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森の精霊と抜けない棘

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森の精霊と抜けない棘

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【2章】思い出を探して


「族長とリトだけで森に行くなんて万が一の事があっては大変でしょ。カイくんも一緒に行くわよね。リトを護るのは男の子の役目よ」
「あれ? 俺も行くんですか?」
「え? 男は女の子を護らなきゃって、エースやメシエが」
 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)にそう言い含められて、カイ・バーテルセン(かい・ばーてるせん)はハーヴィの家に戻ってきた。集落入口において『灰色の棘』と契約者たちの話も聞くには聞いていたが、あまりに影が薄すぎて口を挟むのも躊躇う感じではあったので、リリアの言うとおりにしても良いかなという気になっていた。
「――というわけで、俺も同行することになりました」
 リトおよび集落の族長・ハーヴィ・ローニは、カイが想像していたよりも遥かに落ち着いた様子であった。ハーヴィは少し安堵したような笑みさえ浮かべて頷いている。
「なんじゃ、そうなのか。騒ぎは収まったと見て良いんじゃな」
「あー……えぇと、まあ大丈夫かと……」
 リトがいる手前詳しく説明することは憚られるが、引き続き『灰色の棘』と共にいる者と森へ同行する者、それぞれに【テレパシー】が使える人がいると聞いている。何かあっても情報を共有出来るわけで、とりあえずは大丈夫だろうとカイは考えていた。
「大丈夫なら、行こう。森へ」
 リトのその言葉で、一行は集落の西側から出発することになった。


 少なくとも一見した限りでは、森の中は極めて平穏であった。少し色濃くなった草や葉のせいで、夏が近づいたことを感じさせる香りが充満している。森に暮らす動物たちから悪意は感じられないし、一行の足跡の他には小鳥のさえずりが聞こえるばかりで、危険などまるでありそうもない。
 それでも契約者たちはリトとハーヴィを護るために用心していた。十分に周囲を警戒しつつ、ゆっくりと歩みを進めていく。
 とはいえ、白波 理沙(しらなみ・りさ)は「今回はリトとハーヴィが一緒に行動してるから、どっちも守ってあげやすくて良いわね」と楽天的だった。むしろ彼女の心配事は、同行している他の大多数の契約者たちがそうであるようにリトの記憶の方にある。理沙は記憶を戻すこと自体には賛成であったし、精一杯協力もしたいと考えていた。辛い記憶だったとしても、リト本人が望むのならやっぱり記憶を戻した方が良い。
(リトも忘れているのが良い記憶じゃないって事は薄々感じてるみたいだし……。だったら協力してあげたいな。どんな記憶でもリトのモノである事には間違いないんだし、ね?)
 そう思ったからこそ、理沙は護衛を引き受けたのだ。だからと言って、第三者が無理矢理に思い出させようと出しゃばってくるのには反対だった。その思いに関しては、彼女のパートナーであるチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)も同様だった。
(リトさん、きっとわたくしたちが考えてるよりも凄く悩んで決心したんだと思いますわ。思い出した時に苦しい思いをしないか心配ですわね……)
 そう思いながら、チェルシーは度々リトの様子を確かめるように視線を送っている。
 一方ランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)は、理沙たちが何故そのように心配しているのかよく解っていなかった。
(んー……よくわかんねーなぁ。過去に何があったとしてもリトはリトだろ?  過去の記憶もリトのモノじゃないのか? だったら思い出させればいいんじゃねーか?)
 辛い過去があったとしても、今を良い状態にするよう動けばいいだけだ。仮にリトが弟やその他いろいろなことを思い出して辛い思いをしたとして、その時に助ける方法を考えれば済む。極めて素直にポジティブに、ランディはそう思っていた。
 鳥が一羽、ピューィと鳴いて頭上の枝から飛び立つ。リトは思わずそれを見上げて、視界の隅へ消えるまで目で追った。
「オナガかな? 仲間を呼んでるみたい」
「リトは昔から生き物が好きじゃのぅ。大抵の動物とは仲良くなっていたし」
 ハーヴィの言葉を聞いて、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は二人の思い出を引き出すきっかけになるかも、と会話に加わった。
「昔から? リトは幼い頃から動物好きなのか」
「うん、好き……だけど、ハーヴィだってそうでしょ?」
「いや、オオカミや猛禽類とも打ち解けられるリトと比べたら、我の『好き』は大したことないと思うんじゃよ」
 ハーヴィは笑いながら首を横に振っている。それに釣られたのか、リトは少し照れくさそうな笑みを浮かべて「そういえばそんなこともあったっけ」と答えた。
「リトがオオカミの群れに囲まれて眠っていた時は、死んでしまったんじゃないかと思って怖かったんじゃぞ」
「あのコたちの治療を終えたら、何か安心して眠っちゃったんだよね。私、ハーヴィの泣き声で飛び起きたんじゃなかった?」
「それでは我が泣き虫だったみたいじゃないか……実際、森中の動物の世話をしていたリトと比べたら、我はほとんど何もしていなかったかも知れんが……」
「ふふ、確かにあの頃、動物と言えば私って感じだったよね。森の生き物と触れ合ってる時間が多かったし、それがとても楽しかったし……もちろん樹や花も好きなんだけど、植物は私よりも……あれ?」
 言いながら、言葉が引っ掛かるような違和感を感じてリトは口を噤んだ。何故だろう、何か……。
「どうした?」
「私が動物担当なら、植物は……ハーヴィ……だっけ?」
 自らの言葉に首をかしげているリトの様子に、ハーヴィははっとした。
 かつていつでも一緒だった双子の聖霊――そのうち、姉であるリトは特に動物を。そして弟のヴィズは植物を、愛し育んでいたのだ。
「あれ。違う、よね? 何だっけ……ねぇ、ハーヴィ……私、何か忘れてる?」
 助けを求めるような眼差しに、ハーヴィは思わず言うべき言葉を見失った。このままヴィズのことを話すべきなのか? しかしそれがきっかけでリトが壊れてしまったらどうすればいい? この期に及んでもなお臆病な自分自身が嫌だ。それでも、ハーヴィはどうしたらいいのか解らない。自身の恐れが伝染したようにリトが頭痛を訴えても、心配することしか出来ないでいる。
 そんな時、ダリルがリトの頭を優しく撫でて言った。
「辛い記憶もあるが、それは思い出すことで解決できる。 だから、恐れなくて良いんだ」
 リトは痛みに耐えながら、ただ押し黙って頷いた。