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海京へ



「ふう、世間がなんか落ち着くと、なんだかこっちも落ち着いちゃうわよねえ」
 海京の喫茶店で、お気に入りのケーキをつつきながら、黒田 紫乃(くろだ・しの)が、白石 十兵衛(しらいし・じゅうべえ)吉田 長政(よしだ・ながまさ)を前にして言いました。
 テーブルの上では、もちもち生物のモイも、黒田紫乃に分けてもらったケーキを食べながらもいもい鳴いています。
「あたしね、地球での平凡な生活や人生が嫌で、パラミタに旅に出ることを夢見ていたの。そんな中で出会ったのが、あなたたちだったわ」
 なんだか昔を懐かしむように、黒田紫乃がつらつらと語り始めました。
「十兵衛とは、あたしの実家の近所にある公園で出会ったよね。初めは凛々しい侍だと思ったけど、あんた、あたしに言ったわよね。俺、紫乃のお母さんが好きだったことがあるんだって。あたしびっくりしたわよ! 第一印象最悪よ! ま、そんな男と契約したあたしも、変わり者と言えば変わり者だけどね……」
 クルクルとフォークを振り回しながら、黒田紫乃が言いました。
「そんなこと思い出すなよ。確かに、紫乃と紫乃のお母さんは雰囲気が似ているけれど、俺は紫乃の方が、大好きだよ。その、紫乃と出会ったとき、俺は、その、一目惚れだったんだ……。お前となら、契約をしてどこまでも一緒に歩いて行きたいと思った。紫乃の冒険の手伝いとか……。その、できれば恋人になりたいと思っている。紫乃、俺たちは紫乃のことが大好きだ。だから、もう少し肩の力を抜いて、これから先も一緒に歩いて行こうよ」
 やたら煎茶をちびちびと飲んで唇を湿らせつつ、白石十兵衛が言いました。言葉の端々に、必死に黒田紫乃のことが好きだと直接アピールしますが、肝心の黒田紫乃の方が華麗にスルーしています。ここで何か言ったら、一気に舞いあがって図に乗りそうですから華麗にスルーです。
「で、長政とはパラミタに渡ってから、とある町で会ったわよね。あんたは酒が好きだから、どこかで飲んで酔っ払って、他人に迷惑かけていたわよね? そこにあたしが首を突っ込んだのも悪いけど、あんたも暴力行為に及ぼうとしたから、あたし、サイコキネシスであんたを投げたよね。懐かしいわ。でも、そんな小娘と契約しようなんて、よく考えたわね、長政」
 さっさと話題を吉田長政に変えて、黒田紫乃が言いました。
「思い出? 酔っていたけど、あのときのことは今でもよーく覚えているぜ。この俺を投げ飛ばして説教するとは、いい度胸をしたガキだと思ったもんだ。だが、お前と一緒にいれば各地の美味い酒にもありつけそうだったから、契約したんだよ」
 目の前の甘酒を口に運びながら、吉田長政が言いました。今にも、よけいなことを思い出しやがってと言わんばかりでちょっと御機嫌斜めです。
 とはいえ、吉田長政の飲んべえは、相変わらずのようです。
「けどよ、こんな俺たちなんかを気にかけてくれるお前のことは、嫌いじゃねえ。いいか、これから先も俺と一緒にいろよ、紫乃」
 白石十兵衛の気持ちを少し汲んでか、吉田長政がそうつけ加えました。
 黒田紫乃を間に挟んで、なんだかんだでいいトリオです。
「まっ、あたしたち、出会いは最悪だったけど、今は、あんたたちに出会えてよかったと思う。だから、その……、これから先も、よろしくね」
 そう言って、黒田紫乃が、あらためて二人に頼みました。