空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

過去の思い出 描く未来図を見てみよう

リアクション公開中!

過去の思い出 描く未来図を見てみよう

リアクション

 思い出と呼ぶには大切過ぎて

 過去に喪った恋人の面影を残す少女に出逢った。
 その時は、それだけが契約の動機だった――それがいつの間にか、かけがえのない存在として心を大きく占めていくようになった。

 昔の恋人に面影を乗せていることは、わかっていた。
 その人を喪った事が、今も心の傷になって立ち直れずにいる事も知っていた。
 結ばれる予感はあっても、軽はずみな事をして繊細な彼女を傷付けてしまわないか……それが、怖かった。


 ◇   ◇   ◇

 
 時間旅行に申し込んだ綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)はある想い出をもう一度見る為に過去へとやってきた。見覚えのある日本家屋風の温泉旅館があり、その周囲にはバーベキューを楽しむ人達も居た。
「あら……まだ夕方みたいですわ」
「魔道書さん達、時間間違えちゃったのかしら?」
 さゆみとアデリーヌが噂すると、近くで待っている2人は同時にくしゃみをしてしまった。
「でも、待つ楽しみもいいかもしれませんわ……あの時を振り返るのはほんの少し勇気が欲しいと思っていましたの」
「え……?」

 真っ直ぐにさゆみを見つめるアデリーヌの瞳は綺麗な緑色を見せていたが、その瞳の奥には僅かな揺らぎがあった。繊細さゆえに自分を追いつめてしまいかねないアデリーヌだからこそ、この夜の出来事は『特別』等という言葉では飾れない。
「……この日の夜は、とても大切ですわ。さゆみに告白して、結ばれて、何よりさゆみに受け入れてもらえたのですもの……その時にやっと、わたくしは自分を許せた……そんな気がしていますわ」
「アデリーヌ……」
 さゆみはそっと両手でアデリーヌの頬を挟むと触れるだけのキスを繰り返した。
「アデリーヌは優しいから……過去に愛した人の面影を私に重ねていたこと、許せずにいたのね。でも、それなら私も同じだわ……大切な人だと、結ばれる予感を抱いていた人なのに私からは想いを告げる事が出来なかった……アデリーヌに言わせてしまったもの」
 お互いで想いを告げるまでの葛藤を持ちながら、時間を超えてやってきたこの想い出にもう一度触れて――感謝したいと、2人は思っていた。

 日が暮れて、それぞれ温泉旅館の部屋へ引き上げるところを見たさゆみとアデリーヌは、自分達が泊まっていた部屋の場所を確かめると丁度裏庭に面していて窓から様子を窺えるようだった。
「まさか未来の私達が覗き見してるなんて思いもよらないでしょうね……」
「あら……わたくしは見られても良かったですわ、あの時のさゆみは綺麗で、とても可愛かったですもの……」
 さらっと爆弾発言するアデリーヌにさゆみは思わず噎せた。

「私はさゆみの事が好きなの……心から愛してるの……だから……」
「うん。これからもよろしくね、アディ」
 アデリーヌがさゆみへ想いを告げた瞬間、気が付くと窓の外から見ていた2人も部屋の中の自分達と同じように手を取り合っていた。
 嬉し涙に頬を濡らすアデリーヌを引き寄せて抱き締めたさゆみが、子供をあやす様にアデリーヌの頭を撫でる。そのままさゆみは1つの約束の言葉を告げた。

「これからもずっと一緒にいようね……」

 簡単な言葉に聞こえても、2人にとっては未来へ向かって歩き出す為の大事な約束であった。

 部屋の明かりが消え、衣擦れの音が僅かに洩れる音で覗き見はここまでとばかりにさゆみとアデリーヌは旅館の壁を背に座り込み、夜空に浮かぶ月を見上げた。
「アデリーヌ……ありがとう。この日の告白……私、本当に感謝しているわ」
 月明かりに照らされたさゆみの頬に、一筋の涙が伝った。大事な想い出に触れて更に自分にとって大切な人への気持ちが胸中を満たし、心地良くて――どこかほろ苦い、今も恋をしている気持ち。
「さゆみの感謝の言葉は……わたくしの感謝の言葉でもありますわ……さゆみ、ありがとうございます……」

 どちらからともなく、顔を近付けてキスを交わす。触れるだけのエンジェルキスを数回繰り返したが、不意にアデリーヌはさゆみの涙の痕を追うように唇で触れた。
「さゆみ……あんまり泣いていますと、この夜と同じようにオオカミになってしまいそうですわ……」
 悪戯っぽく言うアデリーヌに、さゆみは素直に顔を赤らめてしまった。
「アデリーヌって……時々大胆になるよね」
「それは、さゆみにだけですわ……」
 柔らかな微笑みを見せながら、先に立ち上がったアデリーヌがさゆみの手を引いて立たせると、2人でもう一度室内へ視線を向ける。言葉では言い表せない幸せな時間を過ごしているだろう、過去の自分達に別れを告げて魔道書達と共に現代へ戻るさゆみとアデリーヌだった。