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森の精霊と抜けない棘

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森の精霊と抜けない棘

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【3章】葛藤の先に


 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は一行に混ざって歩きながら、考えを巡らせていた。
(……リトの記憶を呼び覚ますものとして緑の機晶石があれば良いんでしょうが……持ち去られてますしねぇ……)
 『灰色の棘』が助けを求めてきたときにはもしや石を所持しているらしいソーンと邂逅することがあるかも、と思いはしたが、状況から鑑みるにその可能性は極めて低そうだ。
(まぁ、この地を愛してた記憶は多少なりとも残ってますし、森を散策するだけでもふとした事から記憶が戻るかもしれませんね。ただ……何か、いやーな予感がするんですよねぇ……)
 果たしてその予感は的中した。
 それまでハーヴィたちと普通に会話をしていたにも関わらず、リトは次第に言葉少なになり、ついにはその場に立ち尽くした。
 そして。 
「……ヴィズ」
 ぽつりと呟いたその直後、リトの足元が激しい音を立てて凍り付く。
 冷気は一瞬にして周囲の熱を奪い、大地を伝って固い氷の凶器を無数に出現させた。思わず、貴仁は飛翔術を用いて後ろに跳び退る。
 渦巻く冷気の中心にあって、リトの両足は地面諸とも氷結している。半身を僅かに仰け反らせた彼女の瞳は昏く、ただ虚空を見つめるばかりだった。
 リトが生み出す氷の刃はあまりに鋭く刺々しく、その身体をいとも容易く磔にした。
 足元から伸びた樹氷の切っ先が、真っ直ぐに白い喉目がけて伸びる。
「リト!」
 瞬間、茂みから飛び出した紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の【森羅封印・万象回帰】と、リリアの【シーリングランス】が炸裂した。
 強引に力を封じ込められて、リトの身体を支えていた氷が崩壊する。
 エースの成長させた蔓性植物が巻き付いて転倒速度を緩めたところで、リトは唯斗に抱き留められて事なきを得た。
 唯斗は、つくづく身を隠しながらついて来て良かったと思う。彼は万一リトが暴走したりした時の為の伏兵となるため、同行人からも姿を隠していたのだ。より強力なスキルも使う準備だけはしていたが、出来ることならそれは使いたくないと思っていたので、初手で受け止めきれたのは何よりだったと言う他ない。


 ――ごめんね。あの時私が実験に協力するなんて言わなければ、あの人間たちに付いて行かなければ、こんなことにはならなかったのに。
   ごめんね。あの時森に留まっていれば、きっと今でも三人で笑っていられたのに。
   何もかも、悪いのは私だったよ。
   一人だけ生き残って、狂って、封印もしてみたけど、ダメだった。
   どうしてあのまま死んでしまえなかったんだろう。『永遠の生命』なんて、こんな重いだけの荷物要らないのに。
   ねえヴィズ、あなたが死んでも私、強い苗にはなれなかったよ。
   私、ただの化け物になっちゃったよ。ねえ、ヴィズ……――
   

「リト!」
 契約者たちの呼びかけにも、カイ、ハーヴィの声にも、リトは応えなかった。
 チェルシーの治療によって軽い傷も全て癒えたはずなのに、その目は何も見ようとしない。
 ハーヴィは両目に涙を一杯に溜めて呼びかけを続けている。リトの手を包んだ小さな両手が震えているのを見て、カイは気持ちを宥めるように彼女の肩をそっと叩いた。
「大丈夫。族長、落ち着いて」
「落ち着いてる場合か! リト! リトー!」
「……ほら見ろよ、リト。早く返事してやらないから族長がご乱心だ。――というか族長、それじゃ返事出来るものも出来なくなりますから、少し落ち着きましょう」
 そうは言うものの、カイだって内心は焦りまくっていた。視線を横に転じると、チェルシーが拳をぎゅっと握ったままリトの顔を見つめている。
「大丈夫です、リトさんにはハーヴィさんも居るし私たちも居ます」
 悲痛な空気を打ち破るように、そう言ったのは姫乃だった。彼女は信じていたのだ。
「リトさんは絶対に過去を乗り越えられます」
「あ、ああ……そうじゃ、そうじゃな。負けてはダメじゃ、リト。まだ味方がこんなに居るんじゃよ。じゃから、負けるな……!」
 姫乃の言葉を聞いて少し落ち着きを取り戻したハーヴィは、リトの手を強く握って励ます。
 そしてしばしの沈黙の後。
「……ハーヴィ」
 リトの口が開いて、親友の名を呼んだ。
「リト!」
「ハーヴィ……ヴィズは、もういないんだね」
 見開かれたままだった銀の瞳が閉じられて、リトの頬を一筋の涙が伝う。耐えかねたのだろう、ハーヴィも彼女の手を握ったまま、それを抱きしめるようにして泣いた。
「もう大丈夫……私思い出したから。ねえ、ハーヴィ」
 ハーヴィが泣き出すと、リトは妹を宥めるように優しく声をかけて手を握り返した。
「なんっ、なんじゃ……ひぐっ……」
「覚えていてくれて……思い出させてくれて、ありがとね」
 その一言で、ハーヴィは昔のような泣き虫に逆戻りしたようだ。何千年か分の涙を溢れさせては、ただただ泣きじゃくった。