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■角なしヒュドラ

「ま、魔王ちゃんに手は出させないもん……!」
 必死でヒュドラの攻撃を受け止めるノーンだが、既に抑えつけるのも限界だ。
 亀裂の入った氷の盾を打ち砕こうと、ヒュドラが2つの頭を大きく振りかぶる。
 だが、その頭部が振るわれるよりも早く、割り込んできたのは1匹の竜。
「確か、この子は……」
 セレンとセレアナには見覚えがあった。
 つい近日、狂気のサーカスを焼き払った竜。
「サラダ、大人しくさせるのです!」
 パタパタと慌ただしくやってきたのはイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)
 サラダという名の竜は指示を受けると、暴れるヒュドラを力づくで抑えつける。
「随分派手にやってるな、イコナ」
「ヒュドラのことなら任せるのですわ!」
 過去にヒュドラを封印した経験から、自身に満ち溢れた表情で鼻を高くするイコナ。
 遅れてやってきたのは源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)
「ノーンちゃんのおかげで迷わずに済みましたー」
 彼らの周りにわらわらと群がる小さなティーやイコンの姿をしたミニキャラ達はどうにもそれぞれあちらこちらへ行こうとしている。
「今回はちょっと範囲が広すぎたのかな……」
 人海戦術で魔王を探そうとしたが、広い森という名の海に散らばっただけでうまく行かなかったことを思い出しながらも鉄心はヒュドラを見上げる。
 斬られたと思われた頭は既に再生しており、その生命力の高さには呆れさせられる。
「部下ねぇ……で、アレが部下になりそうに見えるのかい?」
「流石に無理だと思うですぅ。 アイツの暴れっぷりは並じゃねーですぅ」
 返事をしたのは魔王ではなく、エリザベート本人だった。
 おや、と辺りを見回すと樹の影に特徴的はウェーブヘアーが見えることから隠れているだけだというのは直ぐにわかる。
「それはまぁ、見ればわかるけどな」
 サラダの拘束を受けているにも拘らず、暴れることを続けるヒュドラの気性の荒さはよくわかる。
 説得するにしろ、追い払うにしろ、暴れられては止めを刺すしかない。
 しかし、吹き飛ばされた頭を再生させるほどの能力がある以上、激戦を繰り広げることになるのは間違いないだろう。
「頭を冷やしてくれればいいんだけどな!」
 鉄心はサラダに被害が及ばぬように座標を指定し、ヒュドラの周りに冷気の壁を作り出す。
 それと同時に大地に手を付ける様にしゃがみこみ、重力そのものを操りヒュドラへ重圧をかける。
 突然のことに驚き、苦しそうなうめき声を上げるヒュドラだが、抵抗する力は確実に弱くなっているようだ。
「ティー、今のうちに!」
「は、はい!」
 氷の壁で挟まれた状態ではあるが、ティーはヒュドラの前に立つが、彼女の姿を見るなりヒュドラは大きく方向をあげる。
「あわわ。 ……や、やっぱり怒ってます?」
 ギロリ、とティーを睨む目は怒りに満ちている。
「ら、乱暴したのは謝ります……。 けど、角はどうしても必要だったんです……」
 必死にティーは語り掛けるが、応えはない。
 むしろ、その問いかけで舐められて居ると思ってしまったのか、様々な方法により拘束されているにも関わらず暴れだす。
 サラダは必死に抑えつけるが、暴れることによって氷の壁は砕け、破片が辺りへ飛び散った。
「あわわっ!?」
「ティー!」
 砕け散る氷の雨から鉄心はティーを救いだし、距離を取る。
「……こうなったら倒すしかない」
 陽一が再び大剣を構え直すと、突如後方から木の実が大量に飛び、ヒュドラにぶつかり砕け散った。
「さあ、行くがいい、魔王エリザベートよ! 本物のエリザベートを倒し、お前が本物に成り代わるのだ!」
「うっせーですぅ! 魔王はあのデカブツを部下にするのが優先ですぅ!」
 樹木の幹で作られたロケットランチャーのようなものを担ぐ魔王からは、先ほどから打って変わって力を感じる。
「またアイツか……」
 きっと、隙を見てハデスが魔王になんらかの強化を施したのだろう。
 セレンは高らかに笑うハデスの姿を見て直ぐに理解した。
「まぁ、いいか」
 今回に限ってはそこまで悪い事はしていない、少なくとも魔王を見る限りはそう思える。
「ハデス、今回は見逃したげるわ」
「はっはっは! その甘さに後悔する事になるぞ『壊し屋』よ!」
「はいはい、そうね!」
 相変わらず憎たらしい男だと思うが、それ以上は気にかけないことにした。
「よーし! 全員魔王に続くですぅ!」
「何言ってやがるですか、このちんちくりんは」
 高らかに宣言する魔王と睨み合うエリザベート。
 そんな2人のやり取りは既に慣れた物と、各々にヒュドラを取り囲んでいる。
「あーもう! とんでもない事になってるじゃない!」
 森の中をするすると抜けるように箒にまたがり飛んできた董 蓮華(ただす・れんげ)は目の前の現状を見て目を丸くしていた。
「少佐と一緒に届け物に来たら魔王が行方不明だなんて聞いたから、どういうことなのコレ」
「魔王だからよ。わかるでしょ?」
 セレアナは呆れ気味に言うが、蓮華は納得したような納得できないような顔をしている。
「え、っと。 つまり魔王はヒュドラを倒して部下にしたいってこと?」
「そう言う事ですぅ!」
 びしっと指を突きつける魔王を見て、わなわなと腕を振るわせる蓮華。
 団長に作られた体を調整もせずに無茶しようとしているのだ。
 何よりも団長を大事に思う彼女のことだ、きっと怒るのだろうと誰もが思う。
「団長ったらもうこんな可愛い女の子を作れちゃうなんて。 もう、もう凄すぎるわ。 わかった、任せなさい!」
「うひぃ!?」
 勢いよく箒から飛び降りた蓮華は魔王をぎゅっと抱きしめる様に抱え上げ、再び箒にまたがり飛び上がる。
「ヒュドラの顔の前を餌になるみたいに飛ぶから、魔王はすれ違いざまに奴の口の中に機晶爆弾を投げ込んで」
 魔王に機晶爆弾を投げ渡すと、魔王は「よっしゃぁですぅ!」と気合を入れている。
「……可愛いなぁ」
 ふと、蓮華の口からそう言葉が漏れた。
 はっと自分の口を紡ぐ蓮華だが、当の魔王は爆弾を投げるタイミングを見計らっており聞こえていなかったようだ。
「蓮華、今だ!」
「了解よ!」
 鉄心の叫びと同時にイコナはサラダに離れるよう指示。
 剛腕の束縛から逃れたヒュドラは目の前に浮かぶ蓮華と魔王を威嚇するように大きな口を開けている。
「今っ!」
 目を瞑らず、しっかり見開いて、蓮華はヒュドラの口すれすれを滑空する。
 魔王も彼女に倣い、目を見開き、絶好のチャンスを逃さずに爆弾を口目がけ放り込む。
 2人がするりと抜けた瞬間にヒュドラの口は閉じ、口内で大きな爆発が発生してその場で昏倒した。
「やったですぅー!」
 着地し、大地を踏みしめた魔王ははしゃぎ、飛び跳ねている。
 蓮華も下手をすれば危なかっただけに胸を撫で下ろしているようだ。
「……これ、まだ生きてるんじゃないですの?」
 イコナがつんつんと口から煙を吹くヒュドラの頬を拾った枝で突くと、その目が大きく見開かれた。
「のー!?」
 咄嗟に構えを取る面々だが、ヒュドラに動く気配はない。
「待ってください。 えっと、角を乗せたかった? 頭に?」
 唸るようにしか聞こえないが、ティーにはその意図がしっかり伝わっているようだ。
「すみません、もう角は魔王さんに……。 え、違う?」
 ヒュドラはよろよろと頭を魔王の目の前へと運ぶ。
 万が一のことを考え、全員で警戒するがその動作に敵意や殺意はみられない。
「……乗れってことですぅ?」
「だ、そうです」
「ふ、ふふふ。 つまりは部下になるってことですぅ!」
「ふははははは! これぞ我が英知による物よ!」
 飛び跳ねる魔王と、なぜかそれに釣られて高笑いするハデス。
「さぁ、魔王エリザベートよ。次は我らオリュンポスと共に、この世界を征服しようではないか!」
「そう言えば、あの体は調整前だったと思うだけど、あそこまで動くようにしたのって貴方?」
「そうとも」
「……勝手に弄ったの?」
「そうだが?」
 蓮華はハデスの返答を聞き、1つの考えに至る。
「団長のご好意が詰まった体を勝手にいじくったのね、許せない!」
「なんとぉ!?」
 蓮華の鉄拳がハデスの顔面に直撃する。
 咄嗟にかわすが、蓮華のラッシュは止まらず、堪らなくなったハデスは森の中を逃げ出した。
「うひょー! やっぱり魔王のおかげですぅ!」
「ふふっ、よかったぁ」
 ヒュドラの頭に乗って喜ぶ魔王と呆れるエリザベート。
 そんな彼女達の様子を見て、ノーンは微笑みながら着替え用に持ってきたエリザベートと同じ服を非物質化したみかん箱から取り出していた。