天御柱学院

リアクション

【西暦　２０２Ｘ年】

８４６プロダクション社長日下部　社（くさかべ・やしろ）、美人バイオリニストとの熱愛発覚！
芸能プロ社長とバイオリニスト、密かに育み（はぐくみ）育てた愛
『オリバー』の名付け親はこの人！アダ名に込められた深い愛情！

　そんな言葉で飾られた週刊誌やスポーツ新聞が、テーブルの上にズラリと並ぶ。
　その一冊をパラパラとめくりながら、御上　真之介は、この日何度目かの感嘆の吐息を漏らした。

「は〜……。スゴいね、やっしー。どれもこれも、トップ扱いじゃない」

　ちなみに、やっしーというのは、社のアダ名であり、オリバーは社のカノジョのアダ名である。

「い、いやぁ〜。パパラッチって、ホンマにおるんですね〜。ハハハ！参った参った！」
「笑ってる場合じゃないでしょ、マスター！」
「す、スンマセン……」

　響　未来（ひびき・みらい）にたしなめられ、しゅんとする社。
　社は、長年マスコミには秘密にしていた彼女との交際を、写真週刊誌にスッパ抜かれてしまったのである。
　　
「まあまあ、未来くん。それでやっしー？僕に相談っていうのは？」
「そ、そそ、それなんですよ先生！」

　社は、テーブルの上にグッと身を乗り出した。

「俺は別に、人前に出るのが仕事っていう訳でも無いですから、そんな騒がれても問題ないですけど、オリバーは現役のバイオリニストじゃないですか。変に勘ぐられて悪いウワサが立ったりしたら、迷惑がかかってしまうんや無いかと思って……」
「うん。確かに、あり得ない話じゃないね」
「でしょう！それでまぁ、こんな事があったからっちゅうわけでもないんですが――」
「うん？」
「い、いえですね。そろそろ、その……けっこん〜……とかした方がいいのかな〜、とか。でもでも、オリバーは今絶賛売り出し中で、波に乗ってる時期ですし、オレはオレで事務所の方が色々忙しかったりするもんですから、お互い落ち着くまで、もう少し待った方がいいのかな〜とか思ったりしまして……。それでゼヒ、先生の意見を聞きたいな〜と」

　社にしては珍しく、歯切れの悪い物言いである。

「ふ〜ん……。相談って言われもねぇ……。僕だって、結婚したコト無いし」
「そ、それはわかってます！わかってますけど！先生はホラ、頭脳明晰にして人生経験豊富な大人の男性やないですか！！そんな大人な先生がもしオレの立場だったら、どうするかって言うのを、参考までにゼヒお聞きしたいと！！」

　妙に必死な社である。

「はぁ、なんだかなぁ〜……。まぁわかったよ。君も、だいぶ困ってるみたいだし、君の考えを整理する手助けでよければ、してあげるよ」
「助かります、センセイ！！」

　パンッ！と両の手を合わせて、御上を拝む社。

「いやいや、そんな拝まなくていいから――。それじゃ、僕が君に幾つか質問をするから、それに正直に答えてね」
「は、ハイ！」

　居住まいを正し、ゴクリと唾を飲み込む社。
　多分に、緊張しているようだ。
　その隣では、未来がそんな社の様子を面白そうに見つめている。

「それじゃ、最初の質問。二人の間で、これまで結婚について相談したコトは？」
「ありません」
「そう。それじゃ、相談までいかなくても、結婚について話題にしたコトは？」
「あ〜……。ある〜にはありますけど〜……。その時はまだ付き合い始めたばかりだったもんで、『まだまだ先の話だよね』みたいなコトになりまして……」
「成る程……。じゃあ、随分の昔の話だね」
「ハイ」
「それで？君としては、今すぐ結婚したいのかな？」
「い、いや。今すぐとゆー訳では無いですが――……」
「が？」
「い、いえですね。今すぐ結婚したい訳じゃないですが、少しでも長くオリバーと一緒にいたいというか、出来るだけ彼女を近くに感じていたいっちゅうか、そういう『想い』が会う度に強くなってまして――……」
「う〜ん……。コレは、僕じゃダメかなぁ」
「エエッ！ダメって！？」
「僕じゃなくて、まず彼女と話をした方がいいってコトだよ。今のやっしーの言葉をそのまま伝えて、オリバーの意見を聞いてごらん」
「そ、それはつまり、プロポーズしろと……」
「あー、ウン。そうだね。そうなるかな」
「ね〜！だから言ったでしょ、マスター！」
「うわぁ〜、やっぱりそうかぁ〜」

　ココぞとばかりに勝ち誇る未来に、思わず頭を抱える社。

「な、なんだい一体？……あれ？もしかして、やっしーが僕に相談しに来たのは――」
「そう！マスターってば、私に『さっさとオリバーにプロポーズしちゃいなさいっ！』って言われて、散々悩んだ挙句に結局踏ん切りが付かなくって、それで先生のトコロに相談しに来たの！！」
「うう……。やっぱり、プロポーズするしかないんかぁ〜！！」
「どうしてそんなに、プロポーズを嫌がるんだい？」
「『万が一プロポーズして断られたら』って、心配なのよね、マスター？」
「アホぅ！そんなんちゃうわい！！」
「じゃあ、どうして？」
「そ、それは……。なんていうか、オリバー今スゴい大切な時期で、頑張ってるのよく分かるし、そんな時に自分の都合ばかり押し付けるようなコト言って、困らせたくなくて――……」
「ん〜、それはちょっと、違うんじゃないかなぁ」
「えっ？」

　御上の意外な言葉に、キョトンとする社。

「プロポーズって言うのはさ、あくまで『僕と結婚して下さい』って申し込むだけだから。『今すぐ結婚して下さい』っていうコトではないし、ましてや『結婚しろ！』っていう命令や強制じゃ無い」
「そ、それはもちろんそうです」
「なら、まずは君の正直な『想い』を伝えて、オリバーの意見を聞くべきだね。そりゃ、最初は彼女も驚くかもしれない。けど、結婚っていうのは一人じゃ出来ないコトだからさ、それをするにあたって、当事者の意見を聞くのは、別におかしいコトでもなんでもない」
「そ、そうでしょうか……」
「そうさ。君は、オリバーのコトを大切に考える余り、難しく考え過ぎてるんだよ。君たちみたいに、傍から見てもお互いに好き合ってるが丸わかりなカップルなら、およそプロポーズが断られるなんて考えられない。ならプロポーズなんて、君たち二人がホストのパーティーの予定を立てるようなもんさ。パーティーをするにあたって、彼女の都合や好みを聞くのは当たり前だろ？」
「そ、それはそうかも知れませんが――って、そんなに丸わかりですか？オレら！？」
「バッカねぇ〜。分かってないのはマスター達だけよ」
「なにィ！」
「まあまあ。とにかく、そういう訳だから。一刻も早く、彼女にプロポーズした方がいいよ。それに――」
「それに？」
「きっと君がこうして悩んでいるように、彼女も気を揉んでるんじゃないかなぁ」
「うっ！そ、それは……確かに……」
「だろう？最終的に結婚がいつになるとか、マスコミへの発表をどうするとか、結婚よりも事実婚を選ぶとか、そういうコトは取り敢えず置いとくとして、まずは彼女を安心させてあげなきゃ」
「わ、わかりました先生！オレ、間違ってました！今スグ、彼女のトコ行ってきます！！」
「ナニナニ！社くん、ついにプロポーズするの！？」
「ウワァ！ど、どっから出たオマエ！！」

　突然ドアから姿を現した東雲　秋日子（しののめ・あきひこ）に、口から心臓が飛び出さんばかりに驚く社。

「こんにちは〜、センセイ。お久し振りです♪」
「やぁ！秋日子くん、久し振り。今日は、要も一緒なんだね」
「ご無沙汰してます、先生」

　秋日子の後ろから、要・ハーヴェンス（かなめ・はーう゛ぇんす）がひょこっと顔を出す。

「ちょっと待て。オマエらプロポーズって……。一体ドコから聞いとった！？」
「ど、ドコからって……ねぇ」
「ほぼ最初から最後まで……ですかね」
「ドアの前まで来たら、中で話してるのが聞こえちゃって……。ちょっと入りづらくなっちゃって……」
「決して、悪気あった訳じゃないです」
「ま、また出歯亀されおった……。一体どういう星の元に生まれたんや、オレ……」
「そんなコトで落ち込まないの、マスター。ほら、いい子いい子してあげるから♪」
「いらんわ！」
「それより社くん、結婚おめでとう！ハイこれ、お祝い！！」
「日下部くん。この度は、ご結婚おめでとうございます。まさに、お似合いのカップルですね」

　満面の笑顔で、社に包みを差し出す秋日子と要。

「お、お祝いって……。オマエら、なんで……？」
「なんでって――」
「未来ちゃんから、『マスターがついに結婚する決心を固めた』ってメールもらったから……」
「み、未来！？オマエなんで――」
「だってマスター、御上センセイに相談しに行くって言ったでしょ？そんなのセンセイに相談したら、『プロポーズしろ！』って言われるに決まってるじゃない」
「なっ――！オマエ、初めからそのつもりで――」
「まあまあ、もういいじゃない社くん。結局、未来ちゃんの言う通りになったんだから」

　今にも未来を怒鳴りつけそうな社を、秋日子がなだめる。

「それより日下部さん、いつプロポーズするんですか？」
「いつって……。だから今からなんでしょ、要？」
「でも秋日子くん、プロポーズするんなら結婚指輪が無いと」
「あ〜、そっか〜！それじゃ、今スグ買いに行かないとだね〜」
「いや。いきなりショップに行くより、ネットで調べて少しイメージを固めてからの方が良くないかな？」
「あ、それもそうか！流石は要♪えっと、モニターが大きい方がみんなで選べていいよね〜。センセーイ、パソコン借りていいですかー？」
「ああ、いいよ」
「ちょ、ちょっとまてオマエら！何をそんなヒトの結婚指輪を楽しげに――」
「いいから、早くおいでって社くん！一緒に選んであげるから！女子の貴重な意見を聞ける、折角のチャンスを無にする気？」
「う、そ、それは――」
「ハイ、決まりね！ほらこっち来てこっち！」

　半ば無理やり、社をＰＣの前に引きずっていく秋日子。

「あ〜！ワタシも選ぶ〜！」
「あー、未来くん。ちょっといいかな？」

　指輪選びに加わろうとする未来を、御上が呼び止める。

「え？なんですかセンセイ？」
「今、ココにある新聞や雑誌をざっくりと読んでみたんだけどね――」

　テーブルに山と積まれた書類の山を、ポンと叩く御上。

「どうもどの記事も、内容が似たり寄ったりでさ。しかも、写真までほぼ一緒。これはつまり、情報のソースが同じってコトだ。それで思ったんだけど――」

　ここまで言って、御上は顔を未来の耳元に近づけた。

「情報流したの、キミでしょ？」
「ありゃ〜……わかっちゃいました？」
「やっぱり。パパラッチの取材にしては妙に情報が正確だし、二人が子供の頃の話まで書いてある。しかも写真もかなり近い位置から撮ってるし、おかしいと思ったんだよね」
「えへへ〜。どうにもマスターがはっきりしないんで、この際ちょっと背中を押してあげようと思ったんですけど、まさかこれ程の騒ぎになるとは……。マスターには、内緒ですよ？」
「は〜……。しょうがないなぁ。今回はこの程度の騒ぎで済んだからいいけど、次からは気を付けなよ？」
「ハ〜イ。スミマセ〜ン」

　ペロッと舌を出す未来。
　正直、あまり反省しているようには見えない。

「未来ちゃ〜ん！未来ちゃんも、こっち来て指輪選ぼうよ〜！」
「ウン！行く行く〜！」

　こうしてひとしきりＰＣの前ですったもんだした挙句、みんなは社に付き添って、結婚指輪を買いに行ったのだった。

　そして――。


「プロポーズ、上手くいくとイイね、社くん」
「大丈夫ですよ。きっと、上手く行きますよ」

　指輪を持って、オリバーに会いに行く社を見送った後。
　秋日子と要は、騒動の余韻を覚ますように、夜の公園をプラプラと散歩していた。

「ねぇ、秋日子くん？」
「ん〜？なあに、要？」

　彼の肩に頭を預けたまま、秋日子は言った。

「……秋日子くんは、俺とずっと一緒にいてくれるよね？」

　いつになく真剣な要の声に、秋日子は顔を上げた。
　すぐ側に、要の顔がある。
　思わず、その瞳に引き込まれる秋日子。
　彼の瞳に映る、自分の顔が見えた。

「……あ、当たり前でしょ、そんなの……。要こそ、私のそばにずっといてくれなきゃ嫌だからね……！」
　　
　顔を紅くして、目を背ける秋日子。

「ウン、わかった。ありがとう、秋日子くん……」

　秋日子の手を握る、要の手に力が籠もる。


「え……。要――？」

　もう一度、要の顔を見ようとした秋日子。
　その顔に、要の顔が重なった。

「か、要……」

　わずかに灯る街灯の下。
　二つの影は、長く重なりあったままだった。


「あれま〜。折角、忘れ物のハンカチ届けようと追いかけて来たのに〜。こりゃ、お邪魔みたいね〜」

　そう言いなから、何故か手近な植え込みを身を隠す未来。
　どこまでも、出歯亀する星の元に生まれた悪魔であった。