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第三試合

――第二試合が終わり、再度リングチェンジの時間が設けられる。
 取り外されていた緩衝剤等の再設置が行われ、リングは元の姿へと戻る。
 だが作業はそこで終わらない。更にある物――蛍光灯が束で運び込まれる。
 ロープやリング上に一定間隔で敷き詰められる蛍光灯。足の踏み場がないのではないか、と思わせるほどだ。
 これから行われる試合の為の蛍光灯リングが完成し、スタッフの撤収が完了すると場内が暗くなる。
 そして花道から、リングへと向かう選手が現れる。
 まず現れたのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)。蛍光灯で作った海京エレベーターのタワーを模した巨大なオブジェクトを携えての登場に、観客席から歓声が沸く。
 リングサイドまで歩み寄ると、蛍光灯タワーをリングへ入れてから自分も上がり、コーナーへと立てかける。
 続いて現れたのはペンギンをモチーフにしたマスクを被ったマスク・ド・ペンギンこと鬼龍 黒羽(きりゅう・こくう)。こちらは【空飛ぶ箒スパロウ】を携えている。
 リング上の蛍光灯を割らないよう、僅かな隙間を歩き自身のコーナー前に立つ。箒はコーナーにそっと置いた。
 お互いの準備が終わったことを確認すると、レフェリーがゴングを鳴らす様指示する。
 直後、開始のゴングが鳴り響いた。

 試合開始、黒羽は近づこうと蛍光灯の隙間をおっかなびっくりと言った様子で歩く。踏んで割らないようにしているのだが、敷き詰められた蛍光灯の数が多く中々思う様に進まない。
 対して詩穂は割れる事などお構いなしと言う様に蛍光灯を踏みながら歩み寄る。むしろ積極的に割って破片を増やしているようだ。
 踏まれた蛍光灯は大きな破裂音と共に、細かい破片を飛び散らせる。その音を聞く度相手の黒羽の身体はビクリと震える。
(ああ……あんなに破片が散らばっちゃってる……うぅ、掃除したい……)
そして飛び散る破片を見て身体が疼くのを感じていた。踏まないようにしていたのも、破片が散らばると掃除したくなるからだ。
 やがて両者の距離が手を伸ばして届くほどになる。すると詩穂は徐に足元にある蛍光灯を一本拾う。
「せぇッ!」
 そして黒羽の頭めがけフルスイング。
「ひぇっ!?」
 黒羽は思わず屈んで避ける。だが返す刀で詩穂が再度狙ってくる。
 これを避けきれないと思ったのか、とっさに手で頭を守る黒羽。
 腕に当たった蛍光灯は衝撃に耐え切れず真っ二つに折れる。
(これ、意外と固い……!?)
 腕に当たった際の衝撃で蛍光灯が意外と固いという事に黒羽が驚いている間に、詩穂はもう一本拾っていた。
 そしてフルスイング。今度は避けきれず、黒羽の頭にヒットする。大きな音を立てて折れる蛍光灯。そして衝撃で黒羽がよろめく。
 詩穂はもう一本蛍光灯を拾うと、今度は振り回さずよろけた黒羽に無理矢理抱えさせる。そして蛍光灯目がけてエルボーを放つ。
 エルボーは蛍光灯を挟み、顔面に当たる。再度よろめく黒羽を詩穂は逃がさず前から組み付き、フロントスープレックスで投げる。
 転がっていた蛍光灯の上に黒羽は叩きつけられ、大きな破裂音が会場に響く。すかさず詩穂が抑え込むが、黒羽は慌てて跳ね除ける。カウントは1。
「痛っ!」
 跳ね除けた際、黒羽の背中に鋭い痛みが走った。割れた蛍光灯の破片が背中を切ったのである。黒羽本人には見えないが、切り傷となり血が流れている。
 背中だけではない。エルボーを食らった顔面も、破片により擦れたのかマスクが破れ、血が滲んでいる。
 対して詩穂も破片が擦れたのか、肘から血が流れていた。
 開始直後からの流血に、観客席が沸き立っていた。

――試合は詩穂がコントロールしていた。
 詩穂が積極的に得意のグラウンドに持ち込む場面が目立つ。常に黒羽が下になる様にサブミッションに持ち込む。
 ノーザンライトスープレックスのような技も、そのままダブルリストロックへと移行する様にフォールよりも関節技を狙っていた。
 これに羽黒が対抗して飛びつき腕十字を放つも、すぐに上に乗られてしまう。その上足を取られ、トライアングル・スコーピオン。これは直ぐにロープブレイク出来た物の、身体は蛍光灯の破片で傷だらけである。
 黒羽が下になればエスケープの際、蛍光灯の破片によりその身は切り刻まれる。得意のサブミッションで効率的に体力を削る詩穂の狙いであった。
 関節技では不利と判断した黒羽は、流れが変わる瞬間を待ち耐えた。
 やがてその瞬間は来た。蛍光灯を挟んだタランチュラで絞り上げた黒羽を、詩穂は今度はロープスルー。狙いはフロントスープレックス。
 しかしこれを黒羽は、フライングボディシザースで全身を浴びせたのである。詩穂と黒羽の体重を浴び、リングの蛍光灯が割れる。
 そのままフォールへと持ち込むが、すぐに詩穂が返す。だがその際割れた破片により詩穂の背中にも切り傷が出来る。
 起き上がる詩穂を尻目に、黒羽は【空飛ぶ箒スパロウ】を自コーナーから運び、箒として散らばった破片を集め出したのである。
 やがて破片を山のように集めると、箒を放り詩穂を捕らえる。そしてロープスルーのように腕を引く。
(これは……この山に突っ込ませるのは狙いだね)
 詩穂は集められた破片の山を見て思った。狙いはスルー、ではなくこのままカニ挟みか何かで顔面から倒れ込ませる事である、と。
 実際腕を引きつつ、黒羽はリングへと倒れ込んだ。そして自身の足で詩穂の足に絡みつく様に飛びつこうとしている。
「させないよ!」
 黒羽の足を躱す様に、詩穂は勢いそのままに跳ぶ。破片を跨ぎ、リングに着地した詩穂の足に、何かが引っ掛かった。
 それは無造作に置いてあった【空飛ぶ箒スパロウ】だった。黒羽の狙いは確かに集めた破片に詩穂を顔面から突っ込ませる事であったが、もう一つ【トラッパー】で仕掛けていたのだ。
 詩穂はそのまま倒れ込むように自軍のコーナーへと突っ込む。そこにあったのは詩穂が作った蛍光灯タワーオブジェクト。頭から大量の蛍光灯の束に突っ込み、まるで爆発したかのような破裂音と共に巻き起こる細かい破片の煙に、詩穂が全身包まれる。
 煙の中、ぐったりとした詩穂を捕らえると、黒羽はそのままパワーボムの体勢で抱え上げる。
「くらえぇッ!」
 黒羽は開脚しつつ飛び上がり自ら尻餅を着く様に叩きつける。
 集めた破片の上にライガーボムで叩きつけられた詩穂。カウントが取られるが2で返すと、額やカウントアウトで切れた背中からの出血により、赤く染まりながらも詩穂は立ち上がる。
 好機と見た黒羽がロープの反動を利用してのウェスタンラリアットを放つ。
 しかし詩穂はよろけつつも、ラリアットを脇固めの要領で切り返す。そのままグラウンドへと押し倒すと、すぐさまSTFへと移行した。
 詩穂がSTFで黒羽を絞め上げる。苦しそうに呻きながらも、黒羽は這ってロープへと手を伸ばす。
 リング上の破片が体を切り、痛みが走る。それでも這う事を止めず、遂に黒羽はロープを掴んだ。
 ロープブレイクとなり、詩穂はSTFを解き離れる。黒羽は呼吸が荒く、立ち上がれない。
 詩穂は考える。このまま黒羽を引っ張りロープから離した上で再度STFを極めるか。いや、それで試合は決まらないだろう。
 そう判断すると、詩穂は黒羽の身体を引き、コーナー付近へと運ぶと仰向けにする。そして粉々になったタワーオブジェクトから、比較的形が残っている蛍光灯の束を取り出すと黒羽の上に置く。
 そして詩穂はコーナーに上がり見えを切ると、黒羽に向かって跳んだ。
「いくよぉぉぉぉッ!」
 観客に叫ぶと、空中で開脚しそのまま身体を浴びせるドラゴンスプラッシュで詩穂の身体は蛍光灯ごと黒羽に降りかかった。
 蛍光灯の束は大きな音を立てて破裂し、破片が煙幕の様に立ち上る。その中で詩穂は黒羽をフォール。
 起き上がる力が残っていない黒羽は返す事が出来ず、レフェリーは3回リングを叩くのであった。