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リアクション
10年後、2034年。空京市内の自宅、朝。
「……アディ、今日はどうする? 折角の休みだから出掛ける? それとも家でゆっくりする?」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が郵便受けを見て戻って来た。
「ここの所ずっと仕事で忙しかったですものね。とりあえず朝食を食べてから決めましょう。滅多にない休みですもの。それより、その手紙は?」
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は微笑みながら戻って来たさゆみを迎え手にある手紙を目に向けた。
二人は現在もアイドルとして活動しているが、活躍範囲は昔よりずっと広がりそれに伴い休みもめっきり減って今日は二人揃った貴重過ぎる休みの日なのだ。
「……えと、この手紙は……どうやらそれぞれ私達宛の手紙みたいね。それも差出人は私達」
さゆみはそう言いつつ手紙をアデリーヌに差し出した。
「……自分達が差出人……もしかして……」
アデリーヌは差出人を確認すると同時に察しが付いた。
「その通りよ、アディ。10年前、イルミンスールで自分達に宛てて書いた手紙……しかもあの時未来も見たのよね。今と同じようにアディと一緒にいて忙しくしている未来を」
さゆみはアデリーヌの先回りをして答えを口にした。脳裏に昔見たアイドルだけでなくアーティストや女優として多忙な日々を送る未来をアデリーヌと見た事を思い出しながら。
「いつ届くのかまでは判らなかったけど……」
さゆみはじっと差出人を見ながら驚いたように言った。確かに覚えてはいたが、10年後の現在のどの日に届くかまでは知らなかったので。
「休みの今日に届いて良かったですわね」
アデリーヌはしみじみと手紙を見ながら言った。今日は休み。何気に一日の日程の一部が決まった。
「そうね。こうして10年前の自分が書いた手紙を手にしている……何だかとても懐かしい気持ちがする」
「そうですわね。10年前のわたくし達……」
さゆみとアデリーヌは思いがけず昔の自分に会い嬉しさと共に溢れる懐かしさも感じていた。
この後、二人はすっかり朝食を忘れて封を開けて手紙を読み始めた。自分の手紙だけでなく交換して互いの手紙も読む。
手紙の内容は愛する人と愛し愛される関係が続く事を願う物で二人共同じだった。
「……」
「……」
読み進めながらさゆみとアデリーヌは昔の事を思い出していた。昨日の事のように。
読み終わると
「……」
さゆみとアデリーヌはしばらく沈黙し、昔も互いに愛し愛されていたという幸せの余韻を味わう。
そして口を開く。
「……この手紙を書いた時は確かアディと結婚したばかりだったね。当時は秘密にしていて……というか今も内緒だけどね」
さゆみは手紙を書いた時期を思い出す。最愛の人と結ばれ、今に続く幸せを手にしたあの時を。
「……半ばばれていますけどね。一応と思ってはぐらかすのも恒例行事みたいなものになってますし」
アデリーヌはクスリと笑みながら適当にはぐらかしたりする現在を思い出していた。
「そうね」
さゆみもクスクスと笑う。
「……それはともかくとしてあの当時は涙してばかりだった。地球人で短命な自分と吸血鬼で千年以上を生きてきたアディとの寿命の差に儚んで……」
「わたくしもですわ。いつかは必ず訪れる離別の時を思ってほんのちょっとしたことでもその事を思い出させるような出来事があると泣いてしまったものですわ」
さゆみとアデリーヌは異種族特有の悩みにうちひしがれた事を思い出す。
現在は
「……もうあれから10年……今はもうあの時とは違う(事実はどうしても変えられない。だから受けと止めた。ふたりの大切な時間を二人で過ごした大切な思い出で埋めて行くために……大事なのは泣く事よりも前を向く事だから)」
「えぇ、そうですわね。あの時とは……(今も泣き虫なのは変わりませんけど……さゆみは今では少なくともそのことで儚んで泣くようなことはなくなりましたわね。だからわたくしも今は可能な限り泣かないようにして……互いに相手の泣き顔なんて見たくないですもの。見ていたいのはいつだってお互いの曇りのない綺麗な笑顔だけ)」
さゆみもアデリーヌも事実を受け入れ、涙よりも笑顔の思い出を命の限り作っていくのだと決めたのだ。
「……(あの頃の自分にもし会えたのなら、涙するのはいいけれど、涙に溺れてはダメよと言いたいわね。限られた命だからこそ、その中で輝かせられるもの、かけがえのないものがあるのだから)」
「……(わたくし達が残したいの大切な思い出の宝物。二人で生きた証こそ、二人で紡いだ唯一の宝物だから。だからこそ涙よりも笑顔)」
さゆみとアデリーヌは考えるのを終え手紙から顔を上げ、愛する者と顔を合わせて
「私、アディに出会えて本当に良かった。アディが吸血鬼だからこそ……」
「わたくしもですわ。さゆみに出会えて本当に良かったですわ。さゆみが地球人だからこそ……」
改めて互いを愛している事を再確認するさゆみとアデリーヌ。
そして
「……愛してるわ」
「……愛していますわ」
さゆみとアデリーヌはどちらからともなく唇を重ねた。
永遠の想いを伝え合うために。