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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 妖怪の山。

「到着したら温泉で地上での疲れだの汚れたのその他諸々を落としたいわね」
「休みが取れたからにはゆっくりしないとね」
 夏最後の日に休みが取れた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は以前訪れた事がある山奥の温泉宿『のっぺらりんの宿』に向かっていた。
「夏と言えば、怪談とか肝試しの季節だけど、ここに来たらあんまり肝試しと言う気分にはならないわね。この山の妖怪連中はそんなおどろおどろしいのとは無縁なせいかしら」
「確かにここは気が良い妖怪ばかりね」
 ゆかりとマリエッタは妖怪の宿で出会った気の良い妖怪達の姿を思い起こしていた。
 そうやって何やかんやとお喋りをしながら歩いている内に到着し、宿を切り盛りするのっぺらぼう夫妻に迎えられ部屋へ案内するも二人は美容効果のある女湯に直行した。

 温泉宿『のっぺらりんの宿』、美容効果溢れる露天の女湯。

「……気持ちいいわねぇ」
 ゆかりはばしゃりと顔を洗い、ぼやぁと空を見上げ
「やっぱり、日々の疲れってものがするっと抜け落ちるような気が……」
 体から無駄な力抜けると同時に積もった疲れが溶け落ちるのを感じていた。
 あまりにも気持ち良すぎて
「……はぁ、夏最後に温泉って悪くないわねぇ」
 ゆかりはウトウトと居眠りしそうになっていた。

 一方。
「ふぅ、気持ち良い」
 ばしゃりと美容効果溢れる湯で顔を洗ったマリエッタはすっかりと和みの顔。
 しかし、
「……はぁ」
 隣で和むゆかりの体つきを見た途端、深い溜息が洩れる。
「……(カーリーは本当にスタイルがよくて美人だなぁ。それに比べてあたしは……いつまでたっても中学2年生体型……挙げ句には中学生と間違われるし)」
 ゆかりのスタイル抜群の体つきを見てから自分の体を見るとあまりにも非情な現実に落ち込んでしまう。実際はマリエッタも十分可愛いのだから落ち込む程ではないのだが。
 その上、
「……はぁぁぁ(どこを見ても出るべきところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいるスタイル抜群の美人ばっかり)」
 周囲を見れば今日に限って美女妖怪ばかりでこれでもかと自身のコンプレックスを刺激される事態に陥る。
「……はぁぁ」
 残酷な胸囲の格差社会を見せつけられマリエッタの落ち込み具合に拍車が掛かる。
 そして
「……(平行世界では自分はグラビアアイドルだったけど、せめてその幾らかでもいいから自分の身体が中学生体型から卒業出来たらなぁ)」
 切なる願いを心の中で呟いていた。
 ここで
「カーリー、ここで寝ると風邪を引くよ」
 マリエッタはゆかりが眠りこけようとしているのに気付き、声をかけた。
「ん……あぁ、そうね」
 起こされたゆかりははっと目を覚ました。
 この後、少し湯に浸かってから出て部屋に戻ると女将から流し素麺の話を聞き、参加する事にした。当然、流す素麺は妖怪製の様々な効能を持つ物である。
 女将が用意が出来たと呼びに来るまで
「体の内と外の夏の疲れを癒す効能を持つ素麺ってさすが妖怪の宿ね」
「素麺も気になるけど、妖怪達がどんな感じで流し素麺をするのか気になるわね」 
 マリエッタとゆかりは部屋でのんびりと寛いでいた。
 しばらくして女将がやって来て二人は流し素麺会場に向かった。

 流し素麺会場。

「見た目は普通の流し素麺ね……参加者を除いて」
「色んな妖怪がいるけど」
 ゆかりとマリエッタはかなり距離の長い水流れる竹の道に賑わぐ参加者に興味が向かう。
 すぐに
「……(流します)」
 女将が手振りで合図をし、ざるに乗った効能がありそうなカラフルな素麺が流された。
 参加者はわぁわぁと楽しそうに騒ぎ始めた。
「よっしゃ、ここは俺が」
 水棲系の鱗に包まれた妖怪が箸ではなく自身の爪を立て
「早く流れないかなぁ」
 にこにこと無邪気にお椀を持って待機する座敷童の少女。
「誰かが取る前に凍らせてしまえばいいわ」
 多少物騒な事を洩らす雪女。

 しかし、
「……おかしいわね。流したはずなのに流れて来ない」
 素麺はいつまでも経っても流れてこない。場所は割と良い所陣取っているというのに。
「カーリー、原因はあれ」
 マリエッタは背後を向き、最後尾から伸びる妙に長いものを発見。
「わぁっ、ながっ、あれって、首よね。と言う事は……ろくろ首」
 『博識』を有するゆかりは発生場所を確認するなり何の妖怪はすぐに見当がついた。
「……みたいよ。どうやら首を伸ばして水投入して流れる前に食べたみたいで揉めているみたい」
 マリエッタが流し素麺の先頭を指さしながら妖怪達が騒ぐ妖怪達から漏れ聞いた事情をゆかりに伝えた。

 被害に遭った妖怪達は
「何やってるだよ、お前」
「卑怯だろ!」
「ルールは守るべきですわよ」
 空腹も相まってかわぁわぁとろくろ首に詰め寄る。
「だってぇ、こっちに来た時最後の方しか席が空いて無くて……最後の方だったらほとんど素麺流れないと思ったから」
 ろくろ首はもしゃもしゃと素麺を頬張りながら子供じみた反論をし引く様子が無い。
 そんな客達の揉め事に一番困っているのは
「……(お客様、落ち着いて下さい。すぐに次の素麺を流しますから)」
 宿の女将であった。手振り身振りでは荒ぶる妖怪達には敵わぬようで揉め事を収め切れていなかった。
 その様子を見て
「……マリー、当分素麺はおあずけになりそうね」
「みたいね」
 ゆかりとマリエッタは気長に待つ事にした。
 しばらくして揉め事は収まり、再び流し素麺が行われた。
 今度は無事に施行され
「……ん、美味しい。何か体が元気になりそうね……のどごしもいいし」
 風呂上がりと言う事もあってからゆかりは気持ちよく素麺を食べた。
「そうねぇ、何か体が綺麗になっていく感じがする」
 マリエッタもつるりと素麺を汁に絡ませ食べながら言った。
 その横から
「それ、分かる分かる。首の調子が良い感じがするもん」
 弾んだ女性の声。
「あら、あなたはろくろ首の」
「みんなにこってりと絞られてたみたけど」
 振り向いたゆかりとマリエッタの横には首を伸ばしたろくろ首の顔があった。
「睦子だよ。さっきはとってもお腹空いてたからつい……それに素麺が美味しくて」
 睦子は先程の吊し上げを思い出してか元気がなかった。
 それを見て
「その気持ちは分かるわ」
「この素麺、普通の物よりも美味しいから」
 憐れみを感じたゆかりとマリエッタが励ますと
「でしょ、妖怪じゃないのによく分かってる!」
 睦子は共感してくれたと弾んだ顔になった。
 この後、ゆかり達はこのまま睦子と一緒に流し素麺を食べて大いに盛り上がった。

 しかし、宿から自宅に帰った時には
「はぁ、明日からまた仕事かぁ。もう休みが欲しいわね」
 ゆかりは明日の事を考え、深い溜息を吐いた。今日が楽しかっただけに余計に。
「そうねぇ。本当に時間が経つのは早いわね」
 マリエッタも同じく頷いていた。

 二人の夏最後の思い出は賑やかなものとなった。