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ツァンダの自由な一日



「はーい、お座りしましょ」
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が娘の陽菜をソファーにお座りさせると、何かを欲しがるように赤ちゃんが両手を前に突き出してにぎにぎした。
「だー、だー」
「ああ、陽菜が何か欲しがっている。なんだろう、何を欲しがっているんだろう」
 赤ちゃんの何気ない仕種にも反応して、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がわたわたとリビングを歩き回る。
「これかな? これかな?」
 目についた物を手に取ると、確認するかのように赤ちゃんに見せながら、御神楽陽太が確認しようとした。
「これ、何をするのですか!」
 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が、スパコーンとハリセンでみごとに御神楽陽太をひっぱたいた。あまりに華麗に勢いよくひっぱたいたもので、もう少しで前方一回転するところだった。
「きゃっ、きゃっ」
 それを見て、赤ちゃんが手を叩いて喜ぶ。いつの間にか、御神楽環菜の膝の上にだかれて、御機嫌のようだ。
「そんな床から拾った物を、いきなり赤ちゃんに渡してどうするのです」
 いきなり正座させられて、エリシア・ボックに説教される御神楽陽太を見て、赤ちゃんは大はしゃぎだ。なので、苦笑いしながらも、御神楽陽太と御神楽環菜の夫婦は、そのままにしている。
「相変わらずですね」
 隣の部屋で何かの巻物みたいな物を広げていた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が、クスリと笑った。
「はーい、モデラート、ごはんだよー」
 庭では、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)モデラートに餌をやっている。
 育児に忙しい御神楽陽太たちを見ていて、なんだかノーン・クリスタリアの母性本能も、ちょっぴりだけ目覚めたらしい。まあ、ほんのちょっぴりだが。そのせいで、最近では、ペットたちのお世話を積極的にしている。
「何を見ていたのです?」
 説教に飽きたのか、エリシア・ボックがやってきて御神楽舞花に訊ねた。
 何やら、あみだくじのような物を熱心に見ている。
「ええっと、競竜の家系図を……」
 見ていた物を慌てて丸めながら、御神楽舞花が言った。
「なんと! わたくしにも見せてほしいのですわ!」
 ギンと、エリシア・ボックが目を輝かせた。きっと、御神楽舞花が競竜でよくあてるのは、このデータを知っているからに違いない。
「ダメです。これは、ひ・み・つです」
 そう言うと、御神楽舞花は巻物を持ってその場から逃げだしていった。
 巻物の文字は、エリシア・ボックの物のようにも見える。
「あの、陽菜ちゃんがねえ……。これからが楽しみですね」
 少し先の未来の出来事を思い浮かべるように、御神楽舞花が期待に満ちた顔で微笑んだ。

    ★    ★    ★

「いい天気だよねー。次はどこに行こうか?」
 ランチをとったレストランから出てきた芦原 郁乃(あはら・いくの)が、大きくのびをして言った。秋月 桃花(あきづき・とうか)と一緒に食べたお昼は、とても美味しかったようだ。
「そうですねえ……」
 ちょっと、秋月桃花が考え込んだ。
 久しぶりののんびりしたデートだ。取りたてて、行くあても決めずに二人の時間を楽しんでいる。
「うーんと……、あれ?」
 周囲を見回して行き先を探していた芦原郁乃が、誰かを見つけて目の上に片手をかざした。アンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)荀 灌(じゅん・かん)
「こんな所で会うなんて。二人共デート?」
 ニマニマしながら、芦原郁乃が訊ねた。
「そ、そんなことはないぞ」
「そんなことは、ななないですじょ」
 アンタル・アタテュルクと荀灌が、少ししどろもどろに答えた。荀灌などは、思いっきりかんでいる。否定はしていても、微妙にシンクロしているところが、何をかいわんやである。
「じょ?」
「ないです!」
 小首をかしげて自然に突っ込む秋月桃花に、荀灌が思いっきり言いなおした。
「そうだよね。そんなわけないか」
 うんうんとうなずく芦原郁乃に、荀灌が凄く複雑な顔になる。否定していいのか、肯定していいのか、どちらにしても墓穴を掘るのは目に見えているという顔だ。
「どうしたの?」
 そんな反応がちょっと可愛くて、芦原郁乃が荀灌をからかう。まあまあそのへんでと、秋月桃花が、芦原郁乃の袖を引っぱった。
「ちょうどいいから、Wデートしよ」
「それはいいですね」
 芦原郁乃の言葉に、秋月桃花も荀灌たちをうながした。
「まあ、いいんじゃないか。俺たちの続きはまた今度な」
「お兄ちゃんがそう言うんなら……」
 アンタル・アタテュルクに頭を撫でられて、荀灌が渋々了承する。デートとを否定しないところで、すでに自白しているような物だ。
「よーし! じゃあ、買い物にいっくぞー♪」
 芦原郁乃を先頭にして、一同は意気揚々とウインドゥショッピングに出かけた。とはいえ、見れば欲しくもなってくるもので、ちょこちょこと小間物を買い集めていく。
「ようし、次だー」
「わーい」
 なんだか買い物に夢中になって、芦原郁乃と荀灌が駆けだしていってしまった。
 最終的に、戦利品をすべて運ぶのはアンタル・アタテュルクの役目だ。
「大丈夫ですか? 少し持ちましょうか?」
 ちょっと気の毒に思って、秋月桃花が訊ねた。
「いいっていいって。こんなんは男に持たせときゃいいんだって」
 そんなやりとりをしていると、スッと二人の横に派手な萌え絵を描いた痛飛空艇が近づいてきた。どうも、宅配便の中型飛空艇のようだが。
「そこのお二人さん、この場所ってどこかなあ」
 運転席から顔を出して、神戸紗千が道を訊ねてきた。
「ええと、そこでしたらこの先を……」
 手書きの地図を見た秋月桃花が、正しい場所を神戸紗千に教える。
「おーい、どうしたのー」
 先に進んでいた芦原郁乃と荀灌が、手を振りながら戻ってきた。
「うん、だいたい分かった。ありがとな。おっと、邪魔しちゃったかな。早く二人のお子さんのとこに行ってやんなよ。じゃあ、な、ありがとー」
 そう言うと、神戸紗千が、痛飛空艇をかっ飛ばして去っていく。
「お子さん……、お子さん……、お子さん……」
 がーん、がーん、がーんと、芦原郁乃と秋月桃花が呆然とその場に立ち尽くした。
「わたし、いくつに見られてたのかな……」
「姉妹ならまだしも、親子に見られたのは……」
 初めてのことに、二人はショックからなかなかさめないでいる。特に、こんな大きな子持ちに見られた秋月桃花のダメージは計り知れなかった。
「まあ、なんだ。俺と並んでたせいでだろう。とんだとばっちりだったな」
 慌てて、アンタル・アタテュルクがフォローに回る。
「ここは、大人っぽいと見られたと言うことで……」
 納得しようやと、アンタル・アタテュルクが秋月桃花を慰めた。ナイスフォローですと、荀灌がサムズアップをしてみせる。
 そんな子供っぽい仕種に、俺も父親に見られたんだがと、アンタル・アタテュルクが心の中で溜め息をついた。荀灌と並んで恋人同士に見られるのはいつになるやらと、アンタル・アタテュルクは来るのかも分からない日を考えて天を仰いだ。