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リアクション
第二章
けたけた……
「今、どこかで爆音が聞こえなかった?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、辺りを見回して言った。
「ああ。確かに聞こえた。爆発で驚かせるような危険な仕掛けはないだろうから、誰かが驚いて爆弾でも投げたか?」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も森を見回して、興味ありげな声色で言った。
二人とも手ぶらだ。武器や武装は持ってはいるが、すべてぽいぽいカプセルに詰め込んでポケットに入れてある。さすがに大剣をぶらさげながら楽しむものではない。
「さすがにそれはないと思うけど……ところでさ、ダリルはこの辺の幽霊の噂、聞いたことある?」
「噂? 先ほど順番待ちをしていた時に聞こえてきたアレのことか? いや、初耳だな」
「何があったのかな。幽霊になるくらいだから、きっと無念だったんだろうなぁ」
「そうだろうな。しかもまだ幼い女の子だったらしいからな。しかしまだ噂レベルの話だ。実際にいるかどうかは分からないだろう」
「そりゃそうだけどさ……うわ!」
瞬間、隣の大きな茂みから大量の顔が飛び出してきた。血まみれだったり、顔面蒼白で笑みを浮かべていたり、苦悶の表情だったりとさまざまで、根源的な恐怖を煽る。
「ああ、びっくりした。うわぁ、全部じっとこっち見てるよ。なんかこう、得体の知れないものだったり、自分の理解を超えたものが出てくると、ほんとに怖いって思うよね」
「ふむ……視線がちょうどこの位置で一点集中するように角度が調整されている。ということは誰かがこの位置に立ったら反応するようにセンサーか何かがあるのか。それから……」
「わ、ダリルがすごい興味津々な目でデスマスクたちをじっと見てる。ちょっとダリル!」
「すまん、少し待ってくれ。これはなかなか凝った仕掛けだぞ。ほら見てみろ、ここにセンサーがある」
「終わったら関係者に聞いてみればいいでしょ! 仕掛けを解読しちゃったら風情がないわ! 次行くわよ、次!」
「解せん……」
ルーに無理矢理引っ張られながら、ダリルは小さく呟いてその場を後にした。
■■■
今回の肝試しコースには、ちょうど中間の地点に休憩所を設けてある。
一部の主催側契約者が、休む場所が一つくらいあってもいいのではないか、と案を出した。確かに今回はだいぶ長めのコースに仕上げているため、休む場所を作るのは良いことだ。というわけで可決。ややスペースがある広場をコースに組み込み、簡単な椅子と長机を用意。僭越ながらクーラーボックスに缶ジュースをサービスさせていただいた。なお、定期的に主催者たちがやって来て飲料の補給をしている。
「ふう……」
そこへ、やや疲労が見える青年、酒杜 陽一(さかもり・よういち)がやって来た。
彼もまたオバケ役として今回の肝試しに参加していたが、先ほどの爆発騒ぎで尽力し、今まさにそこから戻ってきている最中だった。火事の被害が大事になる前に防ぎ切ったのは何を隠そう、彼の持つスキル・氷術のおかげである。このまま休憩所を素通りし、本来の持ち場に戻る、そのはずだった。
「爆発、大丈夫だったノ?」
にゅ、と突然、茂みの近くからぬいぐるみのような何かが立ちあがった。
「うわ! びっくりした!」
「あら、ごめんなさいネ」
ゆる族のキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)はころころ笑いながら近寄ってきた。
今回、パートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は深い事情により不参加。今回のイベントには単独で参加している。
「大丈夫じゃないさ。あっちの仕掛けが少しやられた。さっき御神楽さんが来て修理を始めてるからいくつかは復活するだろうけど……」
「あら、そう。大丈夫かしら。にしても、珍しいこともあるのネ」
「?」
「使い慣れてる火術が暴発するなんて、素人じゃあるまいシ」
言われ、陽一はちょっと怪訝な顔をした。
「言われてみれば……」
「ま、使い慣れてるから、かもしれないけどネ」
と、そこまで言った時、休憩所に参加者がやって来た。
「あ、ダリル、休憩して行こうよ」
「そうだな」
ルー、ダリルの組だ。
「お疲れサマ! 楽しんでるかしラ?」
椅子に座った二人のすぐそばに、異様なまでに白くメイクされた上に、何かの血が口周りにべっとりとついたように口紅を塗りたくったキャンディスがぬっと現れた。
「うわああ!」
「うおお!?」
二人とも思わず椅子ごとひっくり返りそうになった。
■■■
「……と、いうわけなんだ」
「へえ。さっきの音は暴発だったんだ。確かに珍しいよね」
「俺はキャンディスのメイクがオバケではなく真剣な女装メイクということのほうが信じられん」
「完璧でショ?」
誰もツッコまなかった。
「ともあれ、この先少しドタバタしてると思うけど、あまり気にしないでくれよな」
「ありがと。それにしてもさっきのあの顔の仕掛け、すごいね! 思わず身体が跳ねちゃったよ!」
「顔?」
「ああ。センサーが反応して茂みから大量の顔が飛び出してくる仕掛けのアレだ」
「……ン? あの仕掛け、センサーが壊れているんジャ……?」
「え?」
「ああ。本番前にテストしてたら誤作動しまくって、人がいなくても飛び出したり、人が来ても反応しなかったりでさ。センサーを切って外してある」
「ん?」
「で、あと十分くらいしたらギミック作った奴が修理に来てくれるって話だったんだけど……え? 動いたのか?」
「動いたよ?」
「動いたぞ?」
「え?」
「ン?」
この話はここで終わった。
■■■
「ひゃああああ!」
先端を氷術で冷やしたマフラーが、女子生徒の頬にぴたっとくっついた。
明かりが道の両サイドの、点々と点いている松明しかないため、頬に触れたものが何なのか判別できない。何か長いモノが見えたような、見えなかったような。
期待通りのリアクションに陽一は喜ぶ。ダークビジョンで見える視界の中で、巧みにマフラーを操りながら、通りすがる客たちに死角から冷たいイタズラを仕掛けるのは意外と緊張する。もっとも、やられた方は音もなく近寄ってくる何かにびくびくしながら先へ進んでいるので、効果は抜群のようだ。
それにしても気になる。
先ほど茂みデスマスク(製作者命名)の仕掛けを見てみたが、やはりセンサーは外されていた。スイッチも切られている。でも、確かに顔が飛び出している。確かに手動でも動かすことはできるのだが、周囲には誰もいなかった。
何がどうなっているのだろうか。
「……あれ?」
と、陽一は視界の端に明かりを捉えた。
見当違いの場所を、誰かが歩いている。あそこはコースではないはずだ。
――誰だろう。
近づいてみれば、どうやら肝試しの参加者のようだ。
「あれー? 何もなくなっちゃったよ? ここで終わり?」
「そんなわけないだろ。学校の裏側がゴールなんだから」
どうやら完全にコースアウトしているようだ。
――仕方ない。恥を欠かせないためにも、マフラーで脅かしながらそれとなくコースに戻すか。
…………ぴと。
「うっひゃあ! 何か! 脚に何かが触った!」
ぴとぴと。
「うお! 冷てえ! 何だ! これも仕掛けか?」
……ぺたり。
「わわわわ! 勘弁してえ!」
カップルと思しき参加者はわいわい悶えながら、知らず知らずにうちにコースを修正され、元の道順へとすんなり戻された。ちなみにこの後も、コースを外れてしまう生徒が複数現れた。ほぼ同じ場所で。
巧みに誘導されて元の道順に戻されたが、その後辿り着いた休憩所でも腰を抜かすほどびっくりさせられることは言うまでもない。
…………くい。
「ん? 今、何かに引っ張られたような……。木の枝にでも引っかかったか?」
ふと後ろを振り向けばそこには、小さな女の子が一人、ちょこんと立っていた。