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リアクション
第2章
「うわあ、本当にすごい雪だねっ」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ははしゃいだ声を上げて、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を振り返った。
「そうだね。まさかこの季節にこんなに雪が見られるなんて思わなかったよ」
雪を踏みしめて、二人はウィンター・ウィンターに案内されるまま歩く。
「……それについてはノーコメントでスノー。悪気はなかったでスノー、仕方なかったのでスノー」
大雪の原因は間違いなくウィンターにある。犯罪者風のコメントを残すウィンターに従って、そのことにあまり触れずにかまくらの中に通された。
「へぇ……結構広いんだね」
コハクが中を覗き込むと、かまくらの中央に位置する温泉からは湯気が立ち昇り、眼前が白く覆われる。
慣れてくると少しだけ前を見通すことが可能で、かまくらの隅に衣服を脱ぐスペースと、脱いだ服を入れる籠が置いてあるのが判った。
普通のかまくらよりは少し天井が高く、細長く作ってあるのか、実際の広さよりも解放感があって広さを感じられる。天井のあたりの氷だけは透き通っていて、そこから夜空を見上げることができた。
「わぁ……素敵……」
美羽はこのかまくらが気に入ったようで、足元に気をつけながら湧き出る温泉に手をつけた。
「あれ、思ったより熱くないね? こんなに湯気が出てるんだから、もっと熱いのかと思ってた」
「どうも湯気は単純な温度差のせいではなくて、地下の影響がでているようでスノー。まぁ、今のところ問題は報告されていないから、大丈夫だと思うでスノー」
ウィンターはやや無責任に言い放つと、更に補足を加えた。
「かまくらは魔法的な補強をしてあるから、真円のドーム状じゃないけど強度的には問題ないでスノー。それじゃ私は次のかまくらを作りに行くので、あとは若い人同士に任せるでスノー」
「あ、ありがとうウィンター。僕たち、今度ツァンダの郊外に新しく家を建てるんだ。
よかったらウィンターもカメリア達と遊びにおいでよ」
コハクの言葉を背に、かまくらを後にするウィンター。
「ありがとうでスノー、今度ぜひお邪魔するでスノー。ああ、忙しいでスノー」
どうやら、今回の温泉騒動が自分の蒔いた種であることは理解しているらしく、予想外にたくさん来てしまった客の相手を積極的にすることで、せめて罪滅ぼしをしようというつもりなのだろう。ぱたぱたとウィンターは出て行った。
「……へぇ、これもウィンターの魔法なのかな。足元の雪は冷たくないや」
裸足で雪を踏みしめてコハクは不思議そうな声をあげた。それでも、周囲には雪が積もっているのだから空気は充分に冷たい。
ふと、美羽がこちらを見ていることに気付くコハク。
「ね、コハク……」
「うん……」
なんとなくぎこちなく、見つめ合う二人。
二人はつい先日結婚の約束を交わしたラブラブカップルだ。
とはいえ互いに純情一直線だった美羽とコハクはプラトニック期間が長く、結婚の約束を交わした今でもまだ初々しさを充分に残していた。
つまるところ、温泉に来たわけだから風呂に入るのが目的だ。水着を着て入るという文化もあるにはあるが、家族風呂もあると聞いた二人は水着の用意はして来なかった。
そして目の前にはかまくらで覆われた温泉と脱衣所――温泉に入るには服を脱がなくてはならない。
服を脱いだら裸になるのが自然の摂理。
「お……お風呂……入ろっか……」
☆
するり、と衣擦れの音を背中で聞きながら、コハクと美羽は衣服を徐々に解いていく。
まだ互いの裸身に慣れていない二人は、身体にバスタオルを巻きつけて一応は隠してみる。見られるのが恥ずかしいというより、見るのが恥ずかしいという感情もプラスされているのだろう、互いの視線が宙をさまよう。
お湯に浸かればその先の展開は容易に予想がつくというもの。
もちろん、若い二人にそれを我慢しろというのも酷な話ではあるし、すでに結婚の約束まで交わした身でもあるのだから、誰に遠慮することはないはずである。
純情ではあるがコハクだって健康な男子であるし、美羽もまた同様なのだ。
「美羽……綺麗、だよ」
素直にそう思った。コハクは実年齢にしては小柄な方だし、美羽もまたはっきり言えば幼児体型。だが、愛しいという感情はそれをはるかに凌駕し、脳髄に直接的な感動を伝えてくれる。
「え、えへ……やっぱり、まだ恥ずかしい、な……」
照れながら、温泉の横の岩場にしゃがみこむ美羽。そのまま足を湯船に下ろした。
「あ……あったかい……」
続いて、コハクも湯船に身体を沈めた。
「本当だ、気持ちいいね」
大きな岩に背中を預けて天井を見上げると、透明な氷を通してぽっかりと満月が。
「……」
「……」
二人とも黙ってしまうと、世界に唐突な静寂が訪れた。
空を見上げたまま、美羽がそっとコハクに視線を移すと、コハクもまた美羽を見ていた。
「コハク……」
「美羽……」
名を呼び、互いに身を寄せ合った。
あとはもう、言葉はいらない。
はらりと、湯船の中に二枚のタオルが浮かんで――
☆
「……あらあら、あの奥手だった二人がこんなことに……」
と、いう美羽とコハクの様子をかまくらの外から見ているのがベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)である。
実は事前にウィンターに頼んで、かまくらの一部分を外から覗き見ることができるように細工しておいたのである。やや上方向から見下ろす形で二人の様子を伺うベアトリーチェに、温泉でのお互いに熱中している二人が気付くはずもなかった。
「いやしかし……こういうのを覗き見るのは……儂はちょっと……」
と、ベアトリーチェの横で同じように二人の様子を見ているのはカメリアである。
「そうなんですけれど……あの二人……ほら、あまりにも奥手すぎて一生手を出さないんじゃないかって心配していたんです……。
だから事あるごとにカメリアさんにも冷やかしてもらって、刺激していたんですけれど……。
ようやく婚約までこぎつけて……私、うれしくて……どうしても二人の成長をこの目で見たかったんです……」
そっとかまくらの外で目尻を拭うベアトリーチェ。
「いい話っぽくしとるけど、コレ覗きじゃよな。軽く犯罪じゃよな」
ぎくり、と身を硬くしたベアトリーチェだが、中の二人に変化があったことに色めき立つ外の二人。
「あ、ほらカメリアさん! ついにタオルが!!」
「む、なんじゃと!? それはけしからん!!」
なんだかんだ言って興味はあるんですね
だが、よく見ると美羽とコハクの様子がおかしい。
「……美羽……」
コハクは美羽を抱き寄せ、そっとタオルを外した。
「……コハク……」
瞳を閉じ、そっと口を尖らせた美羽。コハクが優しくその口を塞ぎ、それと同時に美羽のささやかなふくらみに手を伸ばす。
すかっ。
「……?」
コハクの右手が空を切った。
おかしい。
いかに幼児体型の美羽といえど、コハクが触れようとした辺りには期待されるべき手応えが確かに存在する筈なのだ。
それが、ない。
「コハク……?」
美羽もまた戸惑いを隠せない。
抱き締められたコハクの鍛えられた腕の中で、どうしてかつてないほどのふくよかさを感じなければならないのか。
さらに、自らの下腹部に未だ一度も感じたことがない感触があり、それがコハクの下腹部に触れている。
おかしい。
明らかに、おかしい。
「……え……っ!?」
なんらかの異変を感じた二人は、互いに身を離した。
「美羽……!!」
「コハク……!!」
果たして、違和感の正体はすぐに判明した。
美羽の胸元にあるべきはずのふくらみがなく、コハクの両胸に大きな存在感がある。
「……コハク……どうして……」
そしてコハクの下腹部に、あるべきものがない。だが、美羽の視線はコハクの胸元に注がれている。
「ウソ……私のより大きいなんて……っ!!」
あ、ショックなのはそこですか。
もちろん、コハクも動揺を隠すことはできない。呆然と美羽のまっ平らになった胸元に視線が集中し、その次には自然に視線が下の方へと――。
「そんな……僕のより大き」
コハクさん、それ以上はちょっと。
「な……」
「な……」
「な……」
「な……」
美羽とコハクは地下に埋まる魔界の瘴気の影響で、一時的に男女の性別が入れ替わってしまったのだ。当人だけではなく、覗き見をしていたベアトリーチェとカメリアもワケがわからない状態で、一同はただひたすら呆然とした。
ややあって。
「なんじゃこりゃあああぁぁぁーーーっ!!?」
四人の叫び声が、静かな雪山にこだましたという。
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