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リアクション
10年後、2034年。ツァンダの自宅、夜。
「……もう寝ているな」
「……可愛い寝顔ですね。疲れが吹っ飛びます」
仕事から帰宅した柊 真司(ひいらぎ・しんじ)とヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)はそっと眠る二人の娘である凜の寝顔を愛おしそうに見ていた。
「でも最近、仕事ばかりで凜を構ってあげられていませんから次の休日は公園にピクニックに行きたいですね」
「……そうだな。凜には寂しい思いをさせてばかりだからな」
真司とヴェルリアは両親共働き故に毎日娘に寂しい思いをさせている事を寝顔からひしひしと感じ、申し訳なさで一杯であった。
夫婦はひとしきり娘の寝顔に和んでからそっと娘から離れた。
娘の寝顔を見た後。
「……今日も忙しかったですね」
「あぁ、でも自分が望んで選んで仕事だ。苦にはならない。何より……」
ヴェルリアと真司はゆっくりと夫婦の時間を過ごす。真司はちろりと視線を娘が眠る部屋に向ける。
それを見るや
「元気の源の凜もいますしね」
ヴェルリアは微笑みながら真司の言を先回り。なぜなら自分もまた凜が活力だから。
「……そういう事だ。それよりこの手紙だが……」
うなずいてから真司は郵便受けに入っていた自分達宛の手紙に改めて目を向けた。
「……差出人が自分の名前になっていておかしな手紙ですね」
ヴェルリアは封筒を裏返しにして差出人を確認し、小首を傾げた。
「……そうだな。とりあえず中身を確かめてみるか」
「それが一番ですね」
書いた覚えが無い真司とヴェルリアはとりあえずと開封して中身を確かめる事にした。
開封後。
「……これは……」
手紙に綴られている文章を一目見た瞬間
「……そう言えばこんな手紙書いたなぁ」
思い出した。イルミンスールで未来の自分に手紙を書いた事を。
「……10年前の自分からの手紙か」
書かれていたのは今の自分に対してちゃんと目標の教官になれているかどうか、仲間達とは上手くやれているのかという内容であった。
「……すっかり忘れていたな」
この10年、ヴェルリアと結婚したり娘が生まれたり仕事が忙しかったりと慌ただしい毎日ですっかり手紙の事は忘却の彼方であった。
「……ヴェルリア……真っ赤だな」
手紙を読み終えた真司はちらりとヴェルリアの方を見た。手紙を読み進める彼女の顔は耳まで真っ赤であった。
その様子から
「……(そう言えば、昔手紙を書いている時もあんな感じだったな。一体何を書いてあるんだ。あの時は詮索しないと言ったが気になるな。俺は未来は見なかったがヴェルリアは見たというし)」
10年前の手紙書きでの事を昨日の事のように思い出す真司は少しばかり興味が湧き、
「その手紙、一体何が書いてあるんだ?」
と言って覗きに行った。
「一体、どんな手紙でしょうか」
緊張と好奇心を胸に抱きながらヴェルリアはそろりと手紙を開封し一文章見た途端
「!!!!!」
顔だけでなく耳まで真っ赤にした。
「こ、これは……あの時の……」
すっかりこの忙しい10年間で忘れていた手紙を書いた事を思い出していた。
読み進めるヴェルリアは
「……(真司と結婚して娘と仲良くピクニックですか……確かに今はもう真司と結婚してますし凜……娘もいますし……仕事も真司が希望していたイコンの教官になって私も共にイコンに乗っていて……しかも……さっき、ピクニックに行こうと言ったばかり……)」
次第に手紙の内容のせいで紅潮がひどくなる。予言なのかと言わんばかりの内容に。
全て読み終えたヴェルリアは
「……改めて手紙で読むと恥ずかしいですね。他の人に読まれる前に何処かに隠さないと……」
恥ずかし過ぎる手紙を何とかしなければと思い立つも
「……ふむふむ」
すでに手遅れであった。
なぜなら
「し、真司!?」
自分の手紙を読み終えた真司が覗き込み、声に出して恥ずかしい手紙を声に出して読み上げていたのだ。
「ちょ、真司、勝手に覗きこんで声に出して読まないでください!」
ヴェルリアは声を張り上げ、大慌てで止める。人知れず隠す計画が丸つぶれに。
「そんなに騒ぐと凜が起きる」
真司は真顔で注意をしてヴェルリアを娘が眠る部屋に引き付けた隙にまた読み進める。
娘に向けていた視線を急いで夫に向けるなり
「……って、読み進めないでください! せめて声に出して読むのだけはやめてください」
顔を真っ赤にしたまま大慌てで縋るように言った。読むのをやめさせる事が出来ないならせめてと。
「……声を出さなければ読んでもいいのか。では早速……」
ヴェルリアの言葉から真司はそっと手紙を彼女の手から取り上げ静かに読み始めた。
それに対して
「……でもずるくありませんか? 私は真司の手紙の内容を知りません」
ヴェルリアは可愛らしく頬を膨らませ口を尖らせて抗議をする。よく考えれば当然ではある。
「それもそうだな」
ヴェルリアの抗議に真司は手紙から顔を上げて受け入れるなり
「ほら、ヴェルリア」
自分の手紙を差し出した。
「……はい」
ヴェルリアは受け取った手紙を読み始めた。
「……(なりたかったイコンの教官になっているかどうかまだフリーのイコン乗りとして各地を転々としているか……三度ご飯を食べて仲間を大切にしているか素敵な毎日を送っているのか夢に向かって努力した事が報われているかどうか……って真司らしい手紙ですね)」
ありふれてはいるがとても大事な事が書かれた手紙を丁寧に読むヴェルリアは真司らしいと口元に笑みを洩らした。
一方。
「……(……これは……結婚に娘、イコン乗りの教官に……次の休日に公園でピクニックというずっと前にして果たしていない約束……ピクニック、さっきヴェルリアが口にしていたな……今の生活そのままだ……あの時こんな……手紙を書いていたのか……)」
今の生活そのままを描いたような手紙の内容にさすがの真司も
「……(ヴェルリアが真っ赤になって読ませようとしないのも分かるな……これは若干恥ずかしいものがある……)」
気恥ずかしさを感じて隠したがったヴェルリアの気持ちが理解出来た。
手紙を読み終わった所で
「……(10年前願っていた事が叶ったけれど、人生はこれからだ)」
「……(手紙に書いていた通り、いいえそれ以上に幸せになれました。これからもずっとこの幸せが続くように頑張らなければ)」
真司とヴェルリアは互いに顔を見合わせ、これからも共にと願った。