……オズ、そばにいたいわよね? まっすぐお家に行った方がいいのかしら? それとも私、今日行くのはやめた方がいい?」
 予定では、このあと2人で食事をして、子どもたちへのお土産を買って――オズトゥルクに見立ててもらった方が確かだろうから――、家を訪ねるはずだった。だけどそんな悠長なことはしてられない気がする。
 こういう場合、どうしたらいいのか。
 オロオロとあせるシャオを見て、オズトゥルクはぷはっと笑った。
「笑い事じゃないでしょ!」
「いや、すまん。なんだかうれしくなっちまって。
 このあとのことだが、オレたちは予定どおりどこかで食って、店を回ってから帰ろう」
「でも」
「ギュレンやクルチダがついてるし、今日はフアレも来ている。みんなが面倒を見てくれているから、心配はいらない。
 あの子に時間をやってくれ」
 オズトゥルクが家に女性を連れて来るというのは、子どもたちにとってそれだけ衝撃的な事なのだろう。未知な存在はだれだって怖く、警戒をする。その未知な存在が入り込もうとしている、自分の世界がおびやかされていると思っても、しかたないことかもしれない。
「そうね……」
 オズトゥルクの大きな手がシャオの頭に乗り、髪をクシャクシャっと掻き乱す。
「おまえが気にすることはない。おまえを知ればすむ、それだけの話だ」
「――もうっ。せっかく整えた髪が目茶苦茶じゃない」
「を? 悪かった」
 パッと引き戻した手を、今度はシャオが取り、下ろして、きゅっと握った。
「分かったわ。予定どおりね。
 じゃあそろそろ移動しましょうか。食事は私がおごるから、オズはどこかおいしい料理を出す店へ連れて行ってちょうだい?」
 手をつないで、2人は広場を出て街路を歩き出す。
「むう」オズトゥルクは眉をしかめた。「金を出すのはオレの方だろう」
「なによ、まさかデートにかかる費用は全部男側がもつべきって思ってるの?」
「いけないか?」
 古風な東カナンでは女性は保護対象、面倒を見るのは男だというのが常識かもしれないが、現代に生きるシャンバラ人のシャオは違う。男女平等、デート費用はワリカンで、どちらにも相手に対して同じことをする権利がある。
「まずそこからかもね」
「何がだ?」
「歩み寄り」
「ふむ。歩み寄りは大事だ」
「そうよ。だからまず、今日は私の言うとおりにして。店の選択はオズに任せるから」
 そうは聞いても、まだオズトゥルクは割り切れないでいるらしい。イスキア家は東カナンでも五指に入る格式ある大貴族で、オズトゥルクは子どものころからその価値観で育ってきているのだ。無理もないことである。
 しかしそれはオズトゥルク自身が考えて、結論を出すことだ。
 うむむむむ……、と葛藤するオズトゥルクの横を歩きながら、シャオはこれからのことについて思いを馳せた。
 食事をして、お土産を買って行くのは変わらない。そして、子どもたちに会ったら――彼らに話そう。私はお父さんをあなたたちから奪うつもりはないって。そして、オズの宝物であるあなたたちに会えて、とってもうれしい、って。
 それから、私の自慢できる特技、二胡を弾こう。まずはシャンバラの、リズムのゆっくりとした曲を弾いて、そのあと子どもたちの知る東カナンの曲を教えてもらって。それを弾こう。
 シャンバラの楽器と東カナンの曲のように、私たちもまた、調和することができるのだと分かってもらうのだ。
 東カナンの伝統楽器も知ってたら、教えてもらうとか。
 子どもたちと一緒に演奏してもいいかも。
「……ふふっ。燃えてきたわ」
 ひそかにつぶやく。結構、やりがいのある事を前に、やる気を出すタイプなのかもしれない。
「何か言ったか?」
「ううん、何でもない。早く子どもたちに会いたいって思っただけ。会うのがすごく楽しみになってきたわ。もう待ちきれないくらい」
「そうか」
「ええ」
 心からそう思っているのだと分かるシャオの表情に、オズトゥルクはうれしそうにニカッと笑うと、突然シャオを抱き上げた。
「きゃあっ! 何するのよオズ! 下ろしなさいよ!」
「いいからいいから」
 わははと笑って、シャオの抵抗などものともせず、彼女を抱いたまま歩いて行く。
「そうやって暴れる方が、よけい人目を引いて目立つことになるぞ」
 その言葉に、ぴたっと動きを止める。
「……もうっ」
 シャオは熱くなった顔を隠すように、オズトゥルクの服のえりにほおを押しつけたのだった。