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リアクション
第一章
屋台行列
闇が覆ったばかりの空に花火が咲く。
葦原明倫館の敷地内にある歩道には所狭しと屋台が敷き詰められ、職人たちが腕を振るっている。
人の流れは緩やかで、しかし広いため、どんなに遅くてイライラしても逆らわずに進むのが一番安全だったりする。
時折流れから反れて屋台に入る人たちは皆笑顔で、友人知人であれこれ話しながら商品を選び、にこやかな笑顔で去っていく。
賑やかな商店街の一角で、元気な呼び声が響き渡っていた。
「いらっしゃいませぇ〜!皮はカリッと中はトロっとおいしいよぉ〜〜っ!!」
飛び跳ねながら手を振りながら、芦原 郁乃(あはら・いくの)は道行く人々に元気に声を掛けていた。
彼女の後ろには、たこ焼き屋の屋台がある。既にたこ焼き用の鉄板には大量のたこ焼きが出来つつあり、いつでも客に出せる状態だ。
そして実はこのたこ焼き、鉄板の場所ごとにバリエーションが違う。
紅しょうがと天かすはもちろんなんだが、出汁に鶏ガラスープと、鰹節+昆布だしの2種類があり、希望者にはねぎやキャベツを混ぜ込んで食感を替えたバージョンがある。具もたこは当たり前だけど、チョリソーとか辛子明太子、桜海老、牡蠣、牛すじがあって、希望者はチーズやお餅が足せる。
たこ焼き屋にしては珍しく幅広いメニューなので、屋根からはさながら居酒屋のごとく品書きがぶら下がっていた。
「お! 元気なお嬢さんだな。二人分くれよ」
「あ! ありがとーございまっす! お客さんいらっしゃいましたー!」
郁乃が屋台の方に声を掛ける。すると鉄板の向こう側で、二人の女性が顔を上げた。
「いらっしゃいませ! ご希望がございましたら遠慮なくお申し付けください」
秋月 桃花(あきづき・とうか)がにこやかな笑顔で出迎えた。
「うお、すげえ品揃えだな。牡蠣とかあるのか。じゃあ俺、半分は具を牡蠣にしてくれ!」
「じゃあ俺は半分を桜海老で! 美味そうだ!」
「くす、ありがとうございます。しばしお待ちください。荀 灌(じゅん・かん)ちゃん、桜海老のほうをお願いね」
「はいです、桃花お姉ちゃん!」
元気よく返事をした小さな少女が前の鉄板に向き直った瞬間、わ、と大声を上げて固まった。
なんと、気が付けば屋台の周りに人だかりができている。郁乃の集客技術が光り、大量の客を引き寄せていた。
「これだけたくさんの人が前に立ったときの圧力は想像以上ですね。ねえ、荀灌ちゃ……あら」
「あわ、あわわ……」
ふと桃花が見てみれば、小さな英霊の少女は緊張と怖さでガチガチになっていた。
荀灌には料理でよく手伝いをしてもらう桃花だが、思えばこういう人前で料理することは初めてだ。おまけにこの圧迫感。初めての公開料理ではこんなに緊張するのも無理はない。
「荀灌ちゃん。荀灌ちゃーん?」
「ふぁ、ふぁい!?」
「美味しくなんて思わないで、まずは楽しんでいきましょう」
「へ?」
「桃花は荀灌ちゃんに背中を預けるから、荀灌ちゃんも背中を預けてね」
ぱち、と桃花がウインク。対し、力強く頷いた荀灌を見ると、ふんわりと抱きしめる。
「ありがとう。それとよろしくね、相棒さん」
「は、はいです!」
「ちょっと何してるの二人とも! お客さんどんどん来るよー!」
「おっと、いけない。郁乃に心配かけないようにしないといけませんね。ごめんなさい、郁乃。すぐ戻ります!」
「すぐ戻りますです!」
肩の力が抜け、自然体になった荀灌は呑み込みが早く、すぐに要領を掴んだ。そして殺到する客たちを流れるように捌いていった。
■■■
「ありがとうございましたです!」
「お世話様!」
浴衣姿の神崎 零(かんざき・れい)は、元気な少女が客引きするたこ焼き屋から二人分のたこ焼きを購入。屋台の外で待ってる夫の、同じく浴衣姿の神崎 優(かんざき・ゆう)と合流した。その先では優の別のパートナーで恋人同士の神代 聖夜(かみしろ・せいや)、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)もたこ焼きを買ってすでに合流していた。
「意外と早かったな」
「ええ。料理している二人の女性の方々が手際がすごく良かったので、見た目の混雑ぶりに反して早く順番が回ってきたわ」
緩やかな人の流れに乗って、零はたこ焼きを優に手渡した。
「それに、すごくバリエーションが豊富だったのよ。いろいろ作ってもらったから、飽きないと思うわ」
「ふうん?」
優が手渡されたたこ焼きを見る。確かに見た目が違うので、それぞれで違った味付けが楽しめそうだ。
一つ食べてみると、香ばしい皮の中にアツアツの具、ほかほかのたこが良い歯ごたえで、絶品だ。
「うん。美味い」
「でしょう? ねえ、これも食べてみてよ。ほら、あーん」
「え? い、いや、自分で食べる。ほら、こっちに乗せろよ」
「何を照れてるの? ほら、せっかくのデートなんだから楽しみましょうよ。というわけで、あーん」
「いや、周りで人が見てるから……」
「いいじゃない、たこ焼きの食べさせ合いくらい。ほら、冷めちゃうよ」
「あ、ああ……」
やがて、優が遠慮気味に口を開けて、零からすすめられたたこ焼きを食べた。
「ん……これ、たこじゃないな。もしかして、牛すじ?」
「正解! おもしろそうだったから頼んでみたの」
「変わってるけど、美味いな。こんな技があったのか」
「じゃ、今度は私の番!」
「ん?」
「食べさせ合いって言ったでしょ?」
「お、俺も君に食べさせるのか?」
「嫌? 私は食べたいなぁ」
もともと恋愛沙汰に疎い優は、しかしまんざらでもない様子でぎこちなく零にたこ焼きをひとつ食べさせた。
幸せそうにたこ焼きを頬張る姿を見て、優は小さく微笑んだ。
こんな調子で、二人は屋台を次々に巡っていった。
■■■
そんな神崎夫婦の後ろでは、さながらダブルデートのように恋人同士の聖夜、刹那の二人が並んで歩いていた。
たこ焼きは食べ終わり、人の流れに乗って、また別の屋台に辿り着いた。
「輪投げか。やっていこうか」
そんな前方の優の言葉で、輪投げの屋台に四人は入った。
「輪は五つ、か。なあ刹那。どれが欲しい?」
「え、えぇ? そんな、悪いです……」
「いいって。好きなの選びな。一発で取ってやるよ」
「え、えっと、じゃあ……」
屋台には、置物、お菓子、人形、おもちゃ、アクセサリーなどが等間隔で置かれている。輪が入った商品をお持ち帰りするという定番のお店。
「あの、ガラスの猫の置物で……」
「あれだな。任せろ」
狙いは一番奥に並んでいる、座った猫をかたどったガラスの彫刻。結構距離があるが、狙える。その確信とともに聖夜は輪を投げた。
輪は綺麗に、まっすぐガラスの彫刻に入った。
結果、聖夜は手持ちの輪すべてで一個ずつ商品をゲット。彫刻、お菓子にジュース二本、最後にブレスレットまで取った。もっとも、結局は屋台なので安物ではあるのだが。
聖夜は猫の置物とジュースとブレスレットを刹那に手渡すと、刹那はにっこり笑った。
「わ、ありがとうございます! さすが聖夜です!」
にっと聖夜は得意げに笑ってみせた。
「ま、あれくらいの距離ならいけるぜ。輪も大きかったしな」
「でも、すいません、私の欲しいもの取ってもらって」
「いいって。俺は俺でお菓子とジュースもらったんだから。唯一の誤算は、ブレスレットがおもちゃみたいなものだったってことか……」
「あははは、まあいいじゃないですか。綺麗で素敵だと思いますよ?」
聖夜たちはそのままの流れで屋台を巡り、かき氷を買った。
そして列から外れ、ところどころに設置されている休憩用のベンチに腰を掛けた。
見上げれば、花火はまだ続いている。胸を叩くような音とともに綺麗な花が空に咲いている。
「あ」
ふと、刹那は隣で花火を見上げる聖夜の顔に、右手で触れた。
「ん? 何だ?」
ふふ、と刹那は笑うと、人差し指についた青のりを見せる。
「付いてましたよ。口元に」
そしてぺろ、と青のりを口に含んだ。
聖夜はそれを見て、恥ずかしげに頬を染めてそっぽを向いた。
「あら、あそこにもたこ焼き屋さんがありますね」
「あ、ほんとだ。また食べるか」
「ええ。ふふ、よければ半分ずつしませんか? 輪投げのお礼に私が買ってきますから」
「え? いいっていいって。俺が……」
「今度は私が頑張る番です! じゃあ、行ってきますね!」
そう言って刹那は、身軽に下駄を鳴らしてたこ焼きを買いに行った。
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