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テロリストブレイク ~潜入の巻き~

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テロリストブレイク ~潜入の巻き~

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7.萌えないゴミ


 しばし時間は巻き戻る。
 テロリストとの交渉の席を設けたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)ら一団は、無事最初の交渉を成功させ、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)を伴って古城の中に急遽よういされた応接室にて交渉が開始された。
 トマスとミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は参加せず、本部でハイナとの意向のすり合わせや情報面のサポートを行っている。
「さて、我々の要求は既に伝えた通りである。よって、この席にはあまり意味がないものと思うが、我らとて対話を無視するような野蛮な真似はしないつもりだ」
 他のテロリストと違い、リーダーは神官のような服を着ていた。頭は相変わらずバケツだが、間近で変態的衣装を見続ける事による正気度の喪失を考えれば、ありがたかった。
「ほう、驚きました。こうして席を共にするまで、正直まともに会話ができるかどうかすら疑っていましたよ」
 子敬はそう切り出して、交渉が開始された。
 テロリストリーダーとの交渉はトマス達が想定していたよりも、難易度の高いものであったと最初に記しておく。変態という非常識な集団をまとめて組織化するに値したこのリーダーは、見積もっていたよりも数段高い交渉能力を保有していたようだ。
 宥め、透かし、煽り、雑談を交えた交渉で、リーダーはこれといったボロも出さなければ、始終落ち着いていて、不思議なカリスマを感じ取る事ができた。その稀有な才能をどうしてこんなばかげた事に注ぎ込むのか、という疑問と勿体無さに呆れつつ。
「捕虜の素性がわかったわ」
 こっそりと、ミカエラから子敬達に通信がはいる。
 二人はその通信を顔に出す事なく、またミカエラも返事を待つ事なく続ける。
「残念な報告になるけれど、元教導団の生徒だったの。おかげでデータを呼び出すのに時間はかからなかったけど―――在籍中の成績を見ると、中々の優等生だったみたいね。契約者ではないけど、少なくとも在籍中に変態的な言動や行動で注意された事はないわ。当時の彼を知る人にも尋ねてみたけど、同じく奇特な趣味の持ち主であった事を裏付ける証言は無いわ」
 いわゆる、「こんな事をするような人だとは思わなかった」人なのだろう。本当によく訓練された変態は、周囲にそれを気付かせたりなどはしないのだ。
「なるほど、身辺調査ですか」
 リーダーが発した言葉に、二人の表情が硬くなる。
「いえいえ、今しがたお話した通り、あなた方の所属している組織に居た人間もおりましてね。よく使う周波数なんてものも知っていたりするのです。ええ、種も仕掛けも簡単なものですよ」
 あっさりとリーダーは通信の盗聴について語った。
 子敬が次の一手について逡巡している最中に、ミカエラでない声が通信に飛び込んだ。
「随分と余裕ですね」
 トマスの声だ。
「通信が傍受できていたならば、外の戦況がどのようになっているのかもご存知かと思いますが」
 外では陽動部隊が破竹の勢いで防衛部隊を蹴散らしている―――アイドルのコンサートでつり出したりして、一網打尽にしているが正しいが、ともかく、決して余裕を見せられる状況でないのは確かだ。その報告は、逐一この通信で行われていた。
 そして、総指揮官であるはずのリーダーは、自分の陣地の中とはいえ、指揮も何もできない状況にある。本来ならば、もっと苛立ちや焦りが見えてもいいはずだ。彼らは目的があり、その為に行動しているのだから。
「私は同志を信頼していますから」
 通信を傍受していると語ったリーダーは、トマスに対してそう返答する。ブラフではなく、本当に通信は傍受されている。
 声だけしか聞こえないトマスには、気付けなかったが子敬はそのバケツの向こう側の瞳に、僅かな揺らぎがあったのを見逃さなかった。
「それは、本当ですかな?」
「その質問の意図は、わかりかねますね」
「今、あなたがウソをついたのではないか、と申しているのですよ。あなたは本当に、同志を信頼しているのでしょうか? いえ、きっと信頼できていない。わかります、何かあったのですね、あなたを失望させる何かが」
 そう、バケツの奥の瞳の揺らぎは、子敬もよく知る、諦めた者の瞳だった。過酷な訓練、地獄の戦場に立たされた人間がする瞳、それと同じものがバケツの奥に見えたのである。
「何をっ、馬鹿な」
 崩れた、そう子敬は判断する。
 人形のように何も感じなかったリーダーから、確かに人らしい感情の揺らぎを汲み取る事ができた。
 取り付く島さえ見出せれば、あとは上陸するだけだ。
 そこからは子敬の独壇場だった。テノーリオは横に立って、心の中で「おおっ」と思ってしまうほど、巧妙な話術を持って、リーダーの心を揺さぶっていった。
 少しして、がっくりと項垂れながら涙を流すリーダーの肩を叩き、子敬は隠す事なく通信機を持つと、本部のトマス達に報告した。
「既にテロリストの中枢は、別の人物によって掌握されています。その人物の名は、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)です」
「了解した。一部始終聞いていたからその結論に間違いはないだろうね。こちらからも、やっと下着の倉庫とミサイルの位置が判明したという報告があった」
 トマスは写真に写された手書きの地図を見る。



 その板張りの部屋は、他の部屋と少しだけ違っていた。
 どう違っているのかというと、掃き掃除のあとに徹底した雑巾がけが行われ、綺麗になっていたのである。
 その部屋の隅っこには、三人のテロリストが正座をして座っていた。三人の視線は部屋の中央、山積みの洗濯物の前に素晴らしい手際で洗濯をする高崎 朋美(たかさき・ともみ)高崎 トメ(たかさき・とめ)高崎 シメ(たかさき・しめ)の三人に向けられていた。
「よし、ご苦労様」
 トメは朋美が汲んできた新しい綺麗な水、古城の中にある綺麗な井戸が汲んできたもの、を確認して頷いた。
「全く、洗濯物をこんなに溜め込むなんてどんな生活しとるんかいな」
 ぶつくさいいながら、トメはさっそく新しい水を使って大量の下着の洗濯作業を再開した。
「脱水終わったわ」
「干す場所がそろそろ足りなくなってきましたわ」
 朋美とシメもあくせくと働いている。
 テロリスト達は、自分達の使用済みの下着を使ってテロを起こそうと企てた。使用され汚れた下着が与える精神的ダメージは計り知れない、恐ろしい計画だ。
 だが、そんな恐ろしい使用済み下着も、綺麗に洗濯してしまえば、それは綺麗な下着である。
「あたしの若い頃は、着る物は本当に、擦り切れて穴が空いても大事にしたもんや。それを最近の若いもんときましたら」
 英霊であるトメの生前、江戸時代の頃と言えば、衣服は必需品であり貴重品でもあった。
 どのぐらい貴重品であったかといえば、いわゆる死体置き場から服を買い取る業者がおり、そうして市場に戻ってきた古着が当然のように売買されていたぐらいである。
 そうした時代を生きたトメやシメにとって、汚れているなんてのは些細な問題である。どちらも既婚者であるため、男性に対する免疫なんて今更な話でしかない。
「予備の漂白剤持ってくる」
 かくして、洗濯は滞りなく、忙しく続けられた。
「なんか、いたたまれないな」
「俺達、こんなところで座ってていいのかな」
「足、痺れてきた」
 潜入開始そうそうに制圧され、説教を受けたのちに正座待機させられている三人のテロリスト達は、チクチクと良心が痛んでいるようだった。
 下着は凶器であるため、当然この城には洗濯機なんて完備していない。ここで行われる下着の洗濯には、洗濯板が用いられていた。下着の総量を考えれば、かなりの重労働だ。
「あ、あの、俺にも何か手伝わせてください」
 ついに一人が、おずおずとトメに声をかけた。
 それにもう一人も続き、最後の一人は立ち上がろうとしてふらつき、鼻っ柱を床板に叩きつけていた。
 トメは男三人組みの手をちらりと見てから、
「そうやなぁ。なら、もっと水を持ってきてくれまへんか?」
 と注文した。洗濯板を用いた選択には、少々の技術を要する。大したものではないが、指導する時間が惜しい状況なので、誰にでもできる事を任せたのである。
 水汲みのために三人が廊下に出ると、そこでばったりと朋美とはち合った。朋美は三人が手にしている桶を見て事情をすぐに察知する。
「急いでね、水は沢山使うんだから」
 朋美がそう声をかけるが、テロリストはきょとんとした顔をして、朋美を指差した。いや、指差したのは朋美の向こう側、背後の廊下だった。
「なんか、煙が」
「え?」
 と朋美が振り返ると、もうもうとした煙が廊下から覆いながら進んでいくのが見える。
 もくもくとした煙を四人は数秒見つめる。
 そんな三人の横から、襖をスパンと音がなる勢いで押し開けて、シメが飛び出した。
「何しとりますか、こういう時はこうするんですわ」
 すぅっとシメは息を吸い、そしてすぐさま、口元に手を当てて叫んだ。
「火事だー!」

「汚物は消毒だよ!」
 火炎放射器からオレンジに近い炎が噴出し、それは容易く下着の山に引火していく。今回の火炎放射器は、対人用ではないのでガス式となっている。
 相手は動かぬ布の山、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は後先の事を一切考えず、ボンベが空っぽになるまで引き金を引き続けた。
「これが空から撒かれるなんて、考えただけでも恐ろしいですね……」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は部屋の端で、きのこの生えた布片を見つけて、心底嫌そうに零した。もはや醗酵を通り越している。
 火力は火炎放射器でも十分だったようで、既に汚い布の山は、炎の塊へと変貌していた。
「よーし、これでもう大丈夫だね」
 ふふん、と美羽は胸を張る。
 ここまで、ダンボールを相棒にこそこそと城の中を進んできた鬱憤のようなものが、炎をつける事で発散されたようだ。
 時折、放火魔なんて犯罪者が現れるが、何かに火をつけて燃え行くさまを見る、というのはこれが中々気分がいいもので、取り付かれてしまうのもわからなくもない。
 もっとも、放火は犯罪の中ではとりわけ重罪である。木造家屋が中心だった頃に火災がどれだけ恐れられたか、その恐怖は現代の法律においてもしっかり受け継がれているのである。
 善良な市民は、落ち葉を集めて焼き芋をするぐらいに留めておくのが最良である。焼き芋はおいしいので一石二鳥だ。
 ごうごうと勢いよく燃える炎は、遠くからもドドドドというけたたましい音を呼び込んだ。
 ここまで隠密行動だったが、炎をつけてしまえばそうは言ってられない。美羽とベアトリーチェの二人は、迫り来る足音に対して臨戦態勢を取った。
「あれ?」
 待ち構える二人は、しかし視界に飛び込んできた集団を見て、疑問の声を漏らす。
 現れたのは、三人の女性だ。よく見れば、後ろにテロリストが三人ほど続いている。それだけでは、三人の女性はテロリストに強力する某と思うかもしれないが、美羽もベアトリーチェもその三人が今回一緒に潜入した仲間である事を知っていたのだ。
 そう、朋美トメシメの三人である。
 実はテロリストの内通者だったのか、そんな疑惑が頭を過ぎっている間に、集団は二人の間をすり抜けると、桶の水を炎に向かって解き放った。
 炎の勢いは一瞬弱まるが、だが完全に消えるには遠い。
「ほら、あんた達、さっさと水を持ってきなさいな」
「はいっ!」
 完全に上下関係が確立されたらしい三人のテロリストは、二つ返事で廊下を駆け戻っていき、すぐさま次の水を持って戻ってくる。
「三人揃って動いたら効率が悪いですわ」
 シメが三人にバケツリレーを手ほどきする。
「そこのあんた達も、ぼさっとしてたらあきまへん」
「ふぇっ?」
 トメの矛先が美羽達に向けられる。
「はい」
 そしてすぐさま朋美から、水の入った桶を手渡された。
「早くしておくんなまし」
「あ、うん」
 混乱しながらも、美羽は水の入った桶をトメにリレーする。
 空になった桶を受け取り、それを奥に返して、水の入った桶を前に受け渡す。という動作を何度も繰り返していると、だんだん美羽も冷静さを取り戻してきて、「あれ?」と再び呟いた。
 美羽よりもいくらか早く冷静さを獲得した様子のベアトリーチェも、必死に消火活動をする朋美達一行の邪魔をする事もできず、流されるままバケツリレーに参加していた。その表情は、困惑しており、それは美羽も同じだった。
 結局、鎮火されるまで二人は消火活動に勤しんだ。
 重労働と炎の熱気で汗だくになった一行は、ひとまず消火活動が成功した事を、二人を除いて、喜びあった。
「なんだかすごくいい事をしたような気分だけど、これでいいのかなぁ……?」
 美羽の素朴な疑問に、ベアトリーチェはなんて答えたらいいのかわからなかった。