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【2章】トリート&トリート

 
「ちょっ、やめろ! くすぐったいってば!」
「もふもふ♪ もふもふ♪」
「ふあふあー」
 もふもふ好きの執念はすさまじく、ミリアとサリアはついにランディを捕まえて、彼の犬耳――正確には狼なのだが――とふさふさの尻尾を堪能している。
「理沙ー! 姫乃ぉ! 助けてくれー!」
 ランディが助けを求めて手を伸ばした先には、妖精たちとともに調理準備を進めている白波 理沙(しらなみ・りさ)早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)の姿があった。二人はちょうど調理台の上に手持ちの材料を並べ終えて、ランディが重たい粉類や調理器具などを届けてくれるのを待っていたところだったのだ。
「この手触り……本当にもふもふって素敵♪」
「離せよー!」
 可愛らしい少女二人に挟まれてもがいているランディに気付くと、理沙と姫乃は思わず顔を見合わせる。
「何それランディ、モテ期?」
「ちっげーよっ! 良いから見てないで助け……」
 その時ようやく、ミリアたちを追いかけていた瑠璃がその場に到着した。
「わー! ミリアさん、サリアさん、ダメですよ!」
 瑠璃は慌てた様子で駆け寄ると、もふもふに夢中の二人をランディから引きはがそうとする。暴走したミリアたちを落ち着かせるのは至難の技だったが、理沙らの助力も得た瑠璃は何とか二人を正気に戻すことに成功した。
 解放されたランディはさっと逃げるように調理台の方へ近づくと、その上に荷物を降ろして長い溜め息を吐く。
「もう、ダメじゃないですか。あれだけ言ってたミリアさんが迷惑かけちゃ」
「ごめんなさい……って、あれ? 翠は?」
 我に返ったミリアが周囲を見回すと、いつの間にやら翠は理沙たちの調理台に興味の矛先を向けていて、並べられた材料などを物色しようとしているところだった。
「これは何の材料なの〜?」
「あ、翠! 勝手に触っちゃダメよ」
 諫めようとするも、自身も先程まで暴走していたミリアとしてはあまり強くは言い辛い。理沙が笑って「良いよ良いよ」と言ってくれたのがせめてもの救いだった。
「これはお菓子の家の材料なんですよ」
 姫乃も微笑みながらそう言って、翠たちに製菓材料を示した。
 すると「お菓子の家」という何とも魅惑的な言葉の響きに、元来好奇心の旺盛な瑠璃やサリアも揃って調理台に集ってくる。
「お。興味あるなら一緒に作らない? みんなで作れば大きな家が出来ると思うのよ」
 迷惑をかけるのではと心配するミリアに、理沙は「お手伝い大歓迎だよ」と笑いかけて少女たちに大まかなプランを説明する。とはいえ、翠たちは興味の赴くままに行動するだろうし、結局のところメインの菓子作りは数人の妖精をアシスタントに付けた理沙と姫乃が行うことになるのだが。
「見た目楽しく、食べたら美味しく……ですね。皆が喜んでくれるような素敵なモノを作れるように頑張ります♪」
 そう言って、姫乃は手際良く材料を混ぜ合わせていく。時折翠やサリアの疑問に答えてやりながら手順を示している様子は、何とも真面目な彼女らしい。
「おーい、理沙ー! これはこっちに運べばいいのか?」
「そう、お願いね……って、ランディ。何で壁のスポンジ食べてるのよ?」
 屋根や壁にするパーツを調理台から組み立て場所まで運んでいるランディの口が、先程からもぐもぐと動いている。
「ん? だって、この壁の部分は飴細工の窓をはめ込むんだし、使わない部分を喰っても問題無いだろ?」
「いや、まぁ……そうだけどさ……そうだけど……」
 悪びれる風もなく答えるランディに、理沙はやれやれと首を横に振った。
 その調理台からほど近い作業スペースでは、チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が組み立て作業の指揮を執っている。
「折角ですから外側だけじゃなく中も色々小物を作りたいですわね♪ でも何を作るか迷いますわ……」
 料理の腕前こそ誇れるものではないが、仲間内で最も美的センスに秀でているのがチェルシーだ。その感性と手先の器用さを生かして、彼女は理沙たちが焼き上げたパーツを見事に組み上げていく。
 窓枠などある程度しっかりと固定する必要のある部分は固めの、逆に質感重視の部分はあえて緩めのアイシングを塗るなど、随所にちょっとした工夫がなされている。窓用に作られた飴細工は、余った部分を張り合わせて室内用のランプシェードにするのも良いだろう。もちろん、ランディに「味見」されなければだが。
 そうして和気あいあいとした雰囲気の中作り上げられたお菓子の家は、子ども二人がとりあえず入れる程度――と考えられていた当初の予定を大きく上回る大きさで、翠や幼い妖精たちの格好の遊び場となったのだった。


 別の調理台では、妖精たちが客人に振る舞うための焼き菓子を作成中だ。
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)もそれを手伝いながら、少し離れた場所で着々と建設されていくお菓子の家――に群がる子供たちの様子を見守っていた。子供が無邪気にはしゃぐ姿の愛らしさといったら、それはもう何にも代えがたいほど素晴らしい。フラワーリングの住民は大多数が花妖精の少女たちなので、可愛いもの好きのミーナはとてもご満悦なようだった。
 時折年少の妖精が調理台にやって来ては、期待に満ちた目で焼きたてのクッキーをねだる。ミーナが子どもの好きそうなジャム付きのロシアンケーキやアイシング付きの片抜きクッキーを選んで手渡すと、彼らはその度に輝くような笑顔を浮かべて礼を言うのだ。そんな姿が可愛くて、ミーナはついつい子供たちの頭を撫でてしまう。
「トリック・オア・トリート!」
 そんな子どもたちの中に混じって、長身の女性が二人。ミーナがそちらを見やると、ハロウィンの決まり文句とともに勢い良く片手を上げて存在を主張しているセレンと、呆れ顔でパートナーの制止を試みているセレアナの姿があった。
「あ、お姉様……」
「さあ、お菓子をくれなきゃ悪戯するわよ!」
「ちょっとセレン、少しは自重しなさいよ……」
 見た目には可憐な花妖精風の衣装を纏いつつも、お菓子を貰い歩くことにご執心なセレンの様子に、セレアナは苦笑いを隠せない。そういえば
2年ほど前のハロウィンでは「セクシー魔女」と称して、ほとんどランジェリーのようなレース使いのハイレグビキニをお揃いで着せられたこともあった。その時に比べて衣装は至極まともなのだが、これはこれで別種の恥ずかしさがある。
 クッキーを受け取るや否や別の場所目がけて走り出すセレン。その様子にセレアナは仕方なさそうに肩をすくめ、ミーナにお礼を言ってからパートナーの後を追う。
 そんな二人を見送るミーナのすぐ傍では、妖精たちに混ざってお菓子作りに精を出すサーラ・ヴォルテール(さーら・ゔぉるてーる)夏 華苺(しゃ・ふぁーめい)の姿もあった。
「ダルーアン、ダモルト♪」
 華苺は楽しそうに歌いながら作業を進めている。その隣で泡だて器を手に卵白と格闘している雛菊の妖精は、フラワーリングで出来た華苺の大切な友人であった。二人ともくるくる動き回り、常に忙しく立ち働いているが、その表情はとても明るい。
 サーラにはその様子が何だかリスのようにも見えてしまい、思わずクスリと笑みがこぼれた。まったくこの子達の可愛さはなんだろう……「可愛いは正義」とはよく言ったものだと感心すら覚える。
 そんなことを考えながらしばらく華苺たちの様子を見守っていたサーラだったが、持ち前の責任感の強さから自分の担当している仕事を一つ一つ思い返して調理台に向き直る。――火の具合を確かめて、出来上がった料理やお菓子を盛り付けて……――やるべきことを着実にやり遂げようと、彼女は改めて気を引き締めた。